第5話 押しかけ女房
アルカディア魔導王国の辺境、人跡未踏の険しい山奥。黄金の隠者であるゴルドが、自らの手で作り上げた住居兼個人用ラボの周囲には、今日も静かで平和な時間が流れていた。
数日前、万能作業車であるブルズアイで耕した畑には、すでに超科学文明圏から持ち込んだいくつかの作物の種が植えられている。
ゴルドは本来の姿である黄金のアニマキナ形態のまま、特製のじょうろを巨大なマニピュレーターで器用に持ち、新芽に水をやっていた。
誰の命を背負うこともない、理不尽な上層部の命令に耳を傾ける必要もない。ただ、大好きな機械に囲まれ、土をいじる至福の日々。彼の胸の奥にある動力コアは、かつてないほど穏やかで心地よいビートを刻んでいた。
「ふむ、自動散水システムの配管も、今日中には完了しそうだな……」
ゴルドが低く落ち着いた声で呟いた、その時だった。
突如として、拠点の全セキュリティシステムが赤色の警告灯を点滅させ、ラボのメインコンピューターがけたたましいアラート音を鳴り響かせた。
『警告。上空より高速移動物体の接近を確認。熱源パターン、超科学文明圏の軍用高速ドロップポッド、あるいは小型艇と酷似。大気圏突入時の制御が行われておらず、弾道落下の危険性あり』
「何だと……!? 政府の追っ手か、あるいは侵略者か?」
ゴルドはすぐさまじょうろを置き、視覚センサーの倍率を最大まで引き上げて天空を仰いだ。雲を突き破り、激しい摩擦熱で真っ赤に燃え上がる一条の光が、猛烈な速度でこの山奥へと真っ直ぐ落ちてくるのが見えた。
流線型のフォルム、急ごしらえで増設された推進スラスター。それは、ゴルドもよく知る旧式の高速隠密斥候艇だった。
だが、その軌道には明らかな異常があった。減速用の逆噴射がほとんど行われておらず、着陸脚すら展開されていない。それは「着陸」ではなく、完全に「墜落」していた。
ドゴォォォォォン!!
激しい大気の震動とともに、ゴルドが昨日切り開いたばかりの、拠点のすぐ近くの森へと金属の塊が突き刺さった。凄まじい衝撃波が木々をなぎ倒し、大量の土煙と激しい炎が立ち上る。
ゴルドは瞬時に自身のエネルギー変換効率を戦闘用に切り替え、黄金の巨体を躍動させて現場へと急行した。銀河大戦の歴戦の指揮官としての本能が、瞬時に警戒レベルを最大に引き上げる。
もしこれが政府の放った刺客、あるいは自分を危険視する連中の兵器であるならば、容赦なく粉砕せねばならない。
土煙が立ち込める墜落現場。地面を深く抉って沈み込んだ宇宙船は、外装の装甲板が歪み、各所から激しく火花を散らしていた。完全に片道切符であり帰りのことなど微塵も考えていない。
ゴルドが超合金で出来た剛腕を構え、いつでも飛びかかれる体勢を取ったその瞬間、不時着艇のハッチが内側から強引に蹴り開けられた。プシューという排気音とともに、白い煙の中から、一人の女性がしなやかな足取りで歩み出てくる。
白銀の長い髪、軍服を独自にアレンジしたような美しい衣服。そして、その手には鈍い光を放つ一本の仕込み杖が握られていた。
彼女は周囲に立ち込める煙を気にする風でもなく、耳をすますように小さく首を傾げた。その顔に埋め込まれた精密な義眼が、怪しく青い光を放ちながら周囲の空間をスキャンしていく。
「うう……やはり、ナビゲーションを無視した強行大気圏突入は、体に響きますね。ですが、この特異なエネルギー波形、そしてこの懐かしい金属音の反響、見つけました」
女性は、正確にゴルドのいる方向へと顔を向けた。その白皙の頬が、歓喜によってぽっと赤く染まる。彼女は仕込み杖を胸元に抱きしめると、弾んだ声で叫んだ。
「旦那様! 置いていくなんてひどいです!」
「…………は?」
ゴルドの高性能な思考が、一瞬で完全にフリーズした。
黄金の虎王としての威圧感もどこへやら、彼は構えていた腕をだらりと下げ、信じられないものを見るかのように声を震わせた。
