第4話 黄金の魔王の噂

 アルカディア魔導王国の王城。魔法の光に照らされた豪奢な円卓の間には、王国の中枢を担う者たちが集まり、重苦しい空気が漂っていた。


 宰相クラウス・エルンストは、辺境の村からもたらされた報告書を手に、胃の痛くなるような思いを抱えていた。王国上層部の中で、彼は数少ない常識人であったからだ。


「……辺境の村からの報告によれば、深き山奥に『大地を喰らう鋼鉄の魔獣』と『空飛ぶ玉座』が現れたとのことです」


 クラウスは慎重に言葉を選びながら、円卓の上座に座る国王へと視線を向けた。


「そして、その空飛ぶ玉座に鎮座していたのは、黄金の鎧をまとった巨大な存在であったと。現地民はこれを『黄金の魔王』と呼んで恐れおののいております。しかし、陛下。得体の知れない存在ではありますが、すぐに黄金の魔王と断定し討伐の対象とするのは、いささか早計かと存じます」


 国王レオニダス・アルカディアは、報告書を一瞥すると、薄く冷酷な笑みを浮かべた。彼は魔術士階級に支えられたこの国の絶対的な支配者であり、異物を許さない冷酷な統治者でもあった。

 

「早計ではない。必要なのだ」


「必要……ですか」


「悪を打つ救世主がな」


 レオニダスは冷徹な声で言い放った。

 

 強大な異能を持つ存在は恐ろしく、それを「魔王」という脅威と認識させる。そうすれば民衆の恐怖を煽って国を一つにまとめることができるからだ。


「新たな脅威が現れたとなれば、勇者を召喚する大義名分が立ちますわ」


 円卓の傍らで優雅に扇を広げたのは、大魔導士エルミラ・ヴァリモワールであった。彼女は王国の魔法万能主義を体現する存在であり、とある儀式の最高責任者である。外見は二十代後半から三十代前半の魅力的な女性としての色気を見せていた。


「勇者は世界を救うために呼ばれるのです。それの何が問題なのです?」


エルミラは、そう言うと作られた美貌に笑みを浮かべた。


「勇者様は本当に健気ですわ。私たちのお願いに必ず答えてくれますもの」


 その隣に座る第一王女セレスティア・アルカディアもまた、上品に微笑んで見せる。慈悲深く美しい王女の姿に、クラウスは眉をひそめた。


「それに新たな魔王が出するなんて、お父様、私怖いわ。お父様、どうにかできませんの?」


 セレスティアは辺境に現れた未知の脅威に、恐怖を感じつつ、実父である国王レオニダスに向けて懇願する。


「ということだクラウス、もはや猶予はない。勇者を召喚する」


 クラウスは、内心歯噛みするが、政治的に弱い彼にはこの暴走を止める手立てがなかった。


 こうして、辺境の山奥にいる未知の存在は、アルカディア魔導王国の政治的思惑と個人の欲望によって、正式に「人類の脅威たる黄金の魔王」として討伐対象に認定され、異世界から新たな勇者を召喚する口実とされてしまったのである。


 一方その頃、王国上層部が己を「魔王」として利用しようと画策し、勇者召喚の準備を進めていることなど露知らず、ゴルドは、辺境の山奥で最高に充実した隠遁生活を満喫していた。


「ふむ……導水管の圧力は正常。浄水システムのフィルターも問題なく稼働しているな」


 ゴルドは個人用ラボのコンソールから目を離し、満足げに電子音声を鳴らした。彼の本来の姿である黄金の鎧をまとったような巨大な戦闘形態は、未開の自然の中でひときわ異彩を放ちながら、太陽の光を受けて眩しく輝いている。


 人間態に偽装することも可能だが、自分以外に誰もいない無人の山奥において、わざわざ窮屈な偽装をするつもりは彼にはなかった。


「次は、邸宅周辺のセキュリティ網の拡張と、農地への自動散水システムの構築だ」


ゴルドはファクトリーのガレージから、自らの手でカスタマイズを施した万能作業車ブルズアイを引き出し、その重厚なコックピットに乗り込んだ。重低音を響かせてエンジンを起動させる。


