第10話 恋の仁義なきお買い物と、サキュバスの正しい拗ね方

「アー、テステス。皆さん、三日目の朝ですよー! 二日目を無事に生き抜いた皆さんに、神から素敵な『ご褒美』のプレゼントです!」


シェアハウスの爽やかな朝。リビングに集まった八人の参加者たちに向けて、神(ディレクター)のハイテンションな声が響き渡った。


「昨日のミッションで高い『愛の力』を示した四名を選抜し、本日は『王都でのW(ダブル)デート』にご招待します! 魔物の出ない安全な街で、ショッピングや美味しいグルメを堪能してください。男性陣は、女性陣をエスコートして最高の胸キュンを稼ぐチャンスですよ!」


そのアナウンスに、選ばれた四人の間にそれぞれ違う感情が渦巻いた。

選抜されたのは、暗黒騎士アヴァロン、暗殺者ジン、純白のシスター・ティア、そしてサキュバスのリリスだった。


「よっしゃあ! 街でのデートミッション! ティアちゃん、今日は俺が最高のスポットに連れてってやるからな!」

アヴァロン(中身:陽キャ大学生)が、ガッツポーズをしてティアにウインクを飛ばす。

「アヴァロン……抜け駆けは許さねぇっすよ。俺だって、今日こそは『本当の暗殺者(ナイト)』の姿をティアちゃんに見せるんすから!」

ジン(中身:ビビリのフィットネストレーナー)が、昨日の失恋の挽回とばかりに鼻息を荒くする。


(ふふんっ! これよこれ、恋リアの王道『ヒロインの奪い合い』! 二人の男から熱烈なアプローチを受ける私……カメラの撮れ高はバッチリね。一億円へのヴィクトリーロードが見えてきたわ!)

ティア(中身:苦労人女子のマイ)は、内心でガッツポーズをしながら「お二人とも、お手柔らかにお願いしますね♡」と可憐な微笑みを浮かべていた。


しかし、その傍らで。

もう一人の選抜メンバーであるリリス(中身:お堅い公務員のサキ)は、一人だけ浮かない顔をしていた。


(昨日の森で、ジンさんは私を命がけで守ってくれた……。だから今日は、私から少しお話ししてみようと思ってたのに。ジンさんの目は、ティアさんに釘付けじゃないですか……!)

過激なベビードール風の衣装を必死に隠しながら、リリスの胸の奥で、モヤモヤとした名前のない感情が渦を巻き始めていた。


◆ ◆ ◆


転送された先は、石畳が敷き詰められ、活気ある商人たちの声が響き渡るファンタジー世界の巨大な『王都』だった。

青空の下、オシャレなカフェやブティック、魔法のアイテム屋などが立ち並んでいる。


「さあティアちゃん! まずはあそこの服屋に行こうぜ! 俺が世界一似合うドレスを見立ててやるよ!」

「いや、歩き疲れる前にあそこのカフェでクレープを買ってくるっす! ティアちゃんはそこで待っててほしいっす!」

「俺が先だ!」

「俺っす!」


王都の大通りに降り立つなり、アヴァロンとジンによる『ティアの仁義なき奪い合い』が勃発した。

右からアヴァロンがエスコートの腕を差し出し、左からジンが日傘(どこから出したのか)を差しかける。完全にティアを神輿のように担ぎ上げる勢いである。


「もぉ、お二人とも困っちゃいますぅ。ティアの体は一つしかないんですよ?」

困ったように眉を下げるティア。

(よしよし! もっと争いなさい! そして私に高いアクセサリーや美味しいご飯を貢ぐのよ! これがヒロインの特権……!)


三人がワイワイと盛り上がりながら歩き出すその後ろで。

リリスは、完全に『空気』と化していた。


「あ、あの……ジン、さん。昨日は、その、ありがとうございましたって……」

勇気を出して声をかけてみるものの。


「ティアちゃん! そっちの道は馬車が通って危ないっす! 俺が車道側を歩くっす!」

「あ、ジンさんずるいぞ! じゃあ俺はティアちゃんの荷物を持つ!」

「きゃっ、ありがとうアヴァロン様♡」


三人はキャッキャと笑いながら、魔法アクセサリーのブティックへと入ってしまった。

一人ポツンと大通りに取り残されたリリス。


「…………」

リリスは、ギリッ、と奥歯を噛み締めた。

彼女は公務員である。規則やマナー、集団行動の和を何よりも重んじる性格だ。


(な、なんなんですかあの二人は! Wデートって言われたのに、一人の女の子に群がって……! 私は!? こんな破廉恥なサキュバスの格好で街を歩く身にもなってください! せめて『リリスさんも一緒に行こう』くらい言うのが、大人のエチケットでしょうがァァァッ!!)


嫉妬と、公務員としての規範意識(マナー違反への怒り)が入り混じり、リリスの周囲の空気が少しずつ黒く淀み始めていた。


◆ ◆ ◆


ブティックの店内。

ショーケースには、キラキラと輝く魔法の宝石が並んでいる。


「ティアちゃん、これなんかどうだ!? 『炎竜の血石ネックレス』! すっげぇ攻撃力が上がりそうだぜ!」

アヴァロンがドヤ顔で持ってきたのは、禍々しいオーラを放つゴツいネックレスだった。

(いや私シスターなんですけど!? そんな世紀末みたいなアクセサリー似合うわけないでしょ! センス小学生か!)


「ダメっすよアヴァロン! ティアちゃんにはこういう清楚なやつが似合うっす。ほら、『呪われし亡霊の骨ピアス』!」

ジンが持ってきたのは、カタカタと動く不気味な骨のピアスだった。

(アンタそれ自分が暗殺者だから趣味がそっちに引っ張られてるだけじゃない! 呪われしって書いてあるし!)


内心で強烈なツッコミを入れつつも、ティアは「わぁ、嬉しいですぅ……でも、私にはもったいないかな」と完璧な愛想笑いで躱していた。


「いや、遠慮するなよ! 俺が買うから!」

「俺が買うっす!」


二人の男が財布(ミッション報酬のゴールド)を取り出して言い争いを始めた、その時。


ドンッ!!


ブティックのドアが勢いよく開き、地鳴りのような足音を立てて『怒れるサキュバス』が入ってきた。


「ちょっと……あなたたち」


底冷えするような、低い声。

振り向いた三人は、息を呑んだ。

リリスの全身から、ドス黒い、怨念のようなオーラが立ち昇っていたのだ。


「リ、リリスさん……? どうかしたの?」

ティアが恐る恐る尋ねる。


「どうかした、じゃないです……! Wデートですよ!? 協調性って言葉をご存知ですか!? 一部の人間だけが盛り上がり、和を乱すようなエスコートは、デートのガイドライン違反です!!」


「が、ガイドライン……?」

アヴァロンが後ずさる。


「特にジンさん!!」

「ヒィッ!?」

名指しされたジンが、カエルが潰れたような悲鳴を上げた。

「昨日はあんなに……あんなに私をカッコよく助けてくれたのに! 今日は一回も私の顔を見てくれないじゃないですか! 私がどんなに恥ずかしい思いでこの格好をしてると思ってるんですかバカァァァァッ!!」


ピロンッ!


『システムアナウンス! リリスさんの極度の嫉妬と放置プレイによるストレス(激しいヤキモチ)を確認! リリスさんに《愛の力・バフ(広範囲魅了・サキュバスの怒り)》が付与されました!』


「えっ、ちょ、システム!? ヤキモチでもバフかかるのかよ!?」

アヴァロンが叫ぶより早く、リリスの身体から放たれたピンク色と黒色が混ざった強烈な魔力の波動が、ブティック全体を包み込んだ。


ドガァァァァァンッ!!


「ぐわぁぁぁぁっ!?」

「ひぃぃぃぃぃっ!!」

魅了と物理的ショックが合わさった謎の爆発により、アヴァロンとジンは店の天井まで綺麗に吹き飛ばされ、そのまま床に大の字になって気絶した。


「はぁ……はぁ……っ。少し、スッキリしました」

怒りを爆発させたリリスは、肩で息をしながら、気絶した二人の男を見下ろした。

そして、横で完全にフリーズしているティアに向かって、ペコリとお辞儀をした。


「お騒がせしてすみません、ティアさん。……私、お腹が空きました。あそこのカフェで、クレープ食べませんか? 私、奢りますから」

「……あ、はい。喜んで、ご一緒させていただきます……」


圧倒的な怒りのパワーを前に、ティアは(この女には逆らわない方がいい)と本能で悟り、素直に頷くしかなかった。


かくして、男たちが意気込んでいた「ヒロイン争奪戦エスコートデート」は、拗ねたサキュバスの怒りの爆発により、ただの『女子二人の平和なクレープ食べ歩き会(足元には気絶した男二人)』というカオスな結末を迎えたのだった。

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