第9話 どうにかこうにか
ギルドマスターの奥さんの宝(ほう)さんのおかげで、自分の装備は揃える事が出来た。
利き腕の右手の手甲は赤耳亀魔獣の甲羅をはめ込んだ一級品。色は赤耳に寄せて渋い朱色だ。その硬い甲羅は肉弾戦になった際の打撃時に有効だ。
左手は青ガエル魔獣の皮膚を這いで造られた一級品。色は深い青色だ。その青色には毒を中和する逆毒性があり、ダンジョン内で毒虫などに刺された時は、毒を絞り出してから、その青ガエルの皮を患部に貼り付けると症状が和らぐのだ。
手甲にしておけば、万一の時は即座に対応できる。毒の上からでも受傷直後であれば効力を発揮してくれるからだ。患部を押さえ付けるのに、手甲はうってつけだ。
これなら万一玖南が毒虫にやられても直ぐに助けられる。
肘当ては、右側が土ワニ魔獣の皮だ。厚みがあるのに軽くて柔らかく、魔獣の牙も食い止める一級品だ。色は土色だ。左側が土ねずみ魔獣の皮をなめしたものだ。その短くて光沢のある毛はしなやかで、土ワニ魔獣と同じく魔獣の牙も防ぐ一級品だ。色は赤土色だ。
両肩から肘に向けての二の腕と肩首を守る装備は、背に負った玖南が触れる事を考えて、万一舐めても害の無い、普通の羊のなめし皮の物にした。色は茶色だ。
足首を守るのは、ダンジョン内の虫が嫌う植物の藍液を染み込ませた牛皮の皮だ。この皮を靴の上から被せて使用する。
脛当ては付けず、脚絆にした皮を巻く事にした。その方が鉱製の脛当てよりも軽く、動き易くなるからだ。右足側は土兎魔獣の皮から作られた一級品だ。柔らかい毛に覆われているが、その強さは魔獣の爪程度は防ぐ。色は赤茶色だ。左側は黒蛇魔獣の皮から作られた一級品だ。ダンジョン内最強の猛毒を持つ黒ヘビが放つ独特の臭いを警戒して、周囲に他のヘビが寄り付かない。色は黒だ。
黒ヘビの皮は無毒だが、臭いは無心で慣れる必要がある。油臭い生臭さが、食欲も奪うので、痩せたい高貴なご婦人方は、高価なこの皮を求めるという。
ダンジョン魔獣の使い道は、本当に多岐に渡る。先人達の努力の成果だろう。
胸当て等は、元々持っていた物を再利用した。
魔獣の装備が高価で手に出来なかったので、普通の牛の背の部分のなめし皮だ。
再利用できる中古の装備が無いという事は、胴体部分のその場所が再利用できない程損傷したということだ。着ていた者達はもう、札を返している事だろう。
蓮の胸当ては、手入れはしていたが長年使った物だったので、汗が染みていた。使わなくなって久しかった為に、カビが生えてしまって、カビ臭がしたが、黒ヘビ魔獣の皮の臭いを前にしては、全く気にならない。色はこげ茶色で所々がカビて白けていて、それが模様のようだった。
魔獣の皮や甲羅を加工した品は、素材の集めにくさと扱いにくさ、手間も技術も必要な為に非常に高価だった。
勇者か冒険者が特別にあつらえた品がほとんどなので、片方しか無くても売れそうだが、売りに出しても誰も買わない。
命がけでダンジョンに潜る者は、ゲン担ぎをする者が多かったからだ。魔獣皮の一級品であっても、不安要素は一つでも排除しておきたいのは、人として当然の心理だろう。皆生きて帰りたいのだ。
「ねえ、蓮さんは、ゲンを担ぐ方?」
大量の不揃いの装具をテーブルに置いた、宝婦人は、最初に蓮にそう聞いた。
「……そこまで気にしない方です。」
「ちっとも?」
「まあ。どちらかというと……。全く気にしませんね。ハハハ!!」
蓮は、この一級品揃いの不揃い装備品を見て、ゲン担ぎよりも実益を取った。
ゲン担ぎして、安くもない牛皮装備を揃えるよりも、一級品中古装備の方が何倍も生きる可能性が上がる。
蓮の持ち金では、一生かかっても揃えられない装備が、目の前にあるのだ。
不揃いで、色もまちまちだけれども、どれも一級品揃いだった。
「ありがとうございます!! 本当に……。どうやったらこのご恩をお返しできるでしょうか……。」
「あら。いいのよ! 私の方が、これで恩返しできるから。」
「は??」
「忘れてるんでしょうね……。」
「?? なんかしましたっけ??」
宝婦人は、少し、辛そうに蓮を見つめた。
「私ね、この町に攫われて来たの。……子供の頃に。」
「えっ!」
「そして、袋に入れられて、猿轡をされたまま、海に投げ込まれたのよ。」
「はああああーー?!」
「それを、海に飛び込んで助けてくれたのが、蓮さんと息子さんだったの。」
「えええ!!」
「水を飲んだ私を介抱してくれて、町医者の所まで連れて行ってくれたの。」
