第2話 剣と魔法の惑星
未開の辺境惑星における隠遁生活、二日目の朝。
澄み切った空気が、山奥の静寂を優しく包み込んでいた。ゴルディアス・タイガー、通称ゴルドは、昨日わずか一日で組み上げたばかりの重厚な個人用ファクトリーのシャッターを開け、満足げに低い音声を鳴らした。
平和なこの星で、誰の指図も受けず、自分の好きなように機械を組み立て、改造して遊ぶ。それは長く過酷な宇宙規模の銀河大戦を戦い抜いてきた歴戦の指揮官にとって、泥と血と硝煙に塗れた日々の中でずっと夢にまで見ていた至福の時間であった。
「さて、まずは周辺の広域調査と洒落込もうか」
ファクトリーの奥から、ゴルドは巨大なコンテナを引き出した。中に入っているのは、彼が心底愛好している「コアビークル」のシステム群である。動力や制御系が組み込まれたコアブロックを中心に、外装や推進器、アームなどの各種パーツを換装することで、状況に合わせて全く別の用途を持つ機体へと組み替えられるモジュラー型汎用ビークルだ。元々は戦場で使われる軍用機材だが、今の彼にとっては最高の「玩具」に他ならない。
黄金の装甲を持つ彼の巨体が、精密かつ迅速にパーツを選び出していく。コアブロックにリパルサーユニットと呼ばれる反重力推進器と、流線型の外装フレーム、そして一人用のシートを接続する。ミリ単位の狂いも許さないアニマキナとしての完璧な作業によって、わずか数十分で一台の近距離移動用ホバーバイク、ストライダーが完成した。
「見事なフォルムだ。さっそくテスト飛行といこう」
ゴルドは地上から少し浮いて移動する機体にまたがり、スロットルを握り込んだ。重低音とともにリパルサーが唸りを上げ、ホバーバイクは未開の大地を滑るように飛び出した。
「素晴らしい加速だ。サスペンションの応答性も申し分ない」
ゴルドはホバーバイクを巧みに操り、深い森を抜け、切り立った荒野の岩肌を縫うように越え、風を切って飛んでいく。本来の姿である黄金の戦闘形態が、太陽の光を反射して眩しく輝いていた。
人間態に偽装する機能もあるが、誰一人としていない無人の星で、わざわざ自分の姿を偽るような窮屈な真似をする必要はない。心地よい風を機体全体で受けながら、彼は純粋な喜びを感じていた。
しかし、彼が空高く舞い上がり、あらかじめ周辺警戒のために放っておいた広域探査ドローンからの詳細なマッピングデータを受信したとき、その快適な空中散歩は唐突に中断されることとなった。
「……待て。なんだこの生体反応の数は? それに、この観測波長は……未知のエネルギーだと?」
ゴルドの視覚センサーとドローンの探査マップが捉えたのは、彼が想像していたような完全な手付かずの自然だけではなかった。山脈をはるか越えた先の平野部に、巨大な石造りの城壁に囲まれた都市群が確かに存在していたのだ。さらに別の地域には、人間とは明らかに異なる生態的特徴を持つ者たちの集落まで点在している。
そして何より彼の目を引いたのは、彼らが日常的、あるいは集団での争いの際に発している「未知のエネルギー」の存在だった。それは超科学文明圏の科学技術や機械文明によるものではなく、個人の肉体や空間から直接エネルギーを励起させるような、ゴルドのデータベースには一切存在しない不可解な力だった。
(まるで古いおとぎ話だな。人間がいて、別の種族がいて、謎の力を使う……)
ゴルドは彼らの社会の仕組みなど一切理解していなかった。
そしてそれが「魔法」と呼ばれる力であることすら知らない。ただ、「自分たちの超科学とは異なる、未知の力を操る現地人たちがいる」という客観的な事実だけを認識した。
「話が違うじゃないか。無人の星だと言ったはずだ」
ゴルドは即座にホバーバイクを拠点へとUターンさせると、超空間通信システムを起動した。接続先は、彼にこの星の永久所有権を譲渡した銀河連邦の高官である。
ホログラムモニターにノイズが走り、やがて恰幅の良い政府高官の姿が映し出された。彼は退役した厄介な英雄からの突然の通信に、胡散臭い愛想笑いを浮かべていたが、ゴルドの抗議を聞くとあっけらかんとした顔で肩をすくめた。
『ああ、その星ですか? 確かに事前の調査で原住民の存在は確認されていましたが、銀河基準に照らし合わせれば、そこは完全に未開の星ですよ。タイガー殿も見たでしょう? 恒星間通信の技術はおろか、宇宙船を飛ばす力すら持っていない。あんなものは、文明とは呼べません』
「俺は、俺以外に誰もいない平和な星だと言ったはずだ。未知のエネルギーを操る現地人が群れを成している星を要求した覚えはない」
