第12話 その正体は
前回のダンジョンでの蝶の捕獲から数日経っていた。
再度ダンジョンに向かう前に、採取品の依頼の確認の為に立ち寄ったギルドで、蓮はギルドマスターの鋭い視点に脱帽する事になった。
ギルドマスターは、玖南の帽子を持ったままで、玖南の背後に回った。そして、蓮の背後で、忙しなくあちこちを見回して、チェックしていく。
「いかん。あちこちに着いてる。……魔獣の皮の装備は無事だが、こっちの世界のモンには産みつけてある。脱げ!! 今すぐ!!」
蓮が脱ぎ始める前に、マスターは、玖南の背を守る為の牛革の背当てのベルトを小刀で切って、帯紐も切り落とし、玖南を抱き上げた。
そのまま玖南を軽々と持って、くるくる回して光に透かしながら、卵の有無を確認し始めた。
空中でくるくる回されているのに、玖南は面白がってきゃっきゃと笑っている。
「あの蝶を捕まえてから、今日で何日だ?」
「えーと、4日?」
「まだ大丈夫だと思うが……。」
マスターの焦った様子に、蓮は嫌な予感がした。
「これ、もしかして……。」
「そうだ。多分、喰い荒らし虫の卵だ。」
「……ということは、あの蝶の幼虫が、あの喰い荒らし虫だったのか?!」
蓮の声が、裏返った。
その小さい卵は、透明で、光に透かした時にだけ、微かにキラリと輝いた。
「まずい。蓮さん、奥の部屋に行け。全身、女の職員に確認させるから。」
「玖南は?!」
「見た所は、大丈夫だ。アレはキラキラ輝くからな。肌に産み付けられてはいなさそうだ。……もう一回、くまなく見るから、連れて行って、服を剥くぞ。いいか?」
「頼む。……よろしく頼む。」
「分かった。蓮さんは、奥に行け。すぐに人をやるから。」
”喰い荒らし虫” は、ダンジョン内で最も恐れられている虫だ。
ダンジョン内で極力肌を出さないのは、毒虫に刺されて負傷する事を防ぐ目的もあるが、恐ろしい虫に、肌に卵を産み付けられない為でもあった。
喰い荒らし虫は、服や装備や肌にいつの間にか卵を産み付けている。
その卵に気付くのが遅れると、装備越しであっても皮膚を無痛のまま喰い破りられて、体内に侵入される。幼虫は、生き物の肉を喰いながら成長していくのだ。
ある程度成長してからしか痛みが出ないので、気が付いた時には、既に体内のかなり奥まで入っているのだろう。取り出せない。しかもその姿も見えない。
生きながら体中の肉を喰われる痛みにもがき苦しみながら、最後は耐えられず発狂して皆が自死を選ぶ。
死んだ人の躯はすぐに焼き払われるので、虫が体外に出る姿は誰も見た事がなかった。
その ”喰い荒らし虫” の卵が、実はあの蝶の産む卵で、蓮であっても接近に気が付かない虫であったのだ。蝶が舞う時に起きる微かな風程度では、気付きようがない上に、周囲の色に擬態する羽を持つ蝶であったから、見付けられなかったのだ。
奥の部屋に入って来た、年若い女性職員は、室内の蓮の姿を見て放心したように立ち尽くした。
「蓮さん、お幾つでしたっけ……。」
一糸まとわぬ蓮の姿を見て、その女性職員は、ほれぼれと蓮を見ていた。
「なんだい。年が関係あるのかい?」
「いや……。すごく、綺麗だなって……。無駄なお肉が…全く無いから。」
蓮は、笑った。
「そりゃどうも。誉めてくれてありがとう。……ちゃんとくまなく見ておくれよ。」
蓮はそう言いながら、肩幅に両足を広げて、両手を持ち上げて、職員を急かした。
「もちろんです!」
職員は、間近に寄って、小さな手灯りであらゆる角度から蓮を照らしながら、くまなく見ていった。卵が光を受けてきらめくので、その微かなツヤを見逃さないように、彼女も必死に目を凝らした。
「髪の毛の中に、一か所、見付けました。この部分、切ります。」
「頼む。」
「後れ毛の所か……。」
「ですね。」
職員は、躊躇なく蓮の髪を一房切り落とし、それを瓶の中に落とした。
その後も、職員は、かなりの時間を掛けて何度も何度も見て回った。
髪の毛の中も、掻き分けながら、少しずつ丁寧に、何度も何度も確認していった。首の後ろ、耳の裏、耳の中。背中、肩の後ろ側、脇の後ろ側、脇の下。尻周りと陰部。膝裏と太腿の裏側。両足の爪の間、両手の爪とその間。
蝶以外の虫の痕跡も見逃さないように、若い女性職員は丁寧に見ていった。
「いません。大丈夫です。髪の毛だけ、一か所です。」
職員は、やっとそう言ってから、大きな息を吐いた。
蓮も、安堵の息を吐いた。
『きっと、あの時に産み付けられたんだ。あの、頬に感じた微かな気配の、一瞬の間に』