 彼が持ち込んだのは、超科学文明圏の粋を集めた機材の数々である。荒れ地を走破するバギー、空を飛ぶリパルサークラフト、そして精密な加工を行う個人用ファクトリー。ゴルドにとっては、これらはすべて「大好きな機械いじり」という趣味を満たすための玩具であり、快適な自給自足生活を送るための日用品に過ぎなかった。


 ゴルドは万能作業車の強靭なアームとプラウを巧みに操り、居住ブロックと農地の周囲を深く掘り下げていく。これは、山から引いたきれいな水を畑に効率よく行き渡らせるための水路(用水路)を作る作業であった。


 さらに、持ち込んだ部品生成装置で作成した強固な合金製のフェンスを、区画の周囲に等間隔で設置していく。未開の星の巨大な野生動物が、せっかく育てた作物を荒らさないようにするための、念入りな獣害対策である。


 上空には、周囲の天候の変化を予測し、広域の地形をマッピングし続けるための修理用・探査用ドローンを複数機、自動巡回させていた。


 ただ畑を作り、水を引くための溝を掘り、野生動物避けの柵を立て、農作業の効率化のために機械を動かしているだけだ。銀河大戦の英雄としての重圧から解放され、血と硝煙の戦場ではなく、土と緑の中で平和な日常を築き上げる。ゴルドはただ純粋に、一人の隠居としてその作業を楽しんでいた。


 しかし、その光景を遠く離れた険しい崖の上から、息を殺して震えながら覗き込んでいたアルカディア魔導王国の斥候たちには、全く別の恐ろしい光景として映っていた。


「見ろ……黄金の魔王が、大地を深く抉り、底なしの『堀』を築いているぞ……!」

一人の斥候が、絶望に染まった声で囁いた。彼らの目には、ゴルドが水路を引くために掘った溝が、王国軍の進軍を阻むための「防衛用の堀」にしか見えなかった。


「あの不気味な鈍色の壁……! 鋼鉄の城壁で山を覆い尽くそうとしているんだ……!」


獣害対策の合金製フェンスは、魔法も通さないような難攻不落の絶対防壁として彼らの目に映った。


「空には不気味な使い魔が飛び交い、我々の動きを常に監視している……。そしてあの、大地を削り取る鋼鉄の魔獣……!」


 魔法文明しか持たない彼らにとって、超科学の機械や重機など理解できるはずもない。ゴルドの平和な趣味のDIYと農作業は、彼らの常識のフィルターを通すと「人類を滅ぼすための、恐るべき前線基地の建設」に完全に変換されてしまっていた。


「間違いない。あれは人類の領域を侵略するための魔王城だ!」


「急ぎ、王都へ報告だ! すでに魔王は戦の準備を終えようとしている。一刻も早く、勇者様を喚び出していただかねば、この国は……いや、世界は終わるぞ!」


 斥候たちは恐怖に顔を引きつらせながら、転がるように崖を駆け下りていった。


 一方、彼らがパニックに陥っていることなど露知らず、ゴルドは万能作業車から降り立つと、整備の行き届いた巨大なファクトリーと、美しい鋼鉄と強化ガラスの邸宅を見渡した。


「完璧だな。土壌の成分分析も完了し、最適な種子の選定も終わった。これで数ヶ月後には豊かな収穫が見込めるだろう」


 ゴルドはグラスに注いだウイスキーを呷り、電子音声で低く笑った。ファクトリーの奥から響く部品生成装置の「ゴオォォォ……」という低い稼働音すらも、彼にとっては心地よい生活の環境音である。長く激しい戦いを生き抜き、多くの命を背負う指揮官としての重圧から解放された今、この平和な時間は何事にも代えがたい宝物だった。


「誰も寄り付かない山奥で、静かに農地を広げていく。最高の隠遁生活だ」


自分が作っている水路が「防衛用の堀」に、獣避けの柵が「難攻不落の城壁」に、空飛ぶドローンが「邪悪な使い魔」に誤認されていることなど、微塵も気づいていない。


そして、彼が趣味を満喫し、生活を快適にすればするほど、それが「黄金の魔王による侵略準備の要塞化(魔王城建設)」という最悪の報告として王都へもたらされ、やがて異世界からの勇者召喚という星を揺るがす大騒動へと直結していくことなど、土の匂いに目を細める黄金の隠者はまだ知る由もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る