15-2 ボート遊び
鳥のさえずりに、風の音、魚が水を跳ねる音。ついさっきまで聞き逃していた周囲の音が、今はしっかりと耳に届いてくる。
透き通った水の中を泳ぐ魚を一つ、二つと数えていく。それから、あの魚は何だろうと、わざと別のことを考えてみても、アーサー様の告白が頭を離れなかった。
彼は私のことを知りたいと言ってくれた。でも━━
「もし、……ですよ」
声が上ずってしまって一度咳払いをする。
そうして私は、胸に込み上げた疑念を口にした。
「もし、私を知ることによって、嫌な部分を見つけてしまったら、がっかりしませんか」
アーサー様はまだ、私のいい部分しか見ていない。
魔導列車を絶賛した私は、偶然、彼と考え方が似ていただけ。
今の私は、アーサー様に悪く思われたくなくて、取り繕っている部分があることを否定できない。この間のローズ王女殿下のパーティの時だってそうだ。
ケイン様に嫌われていた、口うるさいところをアーサー様はまだ知らない。そんな私の悪い部分を彼が好きになれるとは思わないし、他にも合わない部分があるかもしれない。
「それはどうだろう」
そう言って彼は遠くの木々に目をやった。
眉を寄せて口をきゅっと固く閉じて━━初めて見せる彼の表情に、私は彼を困らせてしまったのだと気がついた。
「ごめんなさい。困らせるようなことを言ってしまって。今のは忘れて下さい」
私は笑顔を作った。
そうして、話を変えようとしたのだけれど、彼は静かに首を横に振った。
「大丈夫、困ってなんかいないよ。エレノア嬢の問いに答えさせてくれ」
彼はそう言って、優しく笑った。
「無理をしなくても」
「無理なんかしていない」
彼は食い気味に言った。
「むしろ君の質問が嬉しかったくらいだよ」
「どうしてですか」
「だって、そんな疑問は、俺とこれからも一緒にいる未来を想像しなければ出てこないだろう?」
私は目を丸くした。
質問をしたのは私なのに、私は自分の気持ちを分かっていなかった。
私は、アーサー様と一緒にいたい。これからも、ずっと……。
でも、その一方で怖かったのだ。ケイン様のときのように彼も、私に失望をしてしまうんじゃないかって━━
「俺と真剣に向き合ってくれて、ありがとう」
彼から柔和な笑顔を向けられて、湿っぽい感情がすっと消えていった。
「それにね。もし、俺が君の嫌な部分を見つけたって、そう簡単には嫌いにはならないと思うよ」
「本当に?」
「うん。あ……、でも、いつか些細なことに腹を立てて、喧嘩をする日が来るかもしれない。どんなに仲の良い友人でも、争ったことの一つや二つ、あるだろう?」
頭の中に、ベッキーとした小さな喧嘩の数々が浮かんでは消えていった。
「そうですね」
「でも、きっと、エレノア嬢となら、一緒にいて楽しいことの方が多いと思う」
「そうでしょうか」
「うん。君みたいな明るくて優しい人といて、楽しくないわけがないじゃないか」
アーサー様は少年のように明るく笑った。
不意に風が吹き抜けていく。
私は帽子を落とさないように慌てて両手でツバを掴んだ。風に乱された黒髪が頬を撫でた。
「そろそろ陸に戻ろう」
彼はオールを持ち直すと、ゆっくりとボートを回転させた。
「ああ、そういえば……」
半回転を終えたところで、彼は思い出したかのように言った。
「俺がライオネルに対して、嫌いだと思う部分は何か分かる?」
「え? ニュルンデル伯爵の?」
どうしてそんなことを聞くのかしら。
質問の意図は分からないけれど、一先ず答えを考えてみる。
今日一緒に過ごした限りでは、伯爵に対して悪い印象を受けなかった。
明るくてお茶目で、付き合いのなかった私にも親しく接してくれる優しい人。それから、魔導列車の話になると、打って変わって真剣に話してくれたのも良かった。
そんな彼に悪い部分なんてあるのだろうか。
アーサー様はふっと笑った。
「その様子だと分かっていないようだね?」
「そうですね」
「今日も片鱗を覗かせていたんだけどな」
そう言われても、何も思い浮かばなかった。
だから、私は彼の顔をじっと見て、答えを待った。
「あいつは俺のことをからかって遊ぶ、悪い癖があるんだ。今日もエレノア嬢と俺をくっつけようとして、何かとやってきただろう?」
彼は苦笑混じりに言った。
「確かに」
今日一日の彼とベッキーのお節介な行動が浮かんできて、私も苦笑いをしてしまった。
「あいつの悪癖は、学園に通うずっと前から変わってないんだ。それでも彼との関係を切らずに、今日も一緒にピクニックに来た理由が分かる?」
アーサー様の言いたいことが何となく分かったような気がした。
「それ以上に伯爵と友達でいたいから……ですよね」
「正解だ」
アーサー様はにこりと笑った。
「あいつは悪い部分よりも良い部分の方が多いからね」
「そうですね」
今日一日の彼の様子を見て、私もそう感じた。
バシャンバシャンとオールが水を打つ音が響いた。
「例えとしてライオネルを出したけれど、人には良い部分と悪い部分が必ず両方あるから。多少の欠点があったとしても、俺は気にしない。だから、エレノア嬢の悪い部分だって受け入れるよ。法や倫理に触れることでなければね」
彼はいたずらっぽく笑った。
私の口からふふっと声が漏れた。
「安心してください。これまでも、そして、これからも法と倫理に背くことはありませんから」
おどけて力強く宣言してみたら、彼は「そうだろうね」と言って笑った。
「これは、あくまでも経験則の話だけれど、俺が興味をもった人や仲を深めたいと思った人で、本当の意味で悪い人はいなかった」
「人を見る目があるんですね」
「うん」
彼は自信満々に答えた。
「あ……。でも、経験則は役に立たないかもしれないな」
今度は打って変わって随分弱気な口調だなと思う。
「どうしてですか」
「それは、その……。女性として気になったのはエレノア嬢が、初めてだから」
彼の言葉は尻すぼみに小さくなっていく。
目を泳がせる彼に対し、私の口元は緩んでいった。
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