蓮は、ぞっとした。
「着替えを、持って来てますから、今日はそれを着て帰ってくださいね。装備一式はこちらで預かります。安全が確認できてから、お返しします。」
「ありがとう。助かるよ。」
「いいえ。ギルドの仕事ですから。」
そして、職員は、にっこり笑った。
「現在、売った蝶は回収しています。万が一にも卵を持っていたら大変ですから。
”喰い荒らし虫” が出て来るって分って、皆さん怖いから返してくださいます。」
「じゃあ、払い戻し金が発生するな。私の取り分は返そうか?」
「いいえ。大丈夫です。卵が手に入ったので、うまく羽化させて、雌雄の区別がつけば、オスは売れますから。」
職員のその言葉に、蓮は目を丸くした。
「え? 大丈夫なのかい?!」
「ふふふ。来年、安全なオスをお渡ししますから、今回はって事で、交渉中です。」
「……そんなに雌雄は分かり易いの?」
蓮は、商魂逞しいギルドの、若い彼女の態度に面食らいながら不安が拭えない。
「きっと分かりますよ!」
「……え……。」
蓮は怪し気な視線を送った。
だが、職員は、ニッと笑って、ウインクを返した。
ギルドに勤める職員は、若くても海千山千越えて来たような、変な自信と余裕がある者ばかりで、腹の中を読ませない。
その知識量はたいした物で、冒険者や勇者達からのあらゆる質問に対して、即座に的確な返答を返せるように教育されている。
この蝶に関しても、あらゆる角度から観察し、薬効成分までも調べ上げるのだろうと思われた。
玖南は、ギルドマスターに抱かれたままで眠ってしまっていた。
いつものおやつの芋だけでなく、誰かが用意してくれたのだろう、粥にそぼろ肉が入ったご馳走が、皿に残っていた。
お腹がいっぱいになって、かわいい寝顔でぐっすり眠っている。
「玖南には何も着いてなかったぞ。」
「ありがとう。安心したよ。」
「蓮さんの方は?」
「髪の毛の先に、一か所だけ。切り落としてもらった。」
「そうか。良かった。……髪の先なら、玖南に移ってたかも知れなかったな。」
「……うん……。」
ギルドマスターは、腕の中の玖南を愛しそうに見ながら、聞いた。
「……金なら、あの蝶で随分稼いだろう。まだ、連れて入るのか?」
蓮は、黙って近くの椅子に腰かけた。
そのまま、静かに、考えを巡らせる。
静かな室内に、玖南の寝息が充満していた。
小さな呼吸音。少しの不注意で消えてしまう、その小さな呼吸。
蓮は、マスターを見た。
マスターも、蓮の視線を受け止めた。
「俺も、この歳だが、親父になる。……子供は宝だ。授かりたくたってそうそうは授けて貰えない。……だから、聞く。まだ、連れて入るのか?」
マスターの強い視線を、蓮は真っすぐに見返した。
「連れて入る。……そして、どんどん深部に導く。……私の命が尽きるまで、ダンジョンに潜る。」
マスターの顔に、苦渋の色が浮かんだ。
「あの、玖南の持つ札の色のせいか……。」
マスターの絞り出すような悲哀の込もった問いに、蓮は、ただ静かに答えた。
「そうだよ。この子は、ダンジョンに呼ばれる。遅かれ早かれ、入る。
……その時に、何も知らないで入ったら……。私が助けてやれないままで入ったら。命を落とすかも知れない。……今しかないんだ。」
「なんで、この子なんだ……。」
マスターの目から、大粒の涙がこぼれ始めた。
「……私の、孫だったからだよ。そして、あんたがこの街のギルドのマスターだったからだ。あんたの札の色も、そうじゃないか。私と似た色だったろう。」
蓮の瞳に、涙は浮かばなかった。
「私だって、色々考えたさ。……私の札の色が、どうしてあの色だったんだろうって。息子の札が、白銀色だった時に、びっくりしたんだ。息子の札を手に取った時に 札の色が示す未来を、教主が内緒で教えてくれたんだ。
だけど、私は息子を一人で行かせてしまった。……あの後悔はもうしたくない。」
マスターは、蓮のその言葉に、更に涙を流し始めた。
そんなマスターに、蓮は淡々と語る。
「札が導く運命は、逃れられない。だから、腹を決めたんだ。……私の体が動く限り、玖南を導く。この子が、今の生で運命を書き換えられるように。もう、あの色で次の生を授からなくてもいいように……。」
マスターが泣きながら玖南を見つめた。
「ほんとうに、可愛い子だよな……。」
そして、声を殺して嗚咽した。
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