「サ、サラ……!? なぜ、なぜお前がここにいる!?」
彼女の名前はサラ・スゥ・ヴァティ。ゴルドがかつて率いていた特殊部隊の元隊仲間であり、生まれつき「音」を自在に操る超能力者であった。
サラはゴルドの困惑などどこ吹く風で、トコトコと軽い足取りで歩み寄ると、黄金の巨体を見上げて不満げに唇を尖らせた。
「なぜ、ではありません! 旦那様が黙って軍籍を離れ、辺境の星へ行ってしまったと聞いた時、私がどれほど絶望したか分かりますか? 『夫が黙って家を出た』のですよ! 妻として、追いかけるのは当然の義務です!」
「誰が夫だ! 俺とお前はただの元上官と部下だろうが!」
「一度命を捧げると誓ったのですから、事実上の夫婦です。言い逃れは不可能です、旦那様」
サラはふふんと胸を張った。彼女の怪しく光る両目の義眼は、かつて激戦地で孤立し、生まれつき盲目だった彼女をゴルドが救い出した際、彼自らの手で与えた超科学の結晶だった。
周囲の音波や振動、熱源を完璧な視覚情報へと変換するその義眼と、彼女の超能力を極限まで増幅する仕込み杖「無明長夜」を授けられたその日から、サラはゴルドに完全に惚れ込み、文字通り盲目的な愛を捧げるようになっていたのだ。
「そもそも、その船はどうしたんだ……。着陸脚も展開せず、完全に大破しているじゃないか」
「ああ、これですか? 旦那様の行き先を軍のデータベースをハッキングで割り出したのですが、手持ちの資金では片道分の燃料と、この型落ちの斥候艇を購入するのが限界だったのです。どうせ戻るつもりはありませんから、着陸機能など不要だと思い、そのまま突っ込んできました!」
「片道……! つまり、戻る手段がないということか?」
「はい! ですから今日からここが私の家であり、旦那様との甘い愛の巣です!」
サラは満面の笑みで言い放つと、大破した宇宙船のカーゴルームから、いつの間にか用意していたらしい大量の私物や、なぜか可愛いフリルの付いたエプロンを取り出し始めた。
「待て、待てサラ。落ち着け。俺はここで一人、誰にも邪魔されずに静かに隠居生活を送るために来たんだ。お前のような軍直轄の危険個体がここに居座っては、俺の平和が――」
「問題ありません、旦那様。私は旦那様の『妻』として、内助の功を発揮しに参りたのです。畑仕事ならお任せください。私の『無明長夜』の超振動ブレードをもってすれば、一振りで周囲の雑草も害虫も、細胞レベルで跡形もなく粉砕(音波破砕)できます!」
「やめろ! それだと土の中の有益なバクテリアまで全滅して、二度と作物が育たない死の大地になる!」
「あら、そうなのですか? では、旦那様の代わりに美味しいご飯を作りますね。旦那様の好みを知り尽くした私が特製の料理を振る舞います!」
サラはゴルドの抗議を完全に右から左へと受け流しながら、楽しそうに荷物を抱えて、ゴルドが建てたばかりの美しいラボ兼邸宅へと勝手に向かって歩き出した。その足取りには、一切の迷いも躊躇もない。
「おい、話を聞けサラ……!」
ゴルドは黄金の大きな頭を抱え、胸の奥の動力コアから重いため息のような排気音を漏らした。
誰もいない平和な惑星で、ただのんびりと趣味の機械いじりと農作業を楽しむはずだった新生活。
それが、まさか宇宙を超えてやってきた「最強の押しかけ女房」によって、初頭から完全に打ち砕かれることになろうとは。
ゴルドは、勝手にキッチンの場所を確認して鼻歌を歌い始めたサラの背中を見つめながら、遠い目をした。
アルカディア魔導王国が黄金の魔王への恐怖を高め、世界を揺るがす勇者召喚の準備を着々と進める中、当の魔王の根城では、規格外の機械生命体と、音を操る超能力美女による、あまりにも賑やかで、そしてゴルドにとっては頭の痛い「同居生活」が、なし崩し的に幕を開けてしまったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます