第7話 剣は、持つ人を待つ

 玖南が、腹でずりずりと這うようになった。

 目はキョロキョロと、色々な物を捉えては、嬉しそうに喜声を発している。

 口の周りはよだれまみれ。

 

 目が合うと、にこ~と笑う。

 くるくる巻き毛の赤毛がとてもかわいい。


 このところ、重湯を食べさせる練習を始めた。

 山羊の出産期が終わってしまったので、そろそろ山羊乳が無くなるからだ。

 少し早いが、山羊の乳以外に口に出来るようにしておいた方がいいと判断した。


 それと並行して、ダンジョンで採取業を始める準備を整え始めた。

 自分の分は昔使っていた物を綺麗にして利用することにしたが、消耗品は買い足さねばならない。


 武器となる剣が、1本も無いのが痛かった。

 私が持っていた物は、息子に譲ってしまっていたからだ。


 私が初ダンジョンで拾った剣は、意外にもかなり良い物だった。錆も無く、剣先にほころびもなく、かつてはどこかの勇者が持っていた技物だったようだ。

 鞘を作る為に預けた先の鍛冶屋から、かなりの高額で売って欲しいと打診されたのだが、あいにく、当時は剣の良し悪しも分からなかったので、良い物であるなら、持っておこうと思った。


 確かに、持ち方さえ習っていない私が持っても持ち易く、手に馴染み、切れ味も落ちない、良い剣だった。何より、刃こぼれしないのが、有難かった。


 その後、単独でダンジョン内を上層階からゆっくり潜るようになって、魔獣の牙にも負けず、固い皮膚に突き立てても折れない強さがあったからこそ、私のような者でも、ランクを上げていけたのだ。


 あの場所で力尽きてしまったであろう、元の持ち主に代わって、私はその剣をとても大切に使わせてもらった。

 その大切な剣を、息子が旅立つ時に譲ったのだ。同じように、ダンジョンの深部で拾った、美しい装飾のある剣と一緒に。


 あれ程の剣に出逢えるとは思えないが、装備として、剣は一振り欲しいところだった。ダンジョンの入口付近でも、身を守る武器は必要だからだ。


 魔獣に出くわす危険もあるが、何より怖いのは、人の採取品を横取りしようとする、下っ端冒険者が、危険だった。

 魔獣に出くわす危険よりも、そういう輩とやり合う事の方が多かった。

 横取りなんて卑怯なマネをしているくせに、あいつらは勝てないお前が悪いとばかりに、容赦がないのだ。

 必ず殺しに来る。生かしておくと、自分の悪事がバレるからだ。

 躯はダンジョンのちょいと先に放り込めば、小型魔獣が巣に持ち帰って、処理するので、バレない。


 私も、かつてはやりあって、ダンジョンの小型魔獣の手を借りたことは、あった。


 息子を連れていたので、そういう場面を見せたくはなかったが、息子の命まで脅かす相手に対して情けは無用だった。

 下手な情は、我が身を亡ぼす。息子も共にだ。


 息子は、そこで、人の醜悪さと自分が守るべきものは何かを、学んでいったのだろう。人としての矜持と、人としての価値の置き方……などを。

 親の目から見ても、あいつは清々した性格に育ったから、何処に行ってもやっていけると思った。

 


 玖南は、とうとうハイハイが出来るようになった。

 自分から動けるようになったのが嬉しくて、きゃ~きゃ~と嬉しそうに喜声を発したりしながら、家の中を這いまわっている。


 私は、そんな玖南を目で追いながら、これからの生活と懐具合を天秤に掛けた。


『今なら、まだ剣は買える。だが、このままだったら、剣はやがて買えなくなる。』

 私だとて、こんな小さい子を背に負って、ダンジョンに入るのは無謀だとは思う。預けて入る手段も、ありはする。

『だが、誰に預ける? 教会か?』


 確かに、教会に預けて、定期的に会いに行っている親も居る。

 誰にも頼る先が無い者の、最終手段だ。


 今まで手助けしてくれた、奥さん方に預けるか? だがそれは、いつまで?

 

