第5話 隔夜の茶
## I
鍵の事件の後、一週間、牧原は彼女に何の追加の指示も与えなかった。
彼女の日々の仕事は相変わらず、スケジュール管理、来客の受付、会議資料の整理――標準的な秘書業務だった。この沈黙の期間が彼女の忍耐を試し続けているのか、それともあの鍵こそが彼の唯一伝えたかったサインであり、サインを送り終えた今、もう語るべきことは何もないのか、彼女には分からなかった。
彼女もまた、余計なことは一切しなかった。
それは、かつて結婚生活で身につけた経験だった――相手の意図が不明なとき、最も有効な戦略は静止すること。何もしないことは、何かを間違ってするより遥かに良い。
木曜の夕方、田中はすでに退社していた。彼女は翌日の取締役会用の資料を整理するために残っていた。七階の廊下の灯りは夜になると自動的に省エネモードに切り替わり、明るさが半分になって、フロア全体が図書館のような静けさに包まれる。
内線電話が鳴った。
「……高梨、まだいたか。」
牧原の声。彼女は時計を見た――夜の七時四十七分。
「はい、明日の資料の最終確認をしています。」
「終わったら、一枚コピーを取って持ってきてくれ。」
「かしこまりました。」
彼女は最後の行を確認し終え、プリントアウトしたものに赤ペンで三つの特に確認してほしいデータポイントを丸で囲んだ――彼に要るかどうかは聞かなかった、ただ印をつけた。そしてそのコピーを手に、彼のオフィスのドアの前に立ち、開いたドアをノックした。
彼は上着を着ていた。だが帰るためではなく、スーツの上着を脱いで椅子の背にかけ、白いシャツ一枚になっていた。袖は二つ折りにまくり上げられ、前腕が露わになっている。これは彼が一日のうちで唯一、少しだけ鎧を脱ぐ瞬間だった。
彼女は中に入り、書類を彼の机に置き、赤い丸の三箇所を指し示した。
彼はしばらく下を向いて見ていた。だが見ていたのは数字ではなく、彼女の筆跡だった。赤い丸はきれいに描かれ、震えもなく、泥臭さもなく、すべて同じ大きさだった。
「座れ。」
彼女は彼の向かいの椅子に腰を下ろした。
彼は自分の椅子に戻り、書類には手をつけず、机の上の白い封筒を手に取った。中から何かを取り出し、机の上に置いて、彼女の前へと押し出した。
それは鍵だった。
地下の資料室で見つけたあの鍵ではない――あれはまだ板橋のアパートの下着の引き出しにある。これはもっと大きく、鉄製で、表面には長年使い込まれたような擦り傷があった。小さなラベルが貼られており、彼女には読めない数字とアルファベットの組み合わせが書かれていた。
「開けられるか。」
彼女はその鍵を見つめ、すぐには手を伸ばさなかった。
「鍵穴を、見つけられるか。」
それは問いではなかった。命令だった。
彼女は手を伸ばし、その鍵を掌に取った。鉄の感触は冷たく、想像よりも重かった。掌の骨の間にその重みが小さな窪みを作った。指を閉じて握りしめ、顔を上げて彼を見た。
彼はそれ以上何も説明しなかった。視線は彼女の顔から、鍵を握る手へと移った。そして彼は立ち上がり、椅子の背の上着を手に取った。
「今日はもう上がっていい。鍵は持って帰っていい。使いたくなったら使え。」
彼はオフィスを出て行った。歩調は速くも遅くもなく、廊下の端の防火扉を開け、振り返ることはなかった。
彼女は彼のオフィスに座り、手の中にその重い鉄の鍵を握っていた。オフィスの灯りは十分後に自動で消えたが、彼女は気づかなかった。なぜなら、彼女は暗闇の中に十分長く座っていたからだ。
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## Ⅱ
金曜の午後、彼女は半日有休を取り、新幹線で大阪へ向かった。
自分にもっともらしい理由を与えた。来週月曜に関西のクライアントのデータを直接確認する必要があり、事前に関西支社にメールで「午後四時半ごろ到着します」と連絡しておいた。榎本には事前に知らせなかった。
新幹線の窓際の席に座り、東京の郊外が徐々に田園に、さらに名古屋のコンクリートジャングルへと変わっていくのを眺めていた。車内放送が次の停車駅を淡々と告げる。彼女はシートを一段倒し、鞄から文庫本を取り出して開いたが、同じページを三度読んでも一文字も頭に入らなかった。
なぜ自分がここへ来るのか、分からなかった。
分かっていた――ただ認めたくなかった。彼に会いたかった。彼女が突然現れたときの彼の表情をこの目で確かめたかった。彼の反応を自分の目で見たかった。あるいは、もっと正直に言えば――彼に必要とされたかった。自分を必要としない人間に、必要とされたいと。
だが、どんなことがあっても彼の前でそれを認めるつもりはなかった。
関西支社に着いたのはすでに午後五時半だった。オフィスの灯りはまだ大半がついており、数人の残業者が資料を整理していた。彼女を見かけて声をかけてくれたのは、前回の出張で顔を合わせた女性社員だった。「榎本次長ならまだ会議中ですよ、あと十分くらいで終わると思います」と言われ、彼女は「大丈夫です、待ちます」と答えた。ロビーのソファに座り、読みかけの本を開いた。
彼が会議室のドアを開けて出てきたとき、最初に彼女を見たのは彼ではなく、隣の人が彼女の方をちらりと見たからだった。その視線を辿って彼も振り向き――ソファに座り、本を手に膝を揃えて待っている彼女を見つけた。
その表情は一瞬だけ続いた。もし彼女が四十歳の目で見ていなければ、見逃していただろう。彼の目は彼女を認識した瞬間、わずかに光った――微笑みでも、うなずきでもなく、瞳孔がほんの少し開くような、理性よりも先に身体が発する歓迎のサインだった。
彼の目が語っていた――会いたかった、と。
彼は自分を制御するのに、約0.5秒かかった。そして平静な表情に戻り、彼女のもとへ歩み寄った。
「高梨さん、どうしたの?急に。」
「明日の確認資料に一点、直接お聞きしたいことがありまして。」
彼は彼女を見つめ、すぐには答えなかった。彼女が本当の理由で来たのではないことを、彼は分かっていた。彼女も、彼が分かっていることを知っていた。
「そうか。じゃあ、ちょっと一階の喫茶店で――いい?」
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支社ビル一階の喫茶店はこの時間、ほとんど人がいなかった。窓際のボックス席が空いており、二人は向かい合って座った。それぞれコーヒーを注文した。コーヒーを運んできた女性店員は、彼より年上の男性と若い女性がこの時間に空いたカフェにいるのを一瞥したが、何も言わずカップを置いて去った。
榎本はコーヒーを一口飲み、カップを置いた。砂糖は入れなかった。
彼女はその仕草を見ていた。前世で彼と何度もコーヒーを飲んだが、彼が砂糖を入れないことを今初めて知った。
「あの日――」彼が口を開き、また止まった。
彼女は言葉を継がなかった。
「……報告書、読みました。関西の分析、すごくよかった。あの視点は、うちの営業部では出てこなかったと思う。」
彼は仕事の話をしていた。仕事の話で本当に言いたいことを押し込めていた。しかし、彼の親指がカップの取っ手を何度も撫でているのに彼女は気づいた――無意識でなければ気づかない仕草。彼は緊張していた。
「それで、わざわざ――」
「お会いしたかったんです。」
彼女は言った。前置きも、回り道もなく。
榎本の指がカップの取っ手で止まった。彼は彼女を見つめ、その目には彼女が誰の目にも見たことのないものが宿っていた――それは満たされた欲望ではなく、欲望が認められたことで突然手に負えなくなったような、かすかな恐れだった。
彼は口を開きかけ、閉じた。自分のカップを見つめ、長いこと黙っていた。そしてカップを置き、手をテーブルの上に置いた。手のひらを下にして、指を少し開いて。
彼女はその手を見つめた。自分の手を伸ばし、指先で彼の小指の側面にそっと触れた――初めて出張したとき、キーホルダーに触れたときと同じくらい軽く。
彼は手を引かなかった。手のひらを返し、上に向けて、彼女の指と平行に置いた。彼女の手を握ることはせず、ただ開いていた。それはあの夜、彼が彼女の手の甲を覆った仕草の反転だった――あのときは彼が彼女を受け止め、今回は彼が手を差し出し、彼女がどうするかを待っていた。
彼女は指を彼の掌に滑り込ませた。
カフェの誰もこの隅で起きていることに気づかなかった。女性店員はカウンターの奥でスマホを見ており、窓の外には大阪駅前の人波と夕暮れが広がっていた。
榎本はその手を包み込んだ。
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その夜、彼女は東京へは戻らなかった。
大阪駅近くのビジネスホテルを探し、前回とは違うホテルにした。自分で部屋を取り、フロントで現金を支払った。彼に電話はしなかったし、彼も彼女がどこに泊まるか尋ねてこなかった。
だが、部屋でシャワーを浴び、浴衣に着替え、ベッドの端で髪を拭いていると、スマホの画面がふっと光った。保存していないが、見覚えのある番号からのメッセージだった。
**駅前のホテルなら──朝までゆっくりしていける。**
彼女はその一行を読み終え、スマホをベッドサイドに伏せて置いた。そして髪を拭き終え、タオルを畳んでバスルームのドアに掛け、灯りを消して横になった。
彼女はそのメッセージに返信しなかった。
だが、暗闇の中で、彼女の中にあのときと同じ、最初のときと同じ過程が始まっているのを感じていた。その過程には何のきっかけもいらない――彼の名前を思い浮かべるだけで十分だった。彼女の身体は理解されたことへの湿り気を静かに生み出し、暗闇の中で、解放するかどうかを彼女自身の決断に委ねていた。
彼女は天井に、カーテンの隙間から漏れる淡い黄色の光と影を見つめながら、そっと太腿を閉じた。
流れはすでに始まっていた。
彼女はメッセージに返信しなかった。だが、暗闇の中で浴衣の裾をゆっくりと腰までたくし上げ、手を自分の両脚の間に滑り込ませた。
指先が湿った温もりに触れたとき、彼女は暗闇の中でそっと笑った――それは喜びの笑いではなく、自嘲の笑いだった。高梨香織、四十歳の魂が二十歳の身体に宿り、一人で指を入れている。
中指で自分の裂け目をゆっくりとなぞり、湿り気を外陰部全体に塗り広げた。彼女の身体は自分の指にわずかに震えた――自分の身体を知っているはずなのに、二十歳の身体は四十歳の身体よりもずっと敏感で、その反応に自分でも戸惑うほどだった。膝は無意識に開き、長く待ち続けた誰かを迎え入れるようだった。
彼女は目を閉じ、指を自分の中へと滑り込ませた。一本、そして二本。
指は内側で曲がり、探り、よく知っている場所を押し当てた。そのとき、彼女の脳は彼女を裏切った――彼の顔を思い浮かべ、カフェで手のひらをテーブルに広げた姿を思い出し、「朝までゆっくりしていける」と低く囁いた声を思い出した――彼がどんな気持ちでその文字を打ったのか、送信した後に後悔したのか、彼もまた彼女と同じようにベッドでスマホの画面を見つめ、返信を待っていたのか、考えていた。
彼女は返信しなかった。二本の指で自分に不完全な満足を与えた――身体を静めるには十分だが、魂を満たすには足りない満足。指を抜いた後、布団を頭まで引き上げ、自分をすっぽりと包み込んだ。
明日、彼に答えを出すつもりだった。
だが、それはスマホではなく、自分の手であの扉を叩きに行くつもりだった。
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