第1話 黄金の隠者
宇宙の星々を焦がし、数多の星系を巻き込んだ永きにわたる銀河大戦。その狂気にも似た闘争は、膨大な犠牲の果てにようやく終結の時を迎えた。
膠着しきった戦線を打ち破り、人類陣営に決定的な勝利をもたらした最大の要因は、「生きている機械」を意味する機械生命体「アニマキナ」の投入にあった。
その中でも、ゴルディアス・タイガー、通称「ゴルド」は、屈指の実力を持っていた。
絶望的な戦況の中で部隊を率い、数々の勝利を導いてきた歴戦の指揮官である彼だが、長く戦い続け、英雄としての重い役割を背負い続けることにひどく疲弊していた。
彼が望むのは、新たな勲章でも権力でもない。誰の命も背負うことのない、ただ一人でのんびりと暮らす静かな生活だった。
退役の対価としてゴルドが要求したのは、宇宙の果てにある、名もなき一つの辺境惑星の権利であった。そこは、彼らの超科学文明圏からは恒星間通信も宇宙文明も存在しない未開の星。
ゴルドの要求に上層部も、厄介な武力を持つ英雄が自ら僻地へと消えてくれることに内心で安堵し、満面の笑みでその星の永久所有権を彼に譲渡した。
そして今、ゴルドはその辺境惑星の大地を踏みしめていた。
宇宙船から降り立つと、ゴルドは早速高精度センサーで、清浄な大気の成分を解析し、心地よい風の温度を正確に捉えた。見渡す限り広がるのは、豊かな緑と手付かずの自然。
周囲には通信電波の類は一切存在せず、彼はここが「自分以外に誰もいない平和な惑星」であることに安堵していた。
「どうやら、約束を守ってくれたようだ」
本来の姿である黄金の鎧をまとった戦闘形態で、彼はそうつぶやく。
この未開の自然の中ではひどく異質に見える。人間態に偽装することも可能だが、もう誰の目も気にする必要のないこの場所で、わざわざ窮屈な偽装をするつもりはなかった。
「ここならのんびりと、静かに暮らせるな」
ゴルドは誰に言うともなく、低く落ち着いた声で呟いた。理不尽な命令も、命を散らす部下も、ここにはいない。ただのゴルディアス・タイガーという一個人として、己の趣味だけに没頭して生きることができるのだ。
彼は早速、宇宙船のカーゴルームから持ち込んだ大量の物資を展開する。ゴルドには、機械いじりという趣味があった。隠遁生活を送るにあたり、彼は科学の粋を集めた多種多様な機材を持ってきたのである。
もっとも、そのいずれもがあくまで民間基準で作られた代物であり、金を持っているならば誰でも手に入る代物だ。
中でも彼が心待ちにしていたのは、コンテナの奥に鎮座する「コアビークル」のシステム群である。
コアビークルとは、動力や制御系が組み込まれた「コアブロック」を中心に、外装や推進器、アームなどの各種パーツを換装することで、状況に合わせて別用途の機体へと組み替えられるモジュラー型汎用ビークルだ。
元々は戦場での補給や前線整備、救助などを一つのシステムでこなすために作られた軍用機材だが、その多様性から民間でも使用されている。
ゴルドはこれを辺境惑星での生活用、作業用、そして何より「趣味の改造遊び」のために持ち込んでいた。
早速動かしたのは巨大なアームとキャタピラを持つ万能作業車、ブルズアイであった。換装次第でトラクターにもコンバインにも、パワーショベルやブルドーザーとしても機能する万能性をゴルドは気に入っていた。
ほかにも反重力で地上から少し浮いて移動するホバーバイク、ストライダーや空からの視界を確保する長距離ヘリ、水上や砂地を滑空する多目的リパルサーまで、コアブロックと交換パーツの組み合わせ次第であらゆる機械を作り出すことができる。
戦場で破壊や前線構築のために使われた技術を、今は自分の生活のために使う。戦うための技術を、暮らすための技術に変える。その事実が、黄金の巨体の内にある人間臭い感情を心地よく昂ぶらせていた。
「さて、まずは生活の基盤となる住居兼ラボと、ファクトリーの組み立てからだな」
まずゴルドはブルズアイを起動させ、自動操縦へと切り替えて周辺んの整地を行わせた。他のコアビークルのパーツ群を一度傍らに置き、別の巨大なコンテナ群のロックを解除した。
中から姿を現したのは、鈍い光を放つ分厚い鋼鉄の壁面パーツや、強化ガラス、環境制御ユニットといった無数の建材ブロックである。
これらは工場であらかじめ製造され、現地でパズルのように組み上げるだけのブロック構造になっているとはいえ、その一つ一つが数トンから数十トンの重量を持つ。本来ならば、多数の作業用機械や重機、あるいはロボット部隊を指揮して数日がかりで組み立てるべき代物だ。
だが、ゴルドは支援のロボットすら展開しなかった。彼はアニマキナであり、その身体自体が規格外の重機を凌駕する出力を誇るのだ。
「ゴオォォォ……!」
黄金の関節部から低い排気音が鳴り響き、ゴルドの巨体が動く。彼は数トンはある鋼鉄の基礎ブロックを片手で軽々と持ち上げると、あらかじめ整地しておいた区画へと正確に配置していく。ミリ単位の狂いも許さないアニマキナの演算能力が、最適な角度と荷重分散を瞬時に弾き出していた。
さらに、ゴルドの持つ中核能力「パンタ・レイ」がその威力を発揮する。「万物は流転する」という概念に基づくこの能力は、外部エネルギーを吸収し、変換し、循環させる力だ。戦争中、それは高出力ビームや両手足への纏装による恐るべき破壊能力として使わされてきたが、本来は惑星開拓や環境整備のために、世界を住みやすくするための力である。
ゴルドはパンタ・レイを起動し、周囲の光や微細な地熱エネルギーを吸収すると、それを高熱の溶接エネルギーへと変換して指先から放出した。巨大な鋼鉄のブロック同士が、光の瞬きとともに完璧に接合されていく。無骨な作業の中にも、流れるような美しさがあった。
壁を立て、補強フレームを組み込み、強化ガラスをはめ込む。重圧から解放された純粋な「作る」という喜びに満たされながら、ゴルドはただもくもくと作業を続けた。誰の指図も受けず、誰の命を案じる必要もない。響くのは、心地よい金属音と、彼自身の動力コアが鳴らす低い鼓動だけだ。
太陽が未開の地平線へと沈みかける頃、何もない荒野に、無駄のない洗練されたフォルムを持つ巨大な邸宅――住居兼個人用ラボと、重厚なファクトリーが完全に姿を現していた。本来なら大規模な部隊が必要な工程を、ゴルドはたった一日で、しかも単機で終わらせてしまったのである。
「ふむ……悪くない出来だ」
ゴルドは完成したばかりのテラスに立ち、西日に照らされる自分の「城」を見上げて満足げに頷いた。ファクトリーの奥からは、すでに部品生成装置の低い稼働音が静かに響き始めている。
明日からはあのファクトリーで、ブルズアイを改造して農地を開拓し、リパルサークラフトで周辺の資源調査に出かけるのだ。想像するだけで、ゴルドの心は踊った。
彼はグラスに注いだ上質なワインを呷りながら、暮れゆく豊かな自然を見渡した。
「静かだ。誰も寄り付かない。やはりこの星を選んで正解だったな」
黄金の隠者は、この平和な星で心底リラックスした様子で呟いた。
だが、彼が「自分以外に誰もいない」と信じているこの星には、実際には剣と魔法の文明が存在している。そして、彼がわずか一日で作り上げたこの超科学の巨大な邸宅とファクトリーが、遠くから見ていた現地人たちによって「黄金の魔王が一夜にして恐るべき魔王城を築き上げた」と勘違いされ、やがて星全体を巻き込む大騒動の引き金になることなど、この時のゴルドはまだ微塵も予想していなかった。
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