『まあまあ、そう怒らないでください。宇宙の平和をもたらした英雄たるタイガー殿ならば、あの程度の原始人など何も問題はないでしょう? もしその原住民たちがあなたの静かな生活の邪魔になるというのなら、面倒なら君の規格外の力で、さっさと害虫駆除してしまえばいい。我々としては、あの星がどうなろうと知ったことではありませんからね。お好きになさい』
通信越しの高官は、さも親切な提案であるかのように薄ら笑いを浮かべていた。
この星に生きる者たちを平然と「害虫」と呼び、気に食わなければ皆殺しにすればいいと言ってのける。
ゴルドは、この男の傲慢さと、命を単なる数字や障害物としか見ない冷酷さに、心の底から吐き気を覚えた。同時に、自分がなぜ軍と政治から離れることを選んだのかを、改めて強く実感させられた。
「……もういい。二度と通信してくるな」
自分から通信したことを忘れ、ゴルドは一方的に通信を切断し、コンソールの電源を叩き切った。やはり軍も政治も、救いようがないほどに腐りきっている。あのような連中と関わりを絶てたことだけは、この星に来た唯一の正解であった。
怒りを静めるため、ゴルドはしばらくの間、深呼吸するように自身の冷却システムを稼働させる。
だが、感情を切り離して現実的な問題に向き合わなければならない。もし、あの未知の力を操る現地人たちが、自分の思い描く平和な隠遁生活を脅かすほどの圧倒的な戦闘力を持っていたらどうするか。
ゴルドはメインコンピューターにアクセスし、ドローンが収集した現地の戦闘データや、未知のエネルギーの波長の最大出力を、自らの膨大な戦闘データベースと照らし合わせた。
かつて数々の絶望的な戦場をくぐり抜けてきた歴戦の指揮官としての冷徹な演算機能が、猛烈な速度でシミュレーションを行い、一瞬のうちに結果を弾き出した。
「……問題ないな。俺と戦えるほどの奴はいない」
ゴルドは、心底からの安堵の息を吐くように音を低く鳴らした。
現地の者たちが使っている力は確かに未知のものであり、法則性も不明だ。しかし、出力量そのものは、アニマキナの持つ規格外の破壊力に比べればあまりにも小さすぎた。彼らがどれほど高密度の未知のエネルギーの塊を放とうとも、ゴルドの強靭な装甲を貫くには至らない。
彼らが武器を振るおうと、瞬時に演算で動きを予測し、無力化することが可能だ。彼の戦闘能力は、この未開の星においては完全に規格外であった。
自分より強い者がいない。それは、歴戦の戦士である彼にとって「闘争の誘惑」ではなく、「絶対的な安全の保証」であった。
誰も自分を脅かせない。つまり、自分が手を出さない限り、誰とも戦う必要がないのだ。
その事実が確認できた瞬間、ゴルドの胸の奥にある動力コアが安心したように脈打った。
「連中がどう生きようが、何をしようが、俺には関係のないことだ。俺は一人で、隠居したいだけだからな」
ゴルドは完全に彼らと深く関わることを放棄した。
幸いなことに、彼が拠点を構えたこの場所は、人間や未知の種族たちの生活圏から遠く離れた、険しい山奥のさらに奥深くである。
空を飛ぶ手段か、よほどの踏破能力を持たない限り、現地人がおいそれと足を踏み入れることは不可能な場所だ。放っておけば、彼らと交わることなど永遠にないだろう。
ゴルドは居住ブロックから外へと出た。
陽光の下、本来の姿である黄金のアニマキナ形態は、未開の自然の中でひどく異質に見える。
だが、現地人と関わる気がない以上、人間態の姿に擬態してやる義理はない。これが彼の本来の姿であり、最も落ち着く形なのだから。
「さて、不快な通信のせいで時間を無駄にした。農地の開拓に取り掛かるとしよう」
彼はファクトリーの隣に設置したガレージから、自らの手で念入りなカスタマイズを施した万能作業者を引き出した。無骨なキャタピラと強靭なアームを持つ巨大な重機に乗り込み、システムを起動させる。重低音が、山奥の静寂を震わせた。
戦場で敵の拠点を制圧するためではなく、大地を耕し、生命を育むために機械を動かす。ただ土を掘り返し、畝を作り、種を蒔くための準備をするだけの単純な農作業。しかし、その一つ一つの工程が、ゴルドにとってはたまらなく愛おしかった。
「最高だな」
人間体であれば歓喜の表情を見せていただろう。黄金の巨体が作業車の操縦桿を握りながら、心からの喜びとともに低く笑う。未知のエネルギーを操る現地人たちも、超科学文明の傲慢な政府も関係ない。
ここはゴルディアス・タイガーという一人の隠者が、自らの手で作り上げる小さな世界だ。
この山奥の畑から始まる平和な隠遁生活が、やがて星全体を巻き込む大騒動の震源地となっていくことなど、土の匂いに目を細める黄金の隠者は、まだ微塵も予想していなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます