第3話「朝もやの浜辺と真珠色の極上スープ」

 夜の冷気が海岸線から引き下がり、東の空が薄い藍色から紫へと色を変え始める。

 湿度を含んだ海風が木々の葉を揺らし、無人島の朝が静かに幕を開ける。

 私はかまどの前で胡座をかき、灰の中で微かに赤みを保っている炭の塊を見つめる。

 昨夜集めた枯れ枝の残りを炭の上に交差させるように配置する。

 肺の底から細く長く息を吹きかけると、赤い光が明滅を繰り返して周囲の繊維に熱を伝えていく。

 白煙が細い筋となって立ち上り、やがて中心からオレンジ色の炎が顔を出す。

 私は炎の成長を妨げないよう、太さの異なる薪を順番に組み上げて安定した熱源を確保する。

 かまどの反対側では、ルミナが砂の上に身を丸めて眠っている。

 銀色の長い髪が顔の半分を覆い、規則的な呼吸に合わせて華奢な肩が上下に動く。

 夜風の冷たさを防ぐためか、彼女は両腕で自身の身を抱きかかえるようにしている。

 私は立ち上がり、足裏に伝わる冷たい砂の感触を確かめながら波打ち際へと歩を進める。

 干潮を迎えた岩場には、取り残された海水が透き通った水たまりを無数に作っている。

 岩の側面に張り付くように群生している、拳ほどの大きさの二枚貝に狙いを定める。

 手首のスナップを利かせ、ナイフの柄で貝殻の端を軽く叩いて岩から引き剥がす。

 ずっしりとした重みのある貝を10個ほど拾い集め、大きなフキに似た葉に包んで野営地へと戻る。

 炎はすでに安定した高熱を放ち、周囲の空気を歪ませている。

 私は創造魔法の感覚を呼び起こし、両の掌の間に木製の深いボウルを思い描く。

 昨夜の食事で回復した魔力が指先から流れ出し、淡い光の粒子が空中で固まっていく。

 数秒の後に完成したボウルに、近くの湧き水から汲んでおいた真水を満たす。

 洗った貝を水の底に沈め、ボウルをかまどの石の縁に慎重に置く。

 魔法で作り出した器は直火に耐える特殊な構造にしてあるため、焦げることなく内部の水を温め始める。

 水面に細かな気泡が浮かび上がり、やがて沸騰の熱が貝殻に伝わっていく。

 固く閉ざされていた貝の口が一つ、また一つとゆっくり開いていく。

 乳白色の濃厚なエキスが湯の中に溶け出し、透明だった水が徐々に真珠色へと変わっていく。

 磯の強い香りと、貝特有の甘い匂いが混ざり合って白い湯気と共に立ち上る。

 私はナイフで削り出した木のスプーンを使い、灰汁を丁寧に取り除く。

 眠っていたルミナの鼻先が微かに動き、ゆっくりとまぶたが持ち上がる。

 焦点の合わないエメラルド色の瞳が、湯気を立てるボウルへと引き寄せられる。

 彼女は弾かれたように上半身を起こし、乱れた髪を指で素早く後ろに流す。

 胃の腑から鳴る控えめな音が、彼女の空腹状態を如実に物語っている。

 私はボウルを火から下ろし、魔法で小さな木のカップを2つ作り出す。

 熱いスープと身が縮む前に取り出した貝肉を取り分け、ルミナの前に差し出す。


「おはよう。まずは胃を温めるといい」


 ルミナは無言でカップを受け取り、両手で包み込むようにしてその熱を確かめる。

 カップの縁に唇を寄せ、火傷しないように少しずつ白い液体を口に含む。

 彼女の細い喉が動き、熱いスープが食道を通って胃に落ちていくのがわかる。

 強張っていた彼女の肩の力が抜け、目尻がわずかに下がる。

 今度は貝の身を指でつまみ上げ、ためらうことなく口に運ぶ。

 歯が弾力のある肉を噛み切るたびに、閉じ込められていた濃厚な旨味が溢れ出しているのだろう。

 彼女の頬が微かに紅潮し、食べる速度が目に見えて上がっていく。

 カップの底に残った1滴まで飲み干すと、彼女は大きく息を吐き出して私の顔を見る。


「美味しい。海の水と貝だけで、どうしてこんなに味が深くなるのか不思議だ」

「新鮮な食材は、余計な味付けをしない方が旨味が際立つ。体力は回復したか」

「ああ。昨日の夜から、あなたの食事のおかげで体が軽い。私にも手伝わせてほしい。森の中なら、鳥や小さな獣を狩ることができる」


 ルミナは立ち上がり、地面に置いていた木製の弓を手に取る。

 弦の張りを確かめる指先には、昨日とは違う確かな力が宿っている。

 私は空になったカップを受け取り、彼女の提案に頷く。


「助かる。私はその間に、雨風をしのげる本格的な拠点の準備を進めておく」


 ルミナは短く顎を引き、迷いのない足取りで朝霧が残るジャングルの奥へと姿を消す。


 ◆ ◆ ◆


 私は波打ち際から少し離れた、地盤の硬い平坦な場所を選ぶ。

 目を閉じ、頭の中にこれから建築するログハウスの図面を展開する。

 広さは4畳半ほど、床は地面からの湿気を防ぐために高床式に設定する。

 壁面は太い丸太を交互に組み合わせた強固な構造とし、屋根は雨水が流れ落ちやすい急勾配にする。

 木材の材質は防虫効果が高く湿気に強いヒノキを想定し、接合部は釘を使わない伝統的な工法を思い描く。

 全身の血管を駆け巡る魔力が、設計図の細部を埋めるように激しく消費されていく。

 両手を前に突き出すと、空間が大きく歪み、眩い光の奔流が地面から立ち昇る。

 光の粒子が空中で幾重にも交差し、太い丸太の輪郭を形成していく。

 土台が組み上がり、壁がせり上がり、最後に屋根が被さるまでの過程が、わずか数十秒の間に完了する。

 光が完全に収束した後に残ったのは、真新しい木肌が美しい、頑丈なログハウスである。

 ヒノキ特有の爽やかな香りが周囲に漂い、指で壁を撫でると、滑らかに削られた木の質感が伝ってくる。

 内部に足を踏み入れると、外の熱気が遮断され、ひんやりとした空気が肌を包む。

 建築士としての知識と、満ち足りた魔力が生み出した完璧な空間である。

 ただ、この規模の創造魔法を行使した代償は大きく、再び強い空腹感が胃を刺激し始める。


『ルミナの狩りの成果に期待するしかないな』


 私は入り口の段差に腰を下ろし、森の奥から聞こえる微かな足音に耳を澄ませた。

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