4 再会
※
ベッキーとのお茶から数日後、屋敷にパーティの招待状が届いた。それから2週間はあっという間に過ぎていって、パーティの日が訪れた。
急ぎで作ってもらったオレンジ色のドレスは、上品な仕上がりだった。色合いが綺麗な上、実際に着てみたら血色がよく見える。そのおかげか、鏡の中の私は、婚約解消などものともしていなくて、これならパーティに行っても大丈夫だと思えた。
準備を終えた私は馬車に乗り、パーティ会場である王女宮へと向かった。
宮殿の前に馬車が着いた頃には、すでに多くのゲストが到着した後らしく、多くの馬車が止まっていた。
私は王女殿下に渡す手土産を持って、広間に向かう。その道中で、私を見つけたベッキーが駆け寄って来た。
「エリー、今日はいつになく綺麗ね」
「ありがとう。そういうベッキーも、今日は大人っぽくて素敵だわ」
ベッキーは照れ笑いを浮かべた。
「王女殿下はどちらにいらっしゃるの? 挨拶をしたいのだけれど」
「分かったわ。それ、お土産よね?」
彼女は私の手の革袋を見て言った。
「うん」
「預かるわ」
彼女はそう言って袋を持つと、王女殿下のもとへと案内してくれた。
王女殿下は会場の中心で、仲の良い貴族の令嬢達と談笑をしていた。
「殿下、エレノア・モニャーク公爵令嬢がいらっしゃいました」
ベッキーが告げたのと同時に、私は裾を持ちお辞儀をした。
「王女殿下、お招きいただきありがとうございます」
「こちらこそ来ていただいて嬉しいわ」
緑の瞳を細めて微笑む王女殿下はあまりにも美しく、私は思わず見惚れてしまった。
「ゴホン!」
ベッキーがわざとらしく咳払いをした。
私はびくりと肩を震わせて、彼女を見た。
「殿下、こちらはモニャーク公爵令嬢からお預かりしたお土産でございます」
ベッキーは恭しく袋を差し出した。
「ローズ王女殿下にふさわしい上等のワインをお持ちいたしました。どうかお納め下さい」
「ありがとう」
王女殿下は袋を受け取ると、お土産を取り出した。
「まあ! ロゼワインだわ」
彼女は顔を綻ばせた。
ローズ王女殿下は「社交界の薔薇」という異名を持っている。ローズピンクの髪に緑の瞳がバラの花を想起させること。そして、社交の場に王女殿下がいるだけで、明るく華やかになることからそう言われるようになったのだ。
だから、王女殿下を思わせるロゼワインを持ってきた。ベタなチョイスにも関わらず、王女殿下は思った以上に喜んでくれてよかった。
王女殿下は袋にワインを戻すと、ベッキーに渡した。
「今日は来てくれて本当にありがとう」
「いえ、こちらこそお招きいただき、光栄です」
「そうかしこまらなくていいのよ。今日は形式張ったものじゃなくて、みなさんとの親睦を深めるために開いたパーティなのだから。気楽にしてちょうだい」
「はい。今日は皆様との交流を目一杯楽しみますね」
王女殿下はにこりと笑うと、私の耳元に顔を寄せて囁いた。
「大公殿下はテラスにいらっしゃるわ。会いに行ってらっしゃいな」
そうして王女殿下は、何事もなかったようにお友達の輪の中へと戻っていった。
呆然とする私の隣でベッキーは「案内するね」と言った。
私は彼女に連れられてテラスへと向かった。
途中で彼女は、使用人にお土産を預けるとブランケットを受け取った。その準備の良さからして、私と大公殿下がテラスで会うことは王女殿下によって計画されていたのかもしれない。
そんなことを考えながら、ベッキーがテラスに続く扉を開けるのを見ていた。
冷たい風を感じながら、私達はテラスに足を踏み入れた。そこにいた一人の男性は私達に気づく様子はなかった。彼はこちらに背を向けて、静かに座ったままだ。
冷たい風が頬を撫でると、彼の襟足まで伸びた銀髪が、風に揺れた。
