第3話 鋼鉄の魔獣

 ゴルドが所有する未開の惑星。その辺境のさらに奥深く、人跡未踏の深い森に、腹の底に響くような重厚な駆動音が轟いていた。


「土壌の硬度、問題なし。根の張り具合から逆算し、最適な牽引力を設定する」


 ゴルドは、低く落ち着いた声を鳴らしながら、操縦桿を緻密に操作した。彼が乗っているのは、自らの手で入念なカスタマイズを施した巨大な万能作業車――「ブルズアイ」である。


 銀河大戦の激戦地において、敵の強固な拠点を制圧し、分厚い装甲を叩き割るために使われてきたアニマキナの圧倒的な出力計算は今、単なる木材の伐採と抜根のために惜しみなく注ぎ込まれていた。

 

 無骨なキャタピラが柔らかい腐葉土を力強く踏みしめ、巨大なアームが巨木の幹をがっちりとホールドする。ワーカーが唸りを上げると、メキメキと鼓膜を打つ音を立てて巨木が根本から引き抜かれ、あらかじめ計算された安全な方向へと横たえられていく。


「よし、この一帯の整地は完了だ。次は土を掘り返し、畝を作る」


 ゴルドの胸の奥にある動力コアが、充実感に心地よく脈打った。彼にとって、破壊ではなく創造と育成のために機械を動かすこの時間は、何事にも代えがたい至福の時であった。


 大戦の英雄や、絶望的な戦況を率いる指揮官としての重圧はここにはない。彼はただの気ままな隠居として、鋼鉄の機械に囲まれながら、念願だった自給自足の生活をただ純粋に楽しんでいるのだ。


 彼は万能作業車のアタッチメントをプラウに換装し、広大な区画を耕し始めた。黒々とした肥沃な土が深く掘り返され、等間隔の美しい畝が形成されていく。その完璧な機能美に見惚れながら、黄金の虎王は満足げに頷いた。


「素晴らしい。これならば、持ち込んだ種子も問題なく発芽するだろう。次は、水源の確保と土壌成分のさらなる広域分析だな」


 畑の基礎が完成したことに満足したゴルドは、万能作業車をガレージへと戻した。次なる作業は、広大な山域の資源調査である。彼は巨大なコンテナの奥から、愛しの「玩具」の一つ、ストライダーを引き出した。


 反重力で空を飛ぶこの流線型の機体は、彼が周辺の地形を見て回るために持ち込んだものだ。ゴルドは人間態に偽装することもなく、本来の黄金のアニマキナ形態のままクラフトに乗り込むと、機体は重低音を響かせながら音もなく宙へと浮き上がった。


「高度五百メートルへ上昇。マッピングデータを更新しつつ、鉱脈と地下水脈のスキャンを開始する」


 リパルサークラフトは山々の頂を越え、未開の空を優雅に滑空していく。ゴルドの高精度な視覚センサーが、地表の微小な温度変化や電磁波の乱れを捉え、モニターに詳細なデータを投影していく。


 豊富な鉱物資源や、清らかな地下水の流れが次々と明らかになり、彼の新生活の基盤はより盤石なものになりつつあった。窮屈な人間態で過ごす必要もないこの無人の地で、彼は「ここならのんびりと暮らせる」という自身の選択が間違っていなかったと確信し、完全に一人の世界に没入していた。


 だが、ゴルドは少々無頓着であった。


 彼が拠点として選んだ山奥は、彼が持ち込んだ「趣味の道具」たちを完全に隠し通せるほど無人ではなかった。そして、この土地がアルカディア魔導王国と言う国の影響圏にあるという事実にも、彼はまったく関心を払っていなかった。


 同じ頃。ゴルドの拠点から数キロ離れた麓の森で、数人の村人たちが息を潜め、ガタガタと震え上がりながら「それ」を見ていた。

 彼らは王国の辺境の村から、薪拾いや狩猟のために深い山へ入っていた者たちだった。彼らの目に映ったのは、平和な農作業の風景などでは断じてなかった。


「お、おい……見ろよ、あれ……」


「嘘だろ……山が、森が食われてる……!」


村人の一人が震える指で差した先では、白い煙を上げながら巨木が次々と薙ぎ倒されていた。彼らの視界には、無骨なキャタピラと巨大なアームを持つ正体不明の巨体が、恐ろしい咆哮を上げながら大地を掘り返している姿が映っていた。


