第10話 玖南いよいよ
玖南の為の装備も揃った。
町のギルドのマスターとその妻の宝婦人と、有志の奥さん方のお陰で、蓮の装備も揃った。
実質使った金は、蓮の胸当ての貧相さに呆れたある奥さんが、かび臭い胸当てを藍染めしてくれた時の手間賃と、下着の代金だけだった。
装備品を見ると、胸当てと肩当て以外は、どれも高価な一級品だ。
それを、全体で眺めると、色も素材もてんでんばらばらで、ぱっと見た人は、ギョッとして二度見する程、妙な恰好だった。
その上、背中に赤ん坊を背負っている……。
「あのばあさん、気でも違ったんじゃないのか?」
蓮が凄腕の元勇者だと知らない、若い冒険者は、そう言って陰口をたたいた。
その陰口が、蓮の経歴を知らない新参者だという事を、自分で触れ回っているのだと誰も教えなかったから、その事実を知った本人は大いに赤面する事となった。
「そんな恰好までして、赤ん坊を負ぶってダンジョンに行かなくても……。」
蓮の事を良く知る街の男達でも、蓮にそう言って苦言を呈した。そこまで言わないまでも眉をしかめる男は多かった。
そんな雰囲気の中にあっても、その一級品の装備の出所が、街のギルドマスターから贈られた物だという事も周知の事で、蓮とその背の子供に危害を加えようものなら、ギルドが黙っていないぞという、圧を持った一級品でもあった。
蓮本人は、そのトンチンカンな装備を気に入っていて
「自分で自分の姿は見えないからね。右向きゃ右手。左向きゃ左手。向いた先に、ちゃんと手足があるのが大事なんだよ。」
「孫を背負ってたって、生きて帰るさ。その覚悟があるから、そうしてるだけさ。」
「あんたがこの子を代わりに育ててくれて、先の人生も保証してくれるなら、有難く甘えようじゃないか。」
そう豪語して、男達の言葉に全く動じない蓮なのだった。
装備が揃うまでの間は、蓮は剣の稽古に励んだ。
その様子を、玖南は傍でただ大人しく、興味深々で眺めていた。普段はハイハイしながら気の向くままに動き回るクセに、蓮が鍛錬用の木剣を手に取ったとたん、自分で決めた定位置に陣取ると、蓮の様子を飽く事なく眺めていた。
蓮の鍛錬の後に飲む、その時期に山で採れる実を絞って庭の湧き水で割った、冷えた果実水が飲めるのを、心待ちにしているようだった。
その後、桶に張った日向水で行水するのも、お気に入りだった。
玖南は単純に、鍛錬の後の楽しみを待っているのだろうと思って、じっと待つその様子がかわいくて、視線が合う度に、微笑みあった。
そのかわいい玖南を守る為に、蓮は懸命に毎日鍛錬に励んだ。
町の鍛冶屋の親父さんの好意で手に出来た、風を起こす剣は、なかなかにコツがいる剣だった。
使い勝手が悪いままでは、思わぬ怪我をしてしまう。玖南に怪我を負わせる事態だけは避けたかった。
剣を何度も扱っているうちに、使い方が分かってきた。
振り抜かなければ、風が起きないので、圧の範囲は遠くに行かずに済む。
細身の剣でもあり、突きに向いているようだったので、突きに特化した練習も行った。魔獣を突いたら、恐らく致命傷を与えられそうだ。
そして、蓮は、やっぱりどうしても、刈り取り作業に利用したかった。
何度も草を刈って練習し、匙加減を習得した。
「これなら、村の稲刈りを請け負えるかも知れない……。」
そう、蓮がほくそ笑む程度には、上達していた。
その日は、朝からの鍛錬を軽めにこなすした。
そして、玖南をしっかり抱き締めて言って聞かせた。
「玖南。今日から、ちょっと変わった所に行くよ。帽子は大事だから、ちゃんとかぶるんだよ。」
そう言いながら、小ぶりの魔獣の頭の骨を加工した硬い帽子を被せた。内側には痛くないようにと、綿花を敷き、更にウサギの毛皮を貼ってある。
首の前で、柔らかい紐で結んで、被り具合を確認した。
玖南はいつものようにニコ~っと笑って、ご機嫌にしている。
ご機嫌なうちに、手早く玖南に装備を着せると、背中に背負った。
「おむつを持った。粥も持った。水も持った。干し芋のおやつも持った。」
蓮は、声に出してそう言ってから
「よし! 玖南。行こう!!」
気合を入れて、森の奥の奥の奥にあるダンジョンに向かった。
ダンジョン迄は距離としてはそこまで遠くはないのだが、万一魔獣が暴走した時の為に造られた、天然の岩石を利用した幾つもの堅牢な関が厄介だった。関の岩屋の中をくぐる形の物は、這って進まねばならないし、越えて行く関は足場も悪く、滑落の危険があった。
玖南を背負ったままで、岩屋の中を匍匐前進せねばならず、なかなか進まない。
「これなら、玖南のハイハイの方がよっぽど早いぞ~。」
