第8話 装備の手配

 町の鍛冶屋の親父の好意で手に入れた細身の剣は、不思議な剣だった。


 恐らく、どこかのダンジョンの中から獲得した迷宮品なのだと思われたが、見た目と使った感じがこれ程違う剣は初めてだった。

 鞘に納めた状態の時は、それなりに重さを感じるが、ひとたび鞘から抜けば、重さを感じない程に軽いのだ。


 手にしてから、最初にしたのは、道なき野原に踏み込んで、剣を抜いて振ってみる事だった。一振りで、 間近の草から先へ、相当先までの草が刈られていた。見た限りでは、見通せない程の距離だ。


「……これは、案外使い勝手は悪いかも知れない……。」

蓮の独り言が、つい口をついた。

 

 切らなくてもいい所を切ってしまいそうだった。最悪な場合は、同士討ちだ。

「稲や麦の刈り取りには重宝しそうだけど……。」

そういう用途に剣を使うなんて、聞いたことがない。


「まあ、人が誰も居ない所でなら、いいか……。」

貰ったモノに文句を言うのは、気持ちが悪い。何より、鍛冶屋の親父さんの気持ちが嬉しかったから、もう気にしない事にした。


 

 町の装具店に、手甲、腕当て、蛇腹編みの鋼製の脛当て、等を注文した。加えて、小さい子の腕と脚を守る物を注文しようとしたら

「まさか、あんた、背中の赤ん坊を連れて行こうってんじゃないよね。」

 まだ若い店主が、目をひん剥くようにして抗議してきた。


「……連れて行こうと思ってるよ。だから、柔らかい手足が虫に刺されたりしないような、皮の素材の腕当てや脚巻きが欲しいんだよ。」

「はあああ?! あんた、この子を殺す気か!!」

「……殺す気なんか、ある訳ないじゃないか。失礼な!」

「いやいやいや!! ムリだろ!!」


 この装具屋の店主は、頭ごなしに散々言うだけ言ってから

「あんたに装具は売らねえ。他を当たりな!!」

そう言って、蓮を店から追い出した。


 店の外では、この店の騒ぎを聞きつけた野次馬達がたかっていて、蓮に冷たい視線を向けて来た。


「信じられねえ。赤子連れて、ダンジョンになんて……。捨てに行く気か……。」

心無いひそひそ声が、耳に入る。


 蓮は、他の装具屋を回る気が起きなくなって、 ちょうど玖南のおむつも濡れていたし、仕事の斡旋も頼みたかったので、ギルドに寄っておむつを替えてから、帰る事にした。


 ギルド内では、既に連の噂が届いていた。

 聞こえよがしに、蓮を足ざまに言う声が耳に聞こえる。


「済まないが、おむつを替えたいから、奥のブースを借りていいかな?」

 蓮は受付で、顔なじみのギルド職員に声を掛けた。


「マスターの奥さんから、裏の部屋を案内するように言付かってるので、部屋へどうぞ。案内します。」

「あ、いや、ブースで十分だけど……。」

「蓮さんが赤ん坊連れで来たら、奥の部屋を使わせろって言われてるんで……。頼みます。奥に行ってください。」


 頼み込まれて、蓮は奥の部屋に案内された。

 奥の部屋は、勇者用の部屋だ。元勇者が使う事は、通常は無い。


 ダンジョンに挑戦し始めると、駆け出しの頃から、冒険者と呼ばれる。ギルドに登録し、ダンジョンに潜る許しが得られた時点で、冒険者となるのだ。


 勝手にダンジョンに潜ることは、タブーとされていた。

 ギルドは、いつ、誰が、ダンジョンに入ったかを把握しておかねばならなかったからだ。帰って来なかった場合は、挑戦者の経験値と照らし合わせて、上層階であれば、捜索に人員を向かわせる事もあった。

 実際、駆け出しの冒険者がそれで助け出される事も多かった。


 そうやって、ギルドは冒険者を育てる役割も担っていた。

 中層階に到達できるようになっても、呼び方はまだ冒険者だ。


 勇者と呼ばれるようになるのは、ダンジョンの深部に到達し、戦利品を持って帰還出来た者だけに与えられる呼び方だ。


 ほとんどが、パーティーを組んで、ダンジョン深部を何度も行き来する。

 埋まっている古代の迷宮品や、深部魔獣を狩って部位を持ち帰って高値で売るのだ。その他にも、 勇者はダンジョン内の新しい通路や、そこから伸びる階層を攻略し、地図を作る役目も帯びていた。


 一旦勇者になれれば、生涯に渡って勇者と呼ばれる。

 それは、どの街に行って同じだ。

 ダンジョンに潜らなくなると、元勇者と呼ばれる。


 元勇者は、移り住んだ街のギルドに必ず出向いて登録しなければならない。


 万が一、その地方に戦が起きた時、元勇者は不愚者か病で戦えない者を除いて、最前線に立つ。そして、自分が住む町を守るのだ。その命が尽きるまで。

 勇者となった者は、その事を承知した者しかなれない。

 勇者と呼ばれる程の者は、その命一つが百人の戦力とみなされるからだ。


 蓮も、元勇者だ。若い頃はパーティーと共に、何度もダンジョンの深部に潜り、遺物を採集し、魔獣を狩り、生きて帰って来た。


 女の勇者は多くはなかったが、蓮は運良く勇者になった。組んだパーティーの者達も、気持ちのいい奴等だった。

 腹に子が入って、パーティーを抜けた後、そのパーティーの奴等は町を移って行ったので、どうなったかは、ギルド経由の噂話で聴くだけになった。


 皆、年を取って、それぞれの住まいを決めて、どこかの町に住んでいるようだった。それなりの老後を過ごしているらしい。

 

