2 突然の求婚
※
屋敷に戻った私は、エントランスで待ち構えていたお父様と鉢合わせした。
お父様は腕を組み、眉間に皺を寄せていた。
「話があるから書斎に来なさい」
有無を言わさない口調だった。
私は大人しくお父様に従って、その後ろに続いた。
私達は書斎に入ると、ソファーに腰をかけた。
「婚約破棄を宣言されたと聞いたが」
目の前に座るお父様の表情は厳しかった。
「はい。ですが、どうしてそれを?」
「知り合いから連絡が来たのだ。噂は事実かとな」
卒業パーティでの出来事は、すでに貴族達の間で噂になっている。あることないこと、好き勝手に言われているのかと思うと、私は総毛立った。
「それで、何があったんだ?」
お父様に説明を求められて、私は事のあらましを説明した。
ケイン様が学園に入学してから傲慢になってしまったこと。学園でケイン様はミランダと恋人関係になり、私を邪険に扱っていたこと。卒業パーティで大勢の人々がいる中、一方的に別れを切り出されたこと。
お父様は話を全て聞き終えると、口元の髭を触った。
「殿下が愛人を作ったという話は聞いていたが……。まさか、こんな暴挙に出るとはな」
「ええ、本当に」
私が苦笑すると、お父様は「未練はないのだな」とつぶやいた。
「はい」
「それならよかった。心置きなく解消に向けて動けるから。エレノアに恥を掻かせたんだ。もう二度と彼ら第二王子派を支持しないよ」
「やっぱり、そうなりますよね」
「ああ」
これで話は終わった。
そう思った時、お父様は「話は変わるが」と言った。
「実はつい先程、大公殿下がやって来て、彼から縁談の申し込みがあってな」
「大公殿下……。アーサー殿下で間違いないのでしょうか」
「そうだ」
アーサー・ルトワール殿下は、国王陛下の歳の離れた異母弟で、今年25歳になるお方だ。
彼は王位継承権を破棄したことと、内政面で
「大公殿下が、なぜ私に?」
「それがよく、分からないんだ。理由を聞いても『一目惚れだ』としか言わなくてな」
「なんだか、怪しいですね」
「そうだな」
「大公殿下にお会いしたことはあったかしら」
お父様は肘掛けに片腕をのせて、口元の髭に触れた。
「1年前、魔導列車に乗った時、挨拶しただろう」
「……ああ。そうでしたね」
ようやく思い出した。
大公殿下は約10年ほど前から魔導列車の開発に尽力し、国王陛下を説得して王国内の路線の開拓を行った。
その魔導列車のお披露目式に、お父様と私も招待されたのだった。
「せっかく大公殿下にお会いできたというのに覚えていなかったのか」
「ごめんなさい。魔導列車に感動してしまって、それどころではなかったんです」
前世で見た鉄道列車。それに程近い魔導列車ができたことによって、馬車で片道3時間のところを1時間程度で移動できるようになった。
これから人の流動が大きく変わるという予感に、あの時の私はワクワクしていた。それに、この国で初めて魔導列車に乗った者の一人なんだと思うと、感動がやまなかった。
大公殿下と挨拶をしたことはかろうじて覚えているのだけれど、正直、その内容までは思い出せない。魔導列車から見る風景の移り変わりがあまりにも早くて、興奮しながら外を見ていたことは今でも鮮明に記憶しているのだけれど━━
それをお父様に伝えたら、お父様の硬い表情が崩れた。
「まあ、あの時のエレノアはいつになくはしゃいでいたからな」
当時の私は17歳。レディとしての振る舞いがきちんとできていなかったことを今さらながら気がついて反省するほかない。
「ああ、話を戻そうか」
そう言ってお父様は、縁談のことについてまた話し始めた。
「公爵家としては、大公殿下のもとにお前を嫁がせるのは悪くない選択だ」
お父様の言う通りだと思った。
私の結婚のハードルは高い。
そもそも「公爵令嬢」という身分に釣り合う人が少ないのだ。
公爵家と釣り合う家柄で、それ相応の地位を確立している未婚の男性というのが、最低限の条件。それを満たした上で、さらに公爵家と対立関係にない派閥にいなければならない。
しかし、この高いハードルを乗り越えられる男性がいたとしても、今さら私をもらってくれるとは思えなかった。
私はケイン様に捨てられた、言わばキズモノだ。仮に公爵家から縁談の申し出を行っても、断られる可能性は往々にしてあるだろう。
そんな私を大公殿下は引き取ると言ってくれている。大公殿下は高い身分と地位を得ていて、お父様との関係も悪くはない。モニャーク公爵家としては願ってもないことだ。
「ただな……。私個人としては、もうお前を酷い目に遭わせたくはないのだよ」
「お父様……」
「大公殿下は、頭の切れるお方だ。王位継承争いを徹底的に避けて国王陛下との関係を良好に保つよう常に努めている。そんな方が、我が公爵家を利用するとは思えんが、求婚の目的と理由が明らかでない以上、お前を嫁がせるには不安でな」
「そうですね。『一目惚れ』なんて、変ですもの。私はブサイクではないと思いますが、それでも特別な美人というわけでもありませんから」
黒い髪にブラウンの瞳、どこにでもいるありふれた顔。エレノアは心なしか前世の自分の顔とよく似ていた。
「何を言う。エレノアはお前が思っている以上にかわいいぞ。死んだお前の母様も、そう思っているに違いない」
「ふふっ、お父様ったら」
親の贔屓目というものかしら。お父様にとって、私は本当にかわいいのだろう。
お父様の褒め言葉に私は悪い気がしなかった。
「エレノア、私はこの縁談の申し出を受けるべきかどうか迷っている」
「はい」
「だからな、エレノア自身にも考えて欲しいのだ」
「分かりました。この選択が私の人生の大きな転機となるかもしれませんから、真剣に考えてみます」
「ああ。もし断ることになったとしても、遠慮なく言っておくれ。その理由はこちらで考えておくから。お前は何も気にする必要はないんだよ」
「ありがとうございます。お父様」
私達は静かに微笑んだ。
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捨てられた悪役令嬢は大公殿下との新たな恋に夢を見る 花草青依 @aoi_hanakusa
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