なんて笑いながら、イモムシの動きで動くものだから、背中に負われた玖南は面白がってきゃっきゃと笑った。
岩の上まで這いあがって、越えてから慎重に下っていたら、足元の小石がズレて尻もちをつきそうになり、
「おおっと!!」
と必死に踏みとどまったら、きゃっきゃと足をばたばたさせて、大喜びした。
それからは、わざと
「おおっと!!」
とふざけながらかがんだりして、玖南の笑い声を聞きながら進んで行った。
ダンジョンの敷地への入口は、堅牢な岩の門が構えていて、現在では入口は一か所になっている。
そこに立つ番人のギルド職員に自分の札を見せて記録を残してから敷地に入って行くのだ。夕暮れまでに戻らなかった場合は、待機していた傭兵を兼ねた勇者の誰かが、数人で入口付近の層階までなら探索に入る。
蓮の札を検めた後、背中の玖南の札を見た老齢のギルド職員は、玖南の顔をまじまじと覗き込んだ。
「この色は、誰にも言いません。マスターからも緘口令が敷かれています。」
「そうかい。ありがとう。」
「はい。この子なら、早くからダンジョンに慣れておいた方がいいでしょうね。」
「ふふふ……。そうかな……。」
「自分も、生きているうちにこの色の札を目に出来るとは……。この子が大人になるまでの寿命が欲しいです。」
「……見るといいじゃないか。大人になった姿を。」
「はははは!! そうですね……。」
蓮と玖南は、闇より暗いダンジョン内に、足を踏み入れた。
このダンジョンには、蓮はもう何度も潜っているので、地図は頭に入っている。しかし、念のために最新の地図も調べてあった。
そこまでしても、地図通りにいかないのが、ダンジョンの常である。万一の事態を想定しながら、下準備は慎重に行って来ていた。
灯りは最小限。不用意な明るさは、自分達の位置を魔物に教えてしまう。
魔物もこれまでの経験から、明るい灯りを持った者は喰えると学んでいる。
しかも玖南は、赤ん坊特有の甘い匂いがしている筈だ。魔獣にとって魅力的な匂いでない事を願いながら、入口付近だけでの採取を敢行した。
万一の時は、走って出られる距離までだ。
天井からポタポタと垂れるのが、水滴だとは限らない。魔物の唾液かも知れないし、餌食にされた何かの体液だったりするのだ。
蓮は経験から、水滴か、魔物の尿か唾液か、人の体液かは、手前の段階から臭いで分かる。そのカンは、まだ鈍っていなかった。
唾液や血液であった場合は後退して今日の探索は中止と決めていた。
ダンジョンの入口付近といえども、油断は命取りなのだ。
運よく、危険な匂いがしなかったので、蓮は付近の植物を吟味し始めた。
ダンジョン内の植物は、毒性も強いが、その毒は薬としても貴重だ。
闇の中で、淡い黄色に発光している植物を見付けた。これは、黄センブリといって、胃腸の不調によく使われる。物凄く苦いのだが、薬として買う時は、ほんの1滴で銅貨2枚の値打ちがある。
通常の野山で採取できるセンブリは、同じ胃腸薬だが、ずっと安い。
この黄センブリの根には猛毒を持つセンアリが必ず巣くっている。安易に採取しようとすれば、噛まれた指が使い物にならなくなるのだ。
黄センブリの茎の汁が、このセンアリの食料の一部になる事を、蓮は経験から知っていた。根こそぎ抜いたら……。悲惨な末路だ。
「センアリがうじゃうじゃいるなあ。さて。しばらくあっちに行っておくれ。そうしたら、巣までは壊さないからさ。」
そんな事を呟きつつ、蓮は持参していた酢水を口に含むと、黄センブリの茎や葉に、吐き掛けた。
酢水を掛けられたセンアリは恐慌に陥り、急いで巣に入って行った。巣を防衛するのだ。その隙に、手早く茎を小刀で刈り取った。全部は採取せず、1茎は残した。
黄センブリの汁にも毒があるので、汁に注意しながら、厚めの布の袋に入れた。
ダンジョン内には薄めた酢のような成分が無いらしく、適度に薄めた酢ならば虫や小さい魔獣であれば、怯んで近付かない。
薄め過ぎると効き目がないし、濃すぎたら、逆に臨戦スイッチを押すらしく、迷いなく襲って来られる。
何度も経験しながら、蓮はいい塩梅の薄め具合を見つけ出した。
蓮が黄センブリに注意を払っていたら、ふわりと頬をかすめる風を感じた。
咄嗟にしゃがんだ。
身を固くして、背中の玖南の気配をさぐる。
玖南の呼吸は、ある。
だが、蓮の頭上に、わずかな気配がある。
それも、少なくない数の。
『囲まれてる。』
蓮の全身から、冷汗が噴き出すのがわかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます