招かれざる客
怪力熊男
予期せぬ訪問者
日曜日の朝早く、突然ドアチャイムが鳴る。
久しぶりにゆっくりと眠れる、何の予定もない休日の貴重な睡眠を邪魔されて、誰が機嫌よく応対できるだろう。
確かに、チェーンをかけずにドアを開けてしまったのは、寝ぼけた俺の落ち度かも知れない。
「神様の尊い教えに、耳を傾けてみませんか?」
それでも、誰が悪いのかと問われれば間違いなく、眼の前に立つ2人の女。
聖書だかなんだか知らないが、謎の本を抱えて、ムカつくほどににこやかな笑顔を浮かべている。
「神様なら間に合ってます」
努めて、出来るだけ無愛想にそう言い切ってドアを閉めようとする。が、少しだけ遅かった。
2人の女うち、中年の方は既にドアの内側に脚を入れており、表情もにこやかな笑みから『閉められないだろ、家に上げろ』とでも言わんばかりのドヤ顔である。
だが、こんなことで怯む俺ではない。
構わずドアを締めて、寝ぼけて何にも気づかないフリをしながら渾身の力を込める。
「いたたた痛い痛い痛い!」
「あれ? 閉まんねぇな? 何だよおい、これもあんたらの神様のアレか?」
「はさ、挟んでる! 挟んでます!」
「じゃあ抜けよ」
「か、神様の、お教えを、聞いて下さるなら」
「間に合ってまーす。じゃ」
再度ギリギリと力を入れると、中年女は悲鳴のような声を上げる。
「おら、さっさと脚抜けよ。ドアが閉まらねぇだろうが」
「は、話を、話をきいてください!」
「帰れって言ったろ。いらねぇ。間に合ってる」
「聞いて頂けたら! 帰ります!」
なるほど、しつこい。
宗教の勧誘でも、ここまでしつこい――もとい、信仰心の篤いやつらは久しぶりだ。
「本当に、聞いたら帰ります?」
「お、お約束します」
「その神様に誓えます?」
「もちろんです!」
ふむ。
よろしい、合格だ。
ドアを閉めるように力を入れていた腕をパッと話すと、女はようやく安堵のため息を漏らした。
金属製のドアに足を挟まれていたんだし、まぁまぁ痛かっただろう。
「で、では、お邪魔してもよろしいですか?」
「手短にお願いしますよ」
俺は女二人に背中を向けて、少しひんやりとした廊下をすすみリビングへと戻った。
女が2人ともに家の中に入り、廊下へと脚を踏み入れる。
がちゃ、がちゃ、がちゃ、と3回連続する金属音。
若い女が『ひっ』と短い悲鳴のような声を上げて振り返る。
それは驚くだろう。誰も触れてないのに鍵が閉まったんだから。
だが今はオートロックという便利な代物がある。いい時代になったものだ。
「あ、あの、鍵……」
「便利ですよね、自動で閉まるのって。どうぞ、こっちがリビングです」
「は、はぁ……あの、し、失礼します」
我が家のリビングのドアを開けると、すぐ後ろに続いていた中年の女は迷いなくリビングへと入ってきた。
女が2人とも部屋に入った直後。
勢いよくドアが締まり、再びがちゃがちゃと音を立てて鍵がしまる。
「ひぃっ?」
中年女は勢いよく振り返る。
が、鍵を締めた者など誰もいない。
「さぁて、どうしようかな、コーヒーで良い?」
誰も手を触れていないのに、カーテンが閉まる。薄暗くなった部屋のドアの直ぐ側で、二人の女は抱き合うようにして顔をこわばらせた。
「ホットコーヒーしかないけど、良い? 安物だけど、まぁしょうが無いよね。ほら座って?」
「あっ、ああああの、あの、私達、その、お邪魔だったようですので、帰らせて頂こうかと……」
「俺、まだその『神様のお教え』とやらを聞いてないけど? 話したら帰る、って神様に誓ったよねぇ? 話してもないのに帰るのは、神様への裏切りになるよ?」
若い女は、ニンゲンの顔ってここまで青白くなれるんだと感心するくらいに血の気がひいている。
2人ともに『歯の根が合わないってこういうことか』と思えるくらいに、大音量でガチガチと歯を鳴らし始めた。ずいぶんと賑やかな客だ。
「信仰心ってやつは、なかなか厄介だよねぇ。で? 神様への誓いとやらはどうする? 守る? それともサクっと破る?」
大抵、この手の新興宗教だのカルトだので布教をしてくる奴らは、100%『善意』で布教をしてくる。
自分は正しいことをやっている。神様の教えに触れていない可哀想な人たちを導いてあげるのは、間違いなく良いことだ。眼の前にいる人を救ってあげなければ。
そういう善意をもとにした使命感というのは、本人にとっては強いモチベーションを生み出す源になる。
でも、相手の立場からしたら迷惑この上ない。何しろ純然たる善意でやってる分、罪悪感というものが全く無い。自分の善意が満足するまで、何度でもこうして布教を繰り返す。こちらが迷惑していてもお構いなしだ。
「あ、あ、あの、あっ……か、神様は……その、この世界を、お作りになられて……」
「あぁ知ってる。すっげぇノリノリで作ってたからね、あいつ」
「……あいつ?」
「あぁいやいや、どうぞ? 続けて?」
おまけに、相手の素性を確かめもしない。
自分たちは神様の教えに従っているんだ。だから何があっても神が護ってくれる。そう心のそこから信じ込んでいる。可哀想に。
あいつが、そんなことに興味もつようなヤツじゃないとも知らずに。
「い、いいい石川教導師、ここ、その……おかしいです……なんというかその……」
「へぇ、そっちの若い子は分かるんだ。はい、コーヒー」
がた、と椅子を蹴倒すような勢いで若い女が飛び退いた。
怯えたような目をこちらに向けてくる。失礼なやつだ。
「あっ、あなた! あなた一体何なんですか!?」
「おいおい、失礼じゃね? 事前の連絡もなくいきなり家に来て? 話するまで帰りませんなんて押し売りみたいな真似して? で挙句の果てに『お前何なんだ』ってさ」
「佐山さん? あなたどうしたの? 座りなさい」
「石川教導師、こ、この人、この人……ニンゲンじゃない……」
「何失礼なこと言ってるの! 早く座って――」
「へぇ、鋭いね」
たまに、こういう『本物』がいる。本当にごく稀に、本物の力を持っているニンゲンがやってくることもある。
「だから最初に言ったじゃん、間に合ってますって」
大きく伸びをして背中のコリをほぐすと、ばさ、と背中から音がする。
あぁ、やっぱり普段から折り畳んでると強張ってしまう。たまには『羽根を伸ばして』やらなきゃ。
何せ12枚もあるんだ。目立たないようにしまっておくと、肩が凝ってしょうが無い。
「で? アイツが世界を作って? それから?」
「あ、あの、あの、その羽根……」
若い女は、俺の背中を指さしてブルブルと震えている。
「ひ、光り輝く6対の翼……まさかその、だ、大天使長ルシフェル……?」
「へぇ、知ってんだ」
二人の女は目を見開いたまま固まってしまった。
「全部話し終えるまで帰れないよ? あのハゲに誓っちゃったからねぇ?」
まさか神の教えを説きにきた家に堕天使の親玉がいるなど、考えたこともなかっただろう。
まぁ、あのハゲを信じたのが運の尽きだ。
「それで? 続きは?」
女2人は手を握りあって、絶望の表情を浮かべた。
招かれざる客 怪力熊男 @Kairiki_Kumaotoko
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