捨てられた悪役令嬢は大公殿下との新たな恋に夢を見る
花草青依
1-1 愛した人は幻だった
━━私の愛した人は幻だった。そんな人は初めからこの世界には存在しなかった。
「エレノア・モニャーク、君との婚約を破棄させてもらう」
学園の卒業パーティが始まって早々、高らかに婚約破棄を宣言された。
どよめく周囲の反応も無理はない。
振られた私━━エレノアは公爵令嬢。振ったのは第二王子であるケイン・ルトワール殿下。
彼の青い目が、私を睨みつける。彼の隣にいるミランダ・サリューナ男爵令嬢は、ワインレッドの瞳を細めて勝ち誇ったように笑っていた。
美男美女の彼らは、自分達の愛を信じて疑わない。けれど、婚約者を捨てて愛人と一緒になりたいなんて━━
それをこの場で言うのは愚かの極みだ。
私は小さく頭を振った。その拍子に地味な黒髪が揺れた。
ケイン様は変わってしまった。15歳の入学式━━シナリオが始まってからというもの、彼はそれまでの姿が嘘のように、傲慢な言動をするようになった。
私の愛していたケイン様はもうどこにもいない。改めて確認させられると胸の奥が締め付けられる。
私はかつて別の人生を歩んでいた。
この世界ではないどこかで、庶民として生まれた。成人まであと少しというところで病で死んでしまったけれど、それなりに幸せだったと思う。
前世の私は、病に罹ってからハマった趣味があった。それは、ゲームだった。特に恋愛要素のあるものが好きで、乙女ゲームが大好きだった。
そんな私が死の数日前までやっていた『夢見る乙女のメモリアル』。そのゲームの世界にどういうわけか、私は転生してしまった。しかも、メインヒーローであるケイン・ルトワールの婚約者。つまりは、悪役令嬢という形で。
「エレノア、認めてくれるよな?」
ケイン様は口調こそ丁寧だった。けれど、青い瞳は冷え切っていて、私のことなど少しも思ってくれていない。
もう、いい。
私は、彼の要求を抗うこともなく受け入れることにした。
「分かりました。どうかお幸せに!」
私はそう言い放つと、すぐに踵を返した。
━━ゲームの中のエレノアのように、泣いて縋りついてやるものですか。
会場を出ていくまでの間、周囲の視線が痛かった。そのほとんどが同情の眼差しで、笑っていたのはミランダの取り巻き達だけだった。
私はそんな視線に気づかないふりをして、彼らの横を通り過ぎていった。
そうして私は、薄着のパーティドレスのまま、冬の寒空の下に出てきた。馬車で帰るとはいえ、雪が舞う夜にこの格好でいるのは、身体が冷えてしまう。
身震いをしながら、考えなしに会場を飛び出したことを後悔していると、背後から「エリー」と声をかけられた。
振り返ると、大親友のベッキーこと、レベッカ・ライネ伯爵令嬢が、オレンジの髪を振り乱しながら走ってきた。その手には、私のコートが握られている。
「忘れ物!」
彼女は私の傍に来ると、コートを着せてくれた。
「ありがとう。家まで凍える思いで過ごさないといけないのかと思って、後悔してたの」
「それは、どういたしまして。それより、今夜は、最悪なことになったね……」
そう言った彼女には、いつもの明るい笑顔がなかった。
「うん。でも、大丈夫よ。何となくこうなるような気がしていたから」
暗い雰囲気を吹き飛ばしたくて笑って言えば、「全然大丈夫じゃない!」と叱られた。
「ケイン様はどうかしてるわ。あんな顔だけの女のためにこんなことをするなんて」
「そうね。私をこんな形で切るなんてどうかしてるわ。公爵家の支持を失ったも同然なんだけど、いいのかしら?」
貴族の婚姻は、通常、家同士の利害関係によって結ばれる。私がケイン様の婚約者に選ばれたのだって、ケイン様達第二王子派にモニャーク公爵家の力が必要だったからだ。
でも、今日のことで、第二王子派と我が家の関係は終わりを迎えるに違いない。お父様は、第二王子派を積極的に支持しているわけではないから。ただ、「第一王子派よりもマシだから」という理由で、私をケイン様に嫁がせることを決めたことを彼は知らないのだろう。
「もう、エリーのバカ! そんなスレたオトナみたいなこと言わないで!!」
ベッキーの言葉に私は苦笑いをした。どうやら彼女は、私が傷心していると勘違いしているようだ。
私はケイン様とミランダの幼稚な行動に呆れているだけで、傷ついてはいないのだけれど……。正直に言っても、昔から私のことをよく知る彼女は、信じてはくれないだろう。学園に入学する前の私は、今思うと痛々しいくらい、ケイン様にゾッコンだったもの。
あの頃の自分を思い出すと、また苦笑いが込み上げてきた。
「どうしたの、急に笑っちゃって」
ベッキーが心配そうに私の顔を覗き込む。
「私が好きだったケイン様は幻だったんだなって思ったら、おかしくて……」
思っていたことを口にすると、彼女は怪訝そうな顔で首を傾げた。
そうしていると、我が家の馬車がやって来た。御者が私に気づいたらしい。
「じゃあ、帰るね」
目の前に馬車が止まると、私はベッキーに向かって言った。
彼女は私の両手を握った。
「後で連絡するから。近いうちに会おうね」
「うん」
私が頷くと、彼女は手を離した。
私は彼女に微笑みかけると、馬車に乗った。
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