第2話

次の日、早速編集長に千舟島の記事を書くと言う報告をした。

「春野、お前あんなに千舟島はつまらなかったって言ってたじゃないか。」

「もう一度取材に行ってみようと思ったんですよ。槙原と、、」

「槙原に推されたのか。まあ今回こそは頑張れよ。」

編集長は全てお見通しだった。本当に今回まともな記事を書かなければ、首が危ういのでは、という不安を感じている。編集長も遠回しにそう言っている気がする。



「槙原は千舟島についてどのくらい知ってるんだ?」

「えっと、大きな台風が来て島の住民のほとんどが亡くなったってことぐらいしか。出回ってる情報少なすぎません?春野さんから、生き残った住民が全然話をしてくれないっていう愚痴を聞いてはいましたけど。大変でしたねえ。」

「やっぱりそう思うよな。」

槙原に余計なことまで言われ、少し腹が立ったが気にせずに続けた。

「台風の後、俺以外にも取材に行った人がいるみたいなんだが。」と事前に開いておいたネットの掲示板をスマホで槇原に見せた。


【千舟島の取材に行ってみた】

千舟島は静岡のとある港から、南東に70kmの場所に位置する小さな島だ。私は、千舟島という島を、災害が起こるまで知らなかった。知っていたとしても、まさか人が住んでいるとは思わないだろう。千舟島というくらいだから、船がたくさん通っているのかと思いきや、千舟島にいく方法は週に1本の定期船だけだ。船でおよそ3時間かかった。船に乗ることが少ないので少し酔ってしまった、、、。天候が荒れれば完全に孤立してしまうだろうと感じる。電気は通っているらしいが、食料品が買える店がない。住民は10日に1回ほど本土に行き、まとめ買いをする。普段は、島で自給自足して住民どうし助け合いながら暮らしているらしい。(私も老後はそんなふうに暮らしたい。)また電波は、場所によっては圏外になるらしい。

ついに島に上陸した。島は普通のようにも見えるが、やはり台風の爪痕は、はっきり残っている。土砂崩れが起こったであろう山はそのままになっている。瓦礫も多く散らばっている。もともと住民が25人ほどはいたらしい。(この情報は定期船の船長から聞いた。船長も詳しくは知らないらしい。)そして生き残ったのは5人だけ、、、、、生き残った人たちは未だにこの島に住んでいるらしい。少し不気味だ。

この後、島を散策した。そして生き残った人に話を聞こうと思ったが、断られてしまった。会うことはできたのでその報告だけはしておこう。最初に見た目50代後半から60代後半の夫婦に会った。愛想は良かったが、台風の時の話になると少し顔が曇り、誤魔化されてしまった。家の前で会ったのだが、彼らの家は台風の被害にあってボロボロになった家に比べ比較的新しかった。また彼らには息子がいるらしかった。(家の外に干してあった洗濯物を見たら、旦那さんが着るには少し大きいパーカーが干されていたことから推測した。)息子は引きこもりなのだろうか。次にまた別の夫婦に会った。さっき会った夫婦より若そうである。彼らの家は古そうではあるが、ボロボロにはなっていなかった。運が良かったとしか言いようがない。話をした感じ、愛想は悪くなかったが、こちらから挨拶をしなければ向こうも挨拶をしない、そういう人たちだと感じた。彼らには子供がいる気配はなかった。おそらくいないだろう。この島に暮らしているのはおそらくこの5人だろう。


特に収穫はなかったが、いい経験にはなった。島の様子が台風の恐ろしさを物語っていた。しかし、なんとなく違和感を覚える。とにかく、あんなに人がたくさん死んだ島に住み続ける理由が気になった。気が向いたら、今度は生き残った人たちに取材をしに行きたいと思う———



「え、なんですかこれ。なんだか、ただの災害だとは思えませんね。」

「明日行ってみないか。」

「急に乗り気ですね。いいですけど、船が週に1本って書いてあるじゃないですか。明日船あるんですか?」

「ちょうど明日が週に1度のチャンスだ。絶対に取材をしたい。何かを隠していると思うんだ。」

「そうですね、私もそう思います。」

「港の場所を送っておくから、明日そこに集合だ。」

「了解です!!」

俺が奇妙なほどに張り切ってしまっていて、なんだか恥ずかしかったがそれ以上に槙原が張り切っていたので安心した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

嵐の島 @nma000

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画