 機械を持たない彼らにとって、それが超科学文明圏の「万能作業車」というただの農機具であるなどと理解できるはずもない。


「大地を喰らう鋼鉄の魔獣だ……! なんて恐ろしい姿なんだ……!」


 作業車が畝を作るために土を掘り返す様子は、彼らの目には「魔獣が鋭い鋼の爪で大地を切り裂き、貪り食っている」ようにしか見えなかった。アルカディア魔導王国において、魔法以外の力は未知であり、恐怖の対象でしかない。


 魔力の気配すら持たない鋼の巨体が森を蹂躙することなど、彼らの常識ではあり得ない悪夢であった。


 さらに、村人たちの絶望はそれだけでは終わらなかった。森を喰らう鋼鉄の魔獣が姿を消した直後、今度は空から奇妙な浮遊物が現れたのだ。


「ひぃっ!? そ、空を飛んでるぞ……!」

「あの上に乗っているのは……黄金の鎧!? まさか、魔王か……!?」


 反重力で滑空するリパルサークラフトは、ゴルドにとってはただの移動手段であり、楽しい空中散歩をおこなう乗り物でしかない。

 だが、魔法を至高の力とするアルカディアの民にとって、魔法の詠唱もなしに空を飛ぶそれは「強大な魔力で空に浮かぶ魔王の玉座」に他ならなかった。


 そして、その玉座の上に鎮座する、黄金の鎧をまとったような巨大な存在。虎王型アニマキナの持つ圧倒的な威圧感は、はるか遠くからでも彼らの本能的な恐怖を完全に引きずり出していた。


 ゴルド本人は周囲の人間たちのことなど一切気にしておらず、ただ己の趣味を満喫しているだけであった。彼に悪意など微塵もなく、誰かを脅かそうという意図もない。

 ただ、機械で遊びながら平和な隠遁生活を送りたいだけだ。しかし、彼と現地人との認識のズレは、すでに埋めようのないほど絶望的なすれ違いを生み出していた。


「あんな恐ろしい魔獣を従え、空飛ぶ玉座に座る黄金の魔王……っ!」


「このままじゃ村が、いや王国が滅ぼされるぞ! 早く、早く領主様に知らせるんだ!」


青ざめた村人たちは、持っていた薪や獲物を放り出し、転がるようにして山を下っていった。彼らの頭の中には、王国が日頃から説いている「魔族は人類の敵であり、魔王討伐は神意である」という教えが恐ろしい真実として響き渡っていた。


 辺境の山奥に、王国を脅かす恐るべき「黄金の魔王」が降臨した。


 恐怖に駆られた村人たちによって、鋼鉄の魔獣と空飛ぶ魔王の噂は、またたく間に近隣の村々へと広がり始めていった。


一方、村人たちがパニックに陥っていることなど露知らず、ゴルドは拠点へと帰還していた。


「本日の調査は上々だったな。必要な資材の目処も立った」


 彼はリパルサークラフトから降り立つと、個人用ラボのコンソールに収集したデータを転送した。理不尽な命令を下す上層部もいなければ、命を散らす部下もいない。ただ己の趣味だけに没頭できる静かな日々。

ゴルドは満足げに鼻歌のようなノイズを鳴らしながら、上質なワインを取り出した。


「さて、明日は作業車のサスペンションを少し調整するか。それとも、水路の設計を進めるか……忙しくなりそうだな」


 黄金の隠者は、グラスに注いだワインを静かに呷った。

 彼がただ純粋に楽しんでいるだけの平和な農作業と空中散歩が、すでに「鋼鉄の魔獣を従える黄金の魔王降臨」という最悪の形でアルカディア魔導王国の辺境に知れ渡っていることなど、この時の彼は知る由もなかった。


 ゴルドが周囲の人間たちを一切気にせず、ただ快適な生活と趣味を楽しめば楽しむほど、彼が望む静寂とは裏腹に、星の運命は大きく狂い始めていたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る