第3話 友人

連介は、俺がこの世界で『拾われた』のと同じ日に生まれた男だ。


俺を拾って育ててくれた作兵衛さくべえのさんと、連介の親父が親友同士だったこともあり、俺たちは幼馴染として育った。


もっとも、俺が『郡校ぐんこう』に進学して本城ほんじょうに移ってからは離れ離れになり、もう数ヶ月は会っていない。よくもまあ、俺がここにいると突き止められたものだ。


お気に入りの腰掛け石から立ち上がり、干し草で編みかけだった帽子を適当に放り出して、身体を大きく伸ばす。


「よお、連介。なんでこんな城下町にいるんだよ」


「親父がさ、昨日釣った魚を楽市らくいちで売るって言うからついてきたんだ。お前がこの辺にいるって聞いてさ。久しぶりなんだから、積もる話もあるだろ? なぁ拾吉、郡校ってどんなところなんだ? やっぱり授業とか難しいのか?」


連介の言葉に、俺は思わずふっと笑みをこぼしてしまった。


この世界はクソ喰らえだが、前世を含めても、こいつは数少ない俺の親友だ。そうやって気にかけてもらえるのは、素直に嬉しい。


「冗談言うなよ。あの程度の学問で、俺が音を上げるわけないだろ?」


「へへ、さすがだな!」


連介は致命的に勉強ができない。だから俺も、学校でどんな高度な授業が行われているかを具体的に説明してやるような無粋な真似はしなかった。


当の連介も、本気でカリキュラムを心配していたわけではないらしい。二言三言、他愛のない世間話を交わした後、彼は急に声を潜め、ニヤニヤしながら距離を詰めてきた。


「なぁ……噂で聞いたんだけどよ。隣の村の女の子が、郡校に入ったってマジか?」

なるほど、それが本題か。


原則として、帝国の法律は女性が郡校に入学すること、ひいては官職に就くことを禁止してはいない。だが、それが現実的にどう運用されているかは別問題だ。


貴族の令嬢ならまだしも、平民出身の女子が郡校に入るなど、同じ平民の男子が入るよりも何倍、何十倍も難関だったに違いない。そんな『暗黙の了解』を実力でぶち破った少女が現れたのだから、連介の耳にまで噂が届くのも無理はなかった。


「ああ、本当だよ。はなって子だ。確かにあいつの成績は優秀だよ。最初はまともな家庭教師がついていた貴族のガキどもに遅れをとっていたが、今じゃその大半をごぼう抜きにしてる」


――まあ、そのすべての頂点に君臨し続けているのは、この俺なのだが。


とはいえ、俺としてはそれで天狗になる気には到底なれなかった。


何しろ、俺が持っているのは前世の『地球における最高峰の義務教育』というカンニングペーパーだ。それに対して、素の頭脳だけで俺の背中をぴったりとマークしてくる花には、一歩間違えれば追い抜かれるという恐怖すら感じていた。


「ただ……俺もあいつも、武学ぶがくの成績は壊滅的だけどな」


苦笑交じりに付け足す。


帝国の武学は徹底した実戦至上主義だ。


もともと身体が貧弱な俺や、どうしても体格的なハンデがある花が、たらふく肉を食って育ったお坊ちゃんどもの馬鹿力に敵うわけがない。


まあ、俺は武官になるつもりなんてサラサラないし、おそらく花も同じだろう。

だが、そうなると当然、ある『お約束』が浮上してくる。


すなわち――いじめ、だ。


ガキというのは、生まれながらにマウンティングをしたがる生き物だ。それが自分たちより身分の低い『賤民せんみん』相手ならなおさらである。


座学の成績で負けたお坊ちゃんたちの不満が蓄積し、やがてそれが暴力的な嫌がらせへと発展するのは、あまりにも自然な流れだった。


俺の場合、良く言えば危機管理能力が高い、悪く言えば臆病でコソコソ生きる術に長けているため、特にタチの悪い連中との衝突を器目に回避できていたが――あの生真面目な少女には、そんな世渡りの経験などあるはずもなかった。


一応、教師に相談したこともあった。


だが、いじめっ子グループの主犯格は、旧日玄国ひげんこくの武家・傍系の血筋らしい。


現代人の感覚からすれば「だから何?」というレベルだが、今の帝国において『日玄国出身』というだけで、他の六カ国の人間より圧倒的に優遇される特権階級なのだ。


教師といっても名ばかりの非正規雇用。面倒事に巻き込まれて職を失うのを恐れる気持ちは、理解できなくもなかった。


もちろん、この腐った時代背景にどれほど正当な理由があろうと、俺がその教師を許す義理はない。あの教師のクズには、今すぐ肥溜めに落ちて溺死する呪いでもかけておく。


結局のところ、俺が最初の一、二次ほど彼女を助けてやったものの、クソガキどもが大人しくなる気配は微塵もなかった。


むしろ、中途半端に介入し続けるのは悪手だと、俺は気づき始めていた。だから――。


「だからって、見捨てちまったのかよ!? 同じ平民の仲間だろ!」


俺が話を半分まで進めたところで、連介が怒りを爆発させて大声を張り上げた。

その目は「お前には失望した」と、ありありと告げていた。


「仕方がねえだろ。昔は小賢しい知恵で年上のガキを追い払えたこともあったが、今回の相手は格が違う。正面から衝突したら、俺の身が持たねえよ」


「そんな言い訳で納得できるかよ! お前、変わっちまったな! あいつには、頼れる奴がもうお前しかいないんだぞ!」


ガシッ、と連介が俺の胸ぐらを掴み、力任せに揺さぶろうとしてくる。


だが、俺も伊達に郡校で最低限の訓練を受けているわけではない。こちらの踏ん張りを計算に入れ違えた連介は、逆にバランスを崩して俺の方へよろめいた。


「あの……」


連介が気まずそうに体勢を立て直し、さらに文句を言おうと口を開きかけたその時。


すぐ耳元から、鈴を転がすような少女の声が響いた。


「喧嘩をしても解決にはならないと思います。それに……連介君は、まず拾吉君の話を最後まで聞いた方がいいですよ?」


連介がぎょっとして視線を向ける。


そこには、連介よりも頭半分ほど背が高く、健康的に日焼けした少女が佇んでいた。


その髪は、いかにも動きやすさを最優先したような、さっぱりとしたショートヘアに切りそろえられている。


絶世の美女、というわけではない。頬にはうっすらとそばかすが散っている。


だが、五官のバランスは非常に整っていた。眉は少し太めだが、その曲線は柔らかく、丸みを帯びたあんずのような瞳が、彼女の顔立ちにどこか温和で親しみやすい印象を与えている。「……とりあえず、紹介するわ」


胸ぐらを掴まれたままの姿勢というのもアレだが、ここで黙り込んでいるのも不自然だ。俺はため息混じりに言った。


「こいつが噂の『花』だ。学内じゃ四方八方に敵がいる状態だからさ。城下町にいる間は、こうして俺と常に行動を共にさせてるんだよ」


「お初にお目に掛かります。花と申します」


花は少しはにかんだような笑みを浮かべ、連介に向かって丁寧に一礼した。


連介はあぜんとしたように口を半開きにしながら、花と俺の顔を交互に見つめ、その表情を怒りと困惑の間で二度、三度と激しく行き来させた。


そして、俺の襟元を締め上げていた連介の指から、じわじわと力が抜けていく。


「……そういう大事なことは、最初に言えよな!!」

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前世ニートで今世も凡人、だけど生き残るために下剋上。魔法戦国時代に転生した俺は、反逆者として成り上がる! 榊祈傘 @SakakiKikasa

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