第9話 恋リア名物、深夜のパジャマトークと交差する矢印
ティアの(プロ顔負けの)超絶手際によって作られた絶品ディナーは、参加者たちの胃袋を完全に満たした。
美味しい食事と和やかな歓談の時間が終わり、夜も更けた頃。神からの「就寝時間です」というアナウンスと共に、八人のメンバーはそれぞれ男子部屋と女子部屋の大部屋へと分かれていった。
これぞ、恋愛リアリティーショーの醍醐味。
カメラ(神の視点)だけが回る密室での、パジャマ姿による「深夜の同性トーク」である。
◆ ◆ ◆
【女子部屋:交差する乙女たちの本音】
「ふぁあ……お布団、ふかふかね……」
豪華な天蓋付きベッドが四つ並んだ女子部屋。エルフの弓使いであるシルフ(中身:超インドア派のユイ)は、すでに自分のベッドで蓑虫のように毛布にくるまり、幸せそうに目を閉じていた。
「ちょっとシルフ、もう寝るの? せっかく女子だけなんだから、今日のこと色々話しましょうよ!」
そう言ってシルフのベッドにダイブしようとしたのは、氷の女帝グレイシア(中身:天然ドジっ子のリン)だ。彼女は可愛らしい水色のネグリジェを着ていたが、ベッドの手前でスリッパに躓き、絨毯の上に「ふぎゃっ」と見事に転んだ。
そんな彼女を助け起こしたのは、顔を真っ赤にして部屋の隅で縮こまっているサキュバスのリリス(中身:お堅い公務員のサキ)だった。
「だ、大丈夫ですかグレイシアさん……。それより私、この格好どうにかできませんか……ッ!」
リリスは涙目だった。アバターの初期設定のせいで、彼女のパジャマは「透け感のある黒のベビードール」という、公務員の彼女にとっては致死量の露出度を誇る代物だったのだ。
「とっても似合ってますよ、リリスさん。……ふふっ、なんだか修学旅行みたいですね」
三人を見ながら、清楚な白のルームウェアを着たティア(中身:苦労人女子のマイ)が、天使のような微笑みを浮かべた。
しかし、ティアの内心はゴリゴリの『情報収集モード』に入っていた。
(よし、ここからが恋リア本番。女子同士の腹の探り合いよ! 誰が誰を狙っているのか、ここで情報を引き出して私の立ち回りを決める!)
「皆さん、今日のミッションはどうでしたか? やっぱり、一緒に戦うと……その、相手の男の人のこと、少し気になっちゃったりしました?」
ティアがわざとらしく、モジモジと頬を染めながら切り出した。
「わ、私は……」
真っ先に反応したのは、天然のグレイシアだった。
「私、雪山でルーファスさんと一緒だったんだけど……彼、本当に凄いの! 私が転びそうになった時、完璧な計算で助けてくれて……しかも吹雪を一瞬で春に変えちゃうくらい、スマートで頭がいいのよ!」
うっとりと語るグレイシア。
(……チッ)
ティアの心の中で、舌打ちが鳴った。
(グレイシアの奴、私の第一候補だった金持ちエリート(ルーファス)にガチ惚れしてるじゃない。しかもルーファスの奴、今日『ピンクのオーラ(モテバフ)』出してたってことは、グレイシアと両思いになった可能性が高いわね。……まぁいいわ。他人の男を奪ってヘイトを買うより、ここは撤退するのが賢明ね)
即座にターゲットの変更を計算するティア。
「リリスさんはどうでしたか? 暗殺者のジンさんと一緒でしたよね?」
「えっ、わ、私ですか!?」
話を振られたリリスは、ベビードールの胸元を隠しながら、さらに顔を赤くした。
「ジ、ジンさんは……その、最初は怖い人かと思ってたんですけど。ゾンビが出た時、目にも止まらぬ速さで私を庇ってくれて……。不器用だけど、すごく、頼りになる人だなって……」
(……はぁ!?)
