悪魔との契約・・・。
雪柳なずな
1
準備は整った。
自室として充てがわれた、ベッドと小さな机と申し訳程度のクローゼットしかない狭く簡素な部屋。床には自らの血を混ぜた黒インクで描かれた魔法陣がある。この部屋で唯一気に入っている小窓は雨に打たれ、夜の闇に時折走る稲妻の明かりが私の薄桃色の髪を照らした。
「悪魔を呼び出すには最高の夜ね」
バリバリと鳴る轟音を聴きながら、部屋のたった1つの蝋燭を吹き消し、私は静かに陣に手をかざし魔力を込める。この召喚の陣は悪魔に魂を抜かれる禁忌だとされているがそんなもの知ったことじゃない。悪魔を使役できるか対価で命を取られるかなんてこの際どっちでもいい。今の生活から抜け出せるならば。
陣が青白く光る。小さなボロい部屋のボロい家具が軋む。魔法陣の中心に圧力が凝縮されていき、私のボロい白魔道士の服が吸い込まれそうにバタバタとはためく。踏ん張る足もズリズリと陣の中に引っ張られ、食いしばった唇から鉄の味がするがここで飲み込まれるわけにはいかないと、私は気合だけで悪魔を呼び出そうと叫んだ。
「いいから出てこいやぁ!!」
ドーンッという特大の雷がすぐ近くに落ち、教会全体が揺れた後に「はーい」と軽い声が聞こえた気がして私は後ろを振り返る。
「なんで………」
そこに召喚されたのは一人の悪魔。
年の頃なら17、8。白魔道士の服を着て、薄桃色の髪をして、場違いな程の笑顔を浮かべるその悪魔の顔は私と瓜ふたつだった。
「あなたが私を呼んだのに『なんで』なんてご挨拶ね。あ、顔が同じに見えたから?ざーんねん、私はあなたと違ってぱっちり二重でした☆」
「別に一重だって良いじゃない!ってそうじゃなくて、なんで魔法陣の外に出てきたの!?さっきの騒ぎは何?!」
ただの演出!と笑いながらキュルん、とウインクをして人がちょっとだけ気にしてる事を抉ってくる悪魔の所業に、契約云々の前から私は既に息切れを起こしていた。悪魔ってこんなのだっけ?悪魔ってもっと、もっと…
「悪魔ってもっと、牙があって手足が長くて紫色の皮膚をして、とか思ってるでしょ?」
「………」
思考を読まれたようで私は面白くない顔になる。調子が狂うってこういう事なんだろう。やりづらいったらない。
「悪魔にも種族がいてね、もちろん『THE・悪魔』みたいのもいるよ。でもワタシは違う。ワタシはあなただから」
何を言ってるのかわからない。こんな変な悪魔についての記述はおばーちゃんから受け継いだ魔道書にはなかった。
「私が悪魔ってこと?悪魔なのはここの教会の奴らよ!」
「そのようだね」
悪魔は少しだけ真面目なトーンで返事をして、腰掛けようと椅子を引く。すると椅子はバラバラと足元から崩れてただの木材になった。
「もともと限界だったけど、召喚時の騒ぎがトドメだったね」
私がよくも壊したなとジト目で見た事に気付いたのか悪魔は視線を逸らして、ついでに話題も逸らしてきた。
「あー、ワタシね、本体は魔界にいるの。あなたの負の感情を実体化しているだけ。だからあなたが今どんな環境で何をさせられているかも大体わかる」
「本当でしょうね……?」
「アレッタ・フラメル18歳。魔道士の家系。師匠は祖母ルイス。田舎の村の引きこもりが白魔道の才能があると教会関係者に強引に王都に連れてこられた…がだいぶ酷い扱いを受けているね」
私はぽかんと悪魔を見た。すごい。私の負の感情を実体化、なんてかなり疑わしかったけどおばーちゃんの名前は教会関係者も知らない事だ。
「……わかった。あなたを信じる。あなたは私が召喚した悪魔。なら契約をしよう」
私はぐっと拳を握る。思ってたのと違ってバタついたけど、悪魔を召喚した理由を忘れたわけではない。
「いいよ、こんな寒くてボロい部屋に押し込まれて、ろくな食事も与えられずにただ回復させられる毎日。自由もないのに教会はボロ儲け。ワタシ、こういう奴ら大嫌い!」
キャハハと笑う悪魔は、私と同じ顔なのに段々と狂気が混ざり別人の顔に見えてきた。ピカッと雷光が一瞬照らしたそれはまさに「負の感情」そのもので、私はほんの少しだけ怖気付く。だけど。
「私は奴らをぎゃふんと言わせて村に帰るんだ!さぁ、そのための契約方法を教えて!」
「じゃ、その握ったままの拳を前に出して」
私は悪魔に言われるまま腕を前に伸ばす。あれ?もしかしてこのまま切り落とすとかないよね?!腕は無くなったら研究に支障が出るから考え直してほしいんだど?!