 皆、自分の生活にいっぱいいっぱいだ。手伝って貰えた事が、幸運だっただけだ。

 たまに一度位なら、赤子の世話も、皆、嫌な顔はしないだろう。だが、しょっちゅうとなると、事情が変わってくる。


 いつも違う家に預けられる事になったら、玖南がその事を負担に思うだろう。


『人の、大人の顔色を伺う子には、したくない。』

『例え、教会に預けたとしても、多くの人の顔色を伺わないと生活できない。』

私も一時期教会で育ったので、その辺の内情は分かっている。


 大人の顔色を必死に伺って、機嫌を損ねないように生きてきた、自分のような幼少期を過ごさせたくなかった。


 ハイハイして、椅子の脚をなめなめし始めた玖南を抱き上げた。

「こらこら。そんな所まで掃除してないよ。ばっちいよ。」


 笑顔を向けると、満面の笑みが返ってきた。

 相変わらず、よだれがキラキラと光って、たら~っと垂れてきた。

「お前は、かわいいなあ。よだれまみれでも、こんなにかわいい。」

 そう言って、視線を合わせると、玖南がまた笑った。


 蓮は、玖南のほっぺに唇を寄せた。

 ぬちゃっとしたが、嫌な気はしない。


 玖南の顔を丁寧に拭いてやって、おむつを替えて、白湯を少し飲ませてから、戸棚の奥の奥、隠し板を外して、持っている全財産を引っ張り出した。


「この金で、買える剣を買おう。残りで装備を揃えよう……玖南の装備だよ。」

 そう玖南に笑いかけると、また、玖南が笑った。

『こんなに小さいこの子を誰かに預けて何かあったら、私が生きていけないや。』


 色々思い悩んだが、最終的に、自分が玖南と離れられないだけだと理解した。


 どの親も、我が子を必死で育てる。だが、ほんのちょっとの油断で、子は居なくなる。狙いすました誰かが、魔の手を伸ばす。

 井戸に落ちることもある。洗濯中に川にはまってしまうこともある。

 万が一、玖南がその犠牲になったとしたら。


『きっと私は、その人を恨む。そして、自分を許せなくなる。だから、自分で責任を負おう。全ては、私の責任だ。』


「だから、玖南。ダンジョンに一緒に行こう。 稼がないと、金が無いんだ。」



 その日の午後、善は急げと、蓮は玖南を背に負って町へと坂を下った。そして真っ先に、鍛冶屋の親父を訪ねた。

 

 鍛冶屋の親父は、かつて蓮の剣を整えた事がある老人だ。鍛冶屋は息子が継ぐと決まっていて、今は息子をいっぱしにする為に奮闘している。

 

 鍛冶屋の息子は、蓮に剣を売るのを断った。

「子連れでダンジョン~?! ふざけるな!!」

 頭ごなしに、蓮を罵った。その様子を黙って見ていた親父さんは、店の奥から、一振りの剣を持ち出してきた。


「これを、振ってみろ。」

そう言って、その剣を蓮の前に差し出した。

「親父!! ……それは!!」

「黙れ!! こいつは儂のもんだ。儂が好きにする。」


 そんなやり取りを見ながらも、蓮は差し出された剣を、受け取った。

 細身に見えたが、やはり本物の剣だ。ずっしりとした重みが蓮に伝わった。


 鞘を抜き放ち、すらりとした刀身を眺めた。やはり、細身だ。

 だが、この輝きは技物だと、一目でわかる。


 蓮は、少し後ろに下がって距離を散ると、誰も居ない方向を向いて、剣を振った。風を切る音もせず、するりと振れた。何の抵抗もなかった。


「ほら!! 何も起ないだろ!! 返せ。うちの家宝だ!!」

 息子が言いつのった。


「待て!! よく見ろ。」

親父が厳しい声を出した。


 誰も居ない、草が生い茂った道の脇の一画が、風によって不自然に形を変えていった。刈られた草が、ゆっくりと倒れ始めたのだ。


「うそだろ……。」

鍛冶屋の息子が呟いた。


「……儂も、話しには聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。」

鍛冶屋の親父は、自分の父親からこの剣を譲られた時に、話しを聞いていたのだ。


「この剣で風を起こせる者が来たら、渡すように言われているんだ。儂の親父の命を救ってくれた恩人から預かった物だそうだ。整えを頼まれたが、待てど暮らせど、受け取りに来なかったんだ。」

「……それじゃあ……。」

蓮が話を即すと

「恐らく、もう生きてはいまいな。生きてても、もう剣は振れまいよ。」


「でも、こんな銘品を買う金は持ってないよ……。」

蓮が正直に言った。


「儂の親父の遺言だ。親父は ”渡せ” と言った。”売れ” とは言わなかった。」

「でも……。」

「親父は最期まで、その恩人を待ってた。親父がそう言ったんだ。渡さなかったら恨んで出てきそうだよ。はははは!!」


 鍛冶屋の親父は大口を開けて笑った。

 その姿に、息子は不承不承という風に、顔を背け、黙って店に戻って行った。


「親父さん、恩にきるよ。」

「なーに。元から他人の持ってたもんだ。儂も親父の心残りを晴らせた。儂もずっと気になってたからな。これでいいんだよ。

 これまで誰が振っても風は起こらなかったんだから、これは、蓮さんのもんだ。」


 蓮は、深々と頭を下げた。

「珍しい鉱石が取れたら、真っ先に持ってくるよ。」

「いいって事よ!! まあ、そん時は、きちんと買い取ってやるよ!!

 甘えられる人には、甘えておくもんさ……。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る