ティアは内心で目をひん剥いた。
(あのビビリでヘタレの暗殺者が!? 絶対リリスの勘違いでしょ! でも、これでリリスはジン狙いで確定ね。……ってことは)
シルフは昼間から「ガルムの隣が落ち着く」と公言して寝ている。
残っているフリーの男子は、一人しかいない。
『お前……すげぇな!! すっげぇ良い奥さんになりそうだな。俺、胃袋掴まれちゃったかも』
ふと、夕食の時に自分に向けて真っ直ぐに笑いかけてきた、アヴァロンの顔が脳裏をよぎった。
(な、なんであの中二病のバカの顔が出てくるのよ! 私は一億円のために打算で動いてるの! あんな、ノリだけで生きてるような男に絆されたりなんか……!)
ティアは、無意識のうちに自分の顔が熱くなっていることに気づき、慌てて両手で頬をパシパシと叩いた。
◆ ◆ ◆
【男子部屋:勘違いエリートと純情なバカたち】
一方、壁を隔てた男子部屋では、全く別のベクトルの熱気が渦巻いていた。
「はぁ……はぁ……! 明日は絶対に、俺がティアちゃんを守る……!」
グレーのスウェット姿の暗殺者ジン(中身:フィットネストレーナー)が、床で猛烈なスピードの腕立て伏せをこなしていた。
今日のミッションで気絶し、ティアからの『ピンクのオーラ』も貰えなかった彼は、焦りと失恋の恐怖から筋トレに逃げていたのだ。
「おいおいジン、抜け駆けは許さねぇぞ」
同じくスウェット姿の暗黒騎士アヴァロン(中身:陽キャ大学生のアキラ)が、ベッドの上に胡座をかいてニヤリと笑った。
「俺も、ティアちゃん狙いだからな。あの子、か弱いだけじゃなくて料理の腕もプロ級だぜ? あんなの、惚れない男いないだろ!」
「アヴァロン……! 今日カッコいいとこ見せたからって調子乗るなよ! ティアちゃんは、俺の初恋の天使なんだ!」
バチバチと火花を散らす、脳筋よりの男二人。
そんな彼らを、シルクの高級パジャマを着たエリート魔道士・ルーファス(中身:女性経験ゼロの会社員・レイジ)が、ワイングラス(中身はただの水)を片手に冷ややかに見下ろしていた。
「……フッ。君たちは本当に、恋愛というものを感情論でしか語れないのだな」
ルーファスが眼鏡をクイッと押し上げる。
「いいかい? 恋愛市場において最も重要なのは『ブルーオーシャン(競合のいない市場)』を見つけ、的確な『ソリューション(解決策)』を提供することだ。君たちのように、一人の女性に群がって無駄なコストを割くのは愚の骨頂だよ」
「なんだと? じゃあお前は誰狙いなんだよ、ルーファス」
アヴァロンが眉をひそめる。
「僕かい? 僕はすでに、グレイシアさんとの強固な信頼関係(パイプ)を構築済みさ。雪山という過酷な環境下での『吊り橋効果』、そして僕の圧倒的な魔法による『ギャップ萌え』。彼女の僕を見る目は、完全に恋する乙女のそれだったね」
(本当は至近距離で顔を見られてキャパオーバーになり、テンパって魔法を暴走させただけなのだが、彼の脳内では『完璧なエスコート』に変換されている)
「へえ、エリート様は言うことが違うねぇ」
アヴァロンが呆れたように肩をすくめる。
「でもよ、恋愛なんて理屈じゃねぇだろ。自分が一番『いいな』って思った奴に、真っ直ぐぶつかるだけじゃんか」
「同感だね」
部屋の隅で、巨大な獣人ガルム(中身:花屋のタロウ)が、昼間摘んできた花を小さなグラスに生けながら、優しく微笑んだ。
彼のパジャマは、巨体に似合わない『可愛い熊のアップリケ』がついたモコモコのものである。
「誰かを出し抜くとか、そういうのはよく分からないな。僕は今日、シルフさんと一緒にぽかぽかお昼寝できて、誰も傷つかなくて……すごく幸せだったよ」
「……お前ら、本当にこのサバイバルを生き抜く気があるのか?」
ルーファスが頭を抱えた。
打算と計算で立ち回ろうとする女たちと、見当違いのプライドと純情をこじらせる男たち。
アバターの仮面の下に隠された「等身大の素顔」が、少しずつ見え隠れし始めた第一夜。
深夜のMVP投票を経て、彼らの交差する矢印は、翌日のさらなる波乱へと繋がっていくのだった。
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