第4話「砂浜の漂着者と野鳥の薬膳煮込み」

 太陽が真上に昇り、白い砂浜が熱を帯びて陽炎を揺らしている。

 海面は強い日差しを反射して鏡のように輝き、打ち寄せる波の音が一定のリズムで鼓膜を震わせる。

 私は拠点の周囲に配置する防御用の柵の素材を探すため、海岸線を西に向かって歩いている。

 潮の満ち引きによって打ち上げられた流木や、海藻の塊が点々と砂の上に転がっている。

 ふと、波打ち際から少し離れた場所に、不自然に隆起した砂の山があるのが視界に入る。

 流木にしては丸みを帯びており、海藻にしては色が明るすぎる。

 警戒しながら距離を詰めると、それが砂に半ば埋もれた人間の姿であることがわかる。

 小柄な体格だが、肩幅は広く、腕や脚の筋肉が丸太のように隆起している。

 赤茶色の癖のある髪が顔に張り付き、粗末な革の衣服は海水を吸って重く沈んでいる。

 背中の特徴的な筋肉の付き方と、骨太な骨格から、ドワーフの種族であると推測できる。

 私は急いで駆け寄り、彼女の体を仰向けにひっくり返す。

 唇は乾燥してひび割れ、日焼けした肌の下からは血の気が完全に失われている。

 首筋に指を当てると、脈は弱いが確かに打っている。

 しかし、体温は異常なほど低く、浅い呼吸に合わせて胸がわずかに上下するだけである。

 脱水症状と極度の飢餓状態が重なっているのは明らかで、一刻の猶予もない。

 私は彼女の背中と膝裏に腕を差し入れ、一気に抱き上げる。

 見た目以上の重量感があるが、今の私には魔法による基礎体力の向上があるため問題なく歩くことができる。

 彼女の冷たい皮膚の感触が腕越しに伝わり、命の火が今にも消えかけていることを警告してくる。

 砂に足をとられないよう歩幅を調整し、完成したばかりのログハウスへと急ぐ。

 ログハウスに到着すると、風通しの良い床の上に彼女を静かに寝かせる。

 魔法で清潔な布を作り出し、彼女の顔や腕に付着した砂を丁寧に拭き取る。

 今は水を与えるよりも、消化に良く栄養価の高い温かい食事が必要である。

 外に出ると、ちょうど森の奥からルミナが戻ってきたところだった。

 彼女の肩には、七面鳥ほどもある丸々とした野鳥が担がれている。


「タクト、仕留めたぞ。矢は急所を1撃で貫いたから、肉は傷んでいない」


 ルミナは誇らしげに野鳥を掲げて見せるが、私のただならぬ雰囲気を察して表情を引き締める。


「中に倒れている人がいる。海から打ち上げられていたんだ。その鳥の肉を使って、すぐに栄養の高いスープを作る」


 ルミナは野鳥を私の足元に置き、中を覗き込んで短く息を飲む。


「ドワーフか。この衰弱の仕方はひどい。私にできることはあるか」

「血抜きと羽の処理を頼む。私はスープのベースを作る」


 私たちは短い言葉を交わし、即座に行動に移る。

 ルミナは手慣れた様子で野鳥の首を落とし、逆さに吊るして血を抜き始める。

 私はかまどに火を起こし、大きな鍋に水を張って沸騰させる。

 周囲の森で事前に採集しておいた、生姜に似た辛味のある根菜と、ネギの香りがする野草をナイフで細かく刻む。

 ルミナが処理を終えた野鳥の胸肉を受け取り、繊維を断ち切るように薄くそぎ切りにしていく。

 熱湯の中に根菜を投入すると、ツンとした刺激のある香りが湯気と共に立ち上る。

 続けて野草と薄切りの肉を鍋に入れ、火力を少し落としてじっくりと煮込む。

 鳥の骨から染み出した濃厚な出汁が黄金色の脂となって表面に浮かび、根菜の香りと混ざり合って食欲を激しく刺激する匂いに変わっていく。

 肉の色が完全に白く変わり、野草が柔らかく煮崩れたのを見計らって鍋を火から下ろす。

 魔法で作り出した浅めの器にスープと具材を移し、少しだけ冷ましてからログハウスの中へと運ぶ。

 ルミナがドワーフの女性の上半身を支え、飲み込みやすい体勢を作ってくれている。

 私は器を近づけ、木のスプーンで黄金色のスープだけをすくい、彼女のひび割れた唇の間に流し込む。

 最初は反応がなかったが、スープが舌に触れた瞬間、彼女の喉仏が大きく上下に動く。

 本能が栄養を求めているのだろう、閉じていたまぶたが痙攣するように震え、薄く開かれる。

 濁っていた赤銅色の瞳が、目の前にあるスープの器に焦点を見出す。

 彼女は乾いた咳を1つして、ルミナの腕の中から抜け出そうと身をよじる。


「……匂い、肉と根っこの匂いがする」


 砂を噛んだようなしゃがれた声でつぶやくと、彼女は震える手で器を直接掴み取ろうとする。

 私は彼女の手を制し、スプーンで今度は肉と野草を一緒にすくって口元へ運ぶ。


「慌てるな。胃が驚くから、少しずつ噛んで飲み込むんだ」


 彼女は言われた通りに口を開け、肉を噛み締める。

 野鳥の強い旨味と、血行を促進する根菜の成分が、彼女の冷え切った内臓を急速に温めていく。

 一口飲み込むごとに、青白かった肌に赤みが差し、目元の険しい皺が緩んでいく。

 3口、4口と進めるうちに彼女は完全に自力で上体を維持できるようになり、器を受け取って直接スープをすすり始める。

 熱い液体が喉を通る音だけが、静かなログハウスの中に響く。

 器を空にした彼女は、手の甲で口元を拭い、大きく息を吐き出して壁に寄りかかる。


「生き返った。あの冷たい海の中で、もう終わりかと思っていたんだがな」


 彼女は私たちを交互に見比べ、にかっと白い歯を見せて笑う。


「アタシはドリスだ。船が嵐で沈んで、樽につかまってここまで流されてきた。助けてくれて、それにとびきり美味い飯まで食わせてくれて恩に着る」

「私はタクトだ。こっちはルミナ。この島でサバイバル生活をしている」


 ドリスは改めてログハウスの内部を見回し、壁の接合部や床の構造に目を細める。


「タクト、と言ったか。この小屋、釘を1本も使ってないじゃないか。木の性質を完全に理解した完璧な組み方だ。ただのサバイバル生活者が建てられる代物じゃないぞ。なるほどな。アタシは鍛冶屋の娘で、大工仕事も得意だ。この恩を返すためにも、アタシの腕をあんたに預けるよ」


 力強い言葉と共に差し出された分厚い手を、私はしっかりと握り返した。

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