 蓮に字を書く能力があれば、きっと手紙のやり取り位はしていたかも知れない。

 だが、蓮は字が読めなかった。教会に居た数年間に、字を習う機会があったが、全く読めなかったのだ。もちろん、書く事も出来なかった。


 言葉も理解できるし、意思を言葉で伝える事もできる。だが、言葉を字にすることが壊滅的に出来なかった。

 だから、教会を逃げ出したのだ。執拗に教えようとやっきになる世話係の、罵倒や叱責、手の平に鞭を当てられる毎日が、耐えられなかった。

 覚えようとしている。読もうとしている。だが、読み聞かせられる字の形が毎回違っている。さっき習った読み方の字が、今は違って見える。右を見ている間に、さっきの字が消えて、違う字がっぐにゃりと踊っていたりして、困惑するのだ。


 教会の外の世界には、字が読めない者も書けない者も沢山居た。代書屋なんて便利な職業の者も居て、字が読めなくても、案外不自由はしなかった。

 

 息子が生れて、教会の学校に通える年になって、ちゃんと通わせた。

 あの子は当たり前のように字を書いた。私の代わりに、字を書いてくれた。


 この町を出る時に

「母ちゃん、俺、手紙を書くよ。ここの教会に届くように。

 元勇者の母ちゃんへの手紙は、町の教主様が直接読んでくれるんだって。俺、誇らしかったよ。」

そう言って、笑った。


 勇者になって良かったと、初めて思った。



 玖南のおむつを替えながら、その瞳の中に移り込む、自分の顔を眺めた。

 玖南はにこにこしている。

 その瞳に、その口元に、赤毛の巻き毛に、息子の面影を探してしまう。


 玖南は玖南。もうあの子は居ないのだと、抱き上げながら自分に言い聞かせた。



 ギルドの奥の部屋に入ったのは、久し振りだった。

 ゆったりした広い部屋の中は、5~6人がくつろげる程の調度や設備が整えられていて、過ごし易い。


 玖南に、持って来ていた重湯を与えると、ずっと負ぶわれて疲れていたせいか、眠り始めた。少しゆすってやったら、ぐっすり眠ったようだったので、大きめの布張り椅子の真ん中に寝かせた。


 蓮は立ち上がると、大きく伸びをした。背中をしっかり伸ばしたら、大きなあくびが出た。

「はあーやれやれ。どうやって装備を揃えようかねー。」

 つい、小声でぼやいてしまった。


 そこへ、扉を小さくノックする音が聞こえた。

「はい。」

 扉を開けると、大荷物を持った、ギルドマスターの奥さんが立っていた。


「ちょっと、重いから。早く中に入れて!!」

 蓮は奥さんを招き入れた。


 テーブルにドサリと置かれたのは、冒険者の装備の数々だった。

 色も様々。材質も様々。大きさも様々。片方ずつの物も多い。


「うちの倉庫から持って来たのよ。まだあったと思うから、この中に気に入ったのがなかったら、倉庫に行ってみて。」

「えっ……。いいんですか?」

「いいも何も。売って貰えなかったんでしょ。ここにこんなにあるんだから、買えなくたっていいでしょう。……あら。くーちゃん寝ちゃったのね。」

「……くーちゃんですか……。」

「まあ! ごめんね。うちの旦那がそう言うもんだから。てっきり蓮さんがそう呼んでるのかと思っちゃた。」

「くーですか。まあ、親しみ易くていい……かな。」

「でしょ!! 気に入ってるの~。」


 ギルドマスターの奥さんは、マスターよりも随分若い。

 この奥さんの名は、宝(ほう)という。とても美しい青い瞳と、真っ黒い巻き毛の髪が印象的だ。白い肌にその色は映えて、つい目で追ってしまう程に美しい人だ。


 彼女は、マスターが一目惚れした、美人な新人娼婦だった。

 彼女の初めての客がマスターだったそうで、同衾したその日の朝に、マスターが攫ったのだ。


 娼館主と揉めに揉めたが、街の治安を守る役目も担っているギルドのマスターが、教会の教主に仲介を頼んで、やっと娼婦の身柄が安全にマスターの元に来たのだ。


 彼女の本当の名は、明かされていない。恐らくやんごとない身分の娘だと思われた。教会の教主が、彼女に新しい名前を贈り、札もそれに伴って新しくなった。

 札が書き換えられるのは、万に一つも無い事だ。だが、彼女が元の身分を捨てた事で、運命が動いたらしい……としか、庶民には分からない。


 札を替えた当の教主は、かなり無理をした様で、元々体の弱い方だったが、教主の役目を次代の者に譲って療養生活に入ってしまった。


 ただ、教主は

「当然の事をしました。彼女は幸せになるべき人です。」

そう言って、マスターと彼女を祝福したのだ。


 その宝婦人が鼻息荒く言った。

「女には女の生き方があるの。女達は蓮さんの味方よ!」

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