「大公殿下」
ベッキーが声をかけた。
心の準備ができていないから待って! と思ってももう遅い。彼は振り返ってしまった。
彼の顔を見た私は、思わず息を飲んでしまった。
青い瞳は大きな宝石のようで、それを縁取るまつげは長くて羨ましい。それに筋の通った高い鼻に薄い唇。完璧な顔立ちだ。
学園で出会った攻略対象よりも……。ううん、今世と、何なら前世で見てきたどんな男の人よりも、彼は美しく男らしい人だった。━━前に会った時に顔を覚えていなかった私は、どうかしてる。
大公殿下の青い瞳が、私を捉えた。大きく見開かれたかと思うと、すぐに細くなった。柔らかな笑顔を私に向けたのだ。
「殿下、モニャーク公爵令嬢をお連れいたしました」
「ああ。ありがとう」
大公殿下は立ち上がるとこちらに近づいてきた。
「お会いできて光栄だよ。エレノア嬢」
「こちらこそ光栄です。殿下」
私は礼儀正しくお辞儀をした。
「ああ。そんなにかしこまらないで。今日は私的なパーティに参加しているんだから、ね?」
大公殿下はそう言って座るように促した。私は彼に続く形で椅子に腰掛けた。
ベッキーは私の膝にブランケットをかけると言った。
「私、食べ物を取ってくるわね」
「ありがとう、ベッキー」
そうして彼女が立ち去ると、テラスには私と殿下の二人きりになった。
「ライネ伯爵令嬢とは親しい仲なのかい?」
「ええ。彼女は私の親友で、3歳の頃からの友達なんです」
「それはとても長い付き合いだね」
「ええ」
にこりと笑ったら、殿下が少し顔を赤らめた。どうしたのかしら?
そうしているうちにトレーを持ったベッキーが戻ってきた。
彼女はお菓子の盛られたお皿とスパークリングワイン入りのグラスをテーブルに置いた。
「では、ごゆっくり」
彼女は軽い口ぶりに反して、礼儀正しくお辞儀をすると、テラスを後にした。その時の彼女の顔が心なしかニヤけていて。後で質問攻めからのイジりが入るんだろうなあと思った。
「ひとまず、乾杯しようか」
大公殿下はグラスを手に取った。私が自分のグラスを持つと、彼は言った。
「乾杯」
私達はスパークリングワインに口づけた。
口の中で泡がシュワシュワと弾けた。甘さとともにアルコールの独特の味がする。お酒を飲めるようになってからまだ日が浅いから、大人の言うお酒の美味しさはよく分からない。
それに、一口飲んだだけなのにもう体が熱くなってきた。大切な場だから酔っ払わないように注意しないと━━
「お酒は苦手?」
大公殿下は、私の顔を覗き込みながら言った。
「そうですね。まだあまり飲む機会がなくて、慣れてないんです。もし、粗相をしてしまいましたら、ごめんなさい」
「君は成人したばかりだったね」
大公殿下は空になったグラスをテーブルに置いた。
「無理して飲む必要はないよ? ああ、勿論、飲みたいのなら飲んでもいいからね」
「はい。ありがとうございます」
私は彼の言葉に甘えることにした。今日は無理にお酒を飲むのはやめておこう。
グラスをテーブルに置いて彼の顔を見た。目が合うと彼は視線を落とした。顔が少し赤いし、酔っているのかもしれない。
「やっぱりお酒は飲めそうにないので、ノンアルコールの飲み物を取ってきますね」
必要かどうかは分からないけれど、彼の分も取ってこよう。そう思いながら私が立ち上がると、彼は間髪入れずに言った。
「それなら、俺も一緒に行くよ」
大人の彼がノンアルコールの飲み物を欲しがるなんて。やっぱり彼は酔っているのかしら?
私はそんなことを思いながら、彼とともにテラスを出た。
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