1-2 愛した人は幻だった

 馬車の中はひんやりとしていて、コートを着ていても肌寒かった。そのせいで、自ずとケイン様との出会いが頭の中に浮かんでくる。




 あれは、7歳の秋。王室の庭園に招かれて、初めて彼とお茶をした日のことだった。

 風が吹く中、薄着だった私は腕に鳥肌を立てていた。寒いから上着を持って来てほしいと使用人に頼めばよかっただけなのに、私は何も言えなかった。

 目の前に座るケイン様に、小さな私は緊張していたのだ。


 日の光を浴びてキラキラと輝く銀の髪に、サファイアのような青い瞳。私はその美しさに気圧されていた。

 そして、そんな彼は、これから私と家族を奈落の底に落とす存在でもあったから。ゲームで見たエレノアの未来バッドエンドが怖くて、身体が固まって動けなかったのだ。


 無言の時が流れる中、ケイン様は不意に立ち上がった。彼は私のもとへと近づくと、上着を脱いで私の肩にかけてくれた。

「あ、ありがとうございます」

 突然の彼の行動に、私は驚きながらもお礼を言った。彼は頷くと、自分の席へと戻っていった。

「あの……」

 カップに手をかけた彼に声をかけた。

「うん?」

「ケイン様は、寒くはありませんか」

「大丈夫。それより君が風邪を引かないか心配だ」

 そう言った彼のはにかんだ顔を、私は今でも忘れられない。

 私はあの瞬間、彼に恋をしたのだ。


 それからというもの、私達は少しずつ仲を深めていった。当時の私は、ケイン様のことが好き過ぎて、積極的にアプローチをしていた。

 例えば、事あるごとに彼をお散歩やお茶に誘ってデートの真似事をしてみたり。祝いの日には手作りのクッキーや刺繍を渡したりもした。そんな様子を端から見ていたベッキーに、よくからかわれたっけ。


 ケイン様は、あの頃から私をそんなに好きではなかったかもしれない。けれど、私の好意を拒否することなく、まんざらでもないといった態度だった。

 だから、少なくとも嫌われてはいなかったと思う。たとえその程度の好意であったとしても、優しい彼との穏やかな日々を過ごせて、私はとても幸せだった。


 でも、そんな日々はあっさりと終わりを告げた。15歳になって学園に入学すると、シナリオ通りに彼とミランダは出会った。そうなってからというもの、彼は変わってしまったのだ。

 ケイン様はいつの間にか、常に誰かと自分を比べるようになっていた。誰にも劣らないように、一番になれるように。大人の年齢に近づいていた彼は、王位継承権を意識するようになっていたのかもしれない。

 彼のそういった意識は、最初のうちは「努力」というプラスの方向へと働いていたように思う。

 けれど、ミランダが彼と積極的に関わるようになってから、段々と悪い方に向かっていった。

 ケイン様が座学で一番を取ればミランダがそれを不自然なほどおだてた。それを真に受けた彼は、成績優秀なことを鼻にかけて、周囲を見下すような態度を取っていた。

 また、彼に武術や魔術の才覚が現れるようになると、ミランダはそれらの暴力的な使用を彼に勧めた。その提案をあっさり承諾してしまう彼に、どれ程の人が眉を顰めただろう。


 こうして、私が好きだった周囲を思いやる彼の姿は、すっかりと鳴りを潜めてしまった。強さと威厳を求めていくケイン様は、私からしてみれば、逆に弱く脆くなっていくように感じられた。

 だから私は彼にたくさんの助言や忠告をした。人を馬鹿にすれば人から慕われなくなると。自分の言動はいつか必ず自分自身に返ってくると。そして、付き合うべき相手を考えた方がいいと。私は真剣に諭したのだ。

 でも、ケイン様には私の言葉は届かなかった。むしろ、心地よい言葉を並べるだけのミランダを傍に置き、徐々に私を遠ざけていった。

 今思えば、私にも問題があったのかもしれない。だって、あの時の私は口うるさい母親みたいだったもの。もし、次に誰かと付き合うことがあるのなら、ああいったことをするのは控えよう。


 車窓にぶつかる雪を見ながら、私は静かに自嘲した。

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