「き、切り落とすなら腕じゃなくてせめて足にして!」
「なーに言ってんの!はい、契☆約!」
悪魔はニコニコと自分のグーと私の拳をコツンと合わせた。
「……お?」
「契約終わり!あ、そういえば悪魔との契約は対価が必要だった」
「だから腕は勘弁して!」
「腕なんかいらないし。そうだな…対価は教会の奴らが溜め込んだお金にしよう」
意外だった。悪魔が現金を欲しがるなんてことがあるのか。おばーちゃんの魔道書に書き加えておかねばならない。
「私は構わないけど……良いの?魂とかいらないの?」
「低レベルの悪魔は欲しがるけど、ワタシ、かなり強いから。今更ヒトの子の魂なんていらないんだ」
ケタケタと声を上げる様子はさっきの恐ろしい雰囲気とはまるで違う。それは家族と穏やかに暮らしていた頃の私の顔で、『悪魔』とは言いたくなかった。
「……ねぇ、あなたには名前があるの?」
「ロゼッタだよ。アレッタ、と似てるから呼ばれたのかも」
魔法陣に私の名前なんて書いてないけど、とちょっと呆れて、同時に何故か少しホッとした。
教会はどこも似た作りなのだろうけど、1階に祈りの間が設けられている。ここのステンドグラスだけは綺麗だけど、神父様達は心が汚れていた。
その神父達が今、祭壇の前で腰を抜かして怯えている。逆らわないと思っていた「私」に追い込まれているのだ。
「神父様たち。今まで大変お世話しました。お礼に教会のお金は全部頂いていきます」
「アレッタ!何を言っているんだ!お前はここを出たら生きていけないだろう!」
「まぁご冗談を。一人で生きていた私を勝手に連れてきたのは神父様でしょう?」
悪あがきをする神父たちの周りに黒い霧が生まれ圧縮され、彼らを押さえつける。
「待ってくれ!給金なら払う!払うから…」
ギャァ、と1人2人と意識を失っていく中、最後に残った大神父様にロゼッタは低い声で囁いた。
「…オマエからは魂を貰う」
言った後にロゼッタは悪魔の羽を出し大きく広げる。その時ちょうど夜明けを知らせる光がロゼッタを包み、神々しく祈る姿はいっそ聖女のようだった。
ついに泡を吹いて気絶した大神父様を祭壇の影から確認した私は、堂々と金庫から持ってきたお金を背負いロゼッタに声をかける。
「はぁ清々した!ありがとう!対価はここだよ」
「あぁ、今回はいらないわ。ワタシね、実はあなたのおばーちゃまに恩があるの」
「え?どんな?」
「なーいしょ☆」
ペロッと逃げるその躱し方が逆に気になってしまい、私は好奇心からロゼッタに誘いをかけてみた。
「じゃあ村まで一緒にどう?お酒でも飲みながら!」
「賛成!久しぶりに飲みたいわ〜」
上機嫌のロゼッタと企み顔の私は、お互い顔を見合わせ笑った。
悪魔との契約・・・。 雪柳なずな @magicalnazuna
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