「……なんか、そんな事があったような……。」
「その後、町医者の所に賊が入って、私を攫って、今度は売られたの。」
「えっ!! ……あの時は、医者が私の所に、死にそうな顔で謝りに来ましたっけ。」
「あら。そんな事が……。その後、この町の娼館主が私を買ったのよ。そして、上級娼婦になるように、色々仕込まれたの。で、今度はマスターに攫われちゃった。」
「……マスター……。」
「いいのよ。初めての客は、マスターがいいって、私から娼館主に頼んだのよ。娼館主が直にマスターに話を通したんだから。」
「それで……。」
「そうなの。初めては、せめて好みの男性がいいじゃないの。後からどれだけ汚がされても、好きな人の後からなら、耐えられそうだと思って。」
蓮は、思わず、宝を抱き締めた。
「それ聞けて、良かったです! マスターをこの赤耳手甲でぶん殴りに行きそうでしたから。」
宝は、黙って蓮を抱き締め返した。
「私ね、死んだ方がましだって、何度も思ったのよ。助けてくれた、蓮さんをずっと恨んでた。」
「はい。すみません。」
「ううん。違うの。……あの時、助けて貰えたから、今があるのよ。」
「……。」
「私ね、お腹に赤ちゃんが出来たの。」
蓮は慌てて、抱き締める力を緩めて、宝と距離を取って、まじまじと全身を眺めまわした。
「……ほんとですか?!」
「ええ! 本当よ。もう何年も授からなかったから、諦めてたけど。……やっと!」
「マスターには?」
「言ったわ。大喜びで。……この装備も、全部蓮さんにって。」
「ええ! ……全部は貰い過ぎ……かな。」
「実は、これ、マスターのとっておきの品々なのよ。」
「はあっ?!」
「もうダンジョンには入らせないからね。私が!」
「マスターも、もう、結構なお年でしょうしね……。」
「ふふふ。それもあるけど……。蓮さんがゲン担ぎ勢を払拭してくれたら、この装備も売れそうじゃない??」
蓮は、再び、ギルドマスターの妻の宝婦人をまじまじと見た。
そこには、商魂たくましい、ギルドの女将が、美しいが不敵な笑みで立っていた。
魔獣の皮の装備の中から、被り物で小ぶりな物を選び出して、玖南用に、ギルドを通して加工し直して貰える事になった。
玖南を背に負うと、どうしても玖南の背中側が死角になるので、玖南の背を守る為の背当てになる物について、宝婦人が町の奥さん方に相談した。
相談した数日後には、もう試作品が2品、宝婦人の元に届いた。
子を背に負って動き回る母達にとっても、外出先でも安心できる背負い袋は欲しい物であったのだ。
これまでの袋状の物は、母子の密着度合いが不安定で、人混みの中での買い物中などに、背中の子を袋の紐を切る事で攫って行く事案も少なくない件数あったのだ。
可愛らしい女の子が狙われるので、女の子を持った母親は、買い物もままならなくなっていた。
試作品を前に、蓮は実際に玖南を使って使い心地を確かめた。
蓮がダンジョン内で使用するのを想定して、素材は皮で造られていた。贅沢にも広めの牛皮の一枚ものを裁断してあった。
安定がいいように、その皮の下には帯を利用して、負う側の背中と子の腹が密着する仕様になった装具を付ける。その上から、子を守る皮の装具を背負う形になるのだ。重量は多少はあるが、蓮であればいけるのではないか……ということだった。
子の脚が出る部分は、羊皮の柔らかい部分を細い帯状にしてあり、巻いて、そのまま靴に出来るようになっている。これなら、成長に合わせて巻きで調整できた。
後から、虫除けに、藍で染めるそうだった。
手の先が出るが、赤子は指をしゃぶるので、そこを変に隠すと泣くので、眠ったりした時に、自然に牛皮内に手が引っ込むように余裕を持たせてあった。
万一、その隙間に虫が飛び込む危険を考えて、虫が嫌う藍染めの厚布でタレを縫い付けてある。
試作品のもう一方は、厚布を3枚も重ねて縫われていた。
蓮が、皮ではやっぱり重かった場合の、軽量作だ。
厚布を集めるのも大変だったのだろう。つぎはぎの布からは、奥さん方の思いやりが溢れていた。
「ありがとう。……なんてお礼を言ったらいいか……。」
「いいのよ。これを機会に、その布の背負い装具は、もっと薄く2枚重ねにして、奥さん達に塗ってもらって、ギルドで売るから。」
宝婦人と、町の母達の計画に抜かりはなかった。
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