第2話「森から現れたエルフと塩焼きの代償」

 太陽が西の水平線に沈みかけ、空を鮮やかなオレンジと紫のグラデーションに染め上げている。

 私は手に入れたばかりのサバイバルナイフを使い、ジャングルの入り口付近で手頃な太さの枝を切り出している。

 創造魔法で生み出した刃は恐ろしいほどの切れ味を誇り、硬い生木であっても力を入れることなく滑るように切断できる。

 切り出した枝を組み合わせて風よけの壁を作り、海岸の石を円形に並べて安定したかまどを組み上げる。

 建築士としての空間把握能力が、単なる野営地を効率的で快適な生活空間へと変えていく。

 かまどの中で揺らめく炎は、夕闇が迫る浜辺に温かい光を投げかけている。

 夕食のために、潮だまりで追加の魚を3匹仕留め、森の入り口で見つけた香草のような葉を腹に詰めて下ごしらえを済ませてある。

 串に刺した魚を炎の熱が均等に当たる位置に固定し、時折回転させながらじっくりと火を通す。

 魚の脂が炭に落ちて白い煙が立ち上がり、香草の爽やかな香りと焦げた醤油にも似た濃厚な匂いが混ざり合って漂う。

 焼き加減を確認しようと身を乗り出した時、背後のジャングルの茂みが不自然に揺れる。

 風のせいではない、何か明確な意思を持った動きがそこにある。

 私はナイフの柄に手をかけ、視線を茂みに固定したままゆっくりと立ち上がる。

 葉擦れの音が大きくなり、やがて薄暗い木立の中から1人の人影が姿を現す。

 尖った長い耳と、月の光を思わせる銀色の髪。

 ファンタジーの物語でしか見たことのない、エルフの少女である。

 しかし、その姿は想像とはかけ離れていた。

 銀糸のような髪は泥と小枝で汚れ、身にまとっている布の服はあちこちが破れて素肌が覗いている。

 頬はこけ、むき出しになった細い腕は小刻みに震えている。

 彼女は警戒するように木製の弓を構えているが、弦を引く指先には全く力がこもっていない。

 何より、彼女の大きなエメラルド色の瞳は、私ではなく、かまどで焼かれている魚に完全に釘付けになっている。

 私が動かずに観察していると、彼女は乾いた唇を震わせながら、掠れた声を振り絞る。


「動くな。怪しい真似をしたら、射る」


 威嚇の言葉とは裏腹に、彼女の胃の腑から、ひもじさを隠しきれない盛大な音が周囲の空気を震わせる。

 少女は顔を真っ赤にして弓を下ろしそうになるが、必死に唇を噛んで体勢を維持しようとする。

 私はナイフから手を離し、両手をゆっくりと肩の高さまで上げて敵意がないことを示す。

 そのままかまどの前にしゃがみ込み、一番大きく焼き上がった魚の串を手に取る。

 熱い脂が滴り落ちる魚を、彼女の方へと軽く差し出す。


「食べるか。ちょうど焼き上がったところだ」


 少女の喉が大きく上下に動く。

 警戒心と飢えが彼女の中で激しく衝突しているのが、揺れ動く視線から痛いほどに伝わってくる。

 数秒の沈黙の後、ついに飢えが勝ったのか、彼女は弓を地面に投げ捨ててふらふらと歩み寄ってくる。

 私の手から串をひったくるように奪い取ると、熱さなど気にする様子もなく、魚の頭のすぐ下から思い切りかぶりつく。

 パリッと皮が破れる音が響き、彼女の目が見開かれる。

 咀嚼するごとに、強張っていた表情の筋肉が溶けるように緩んでいく。

 香草の風味と魚の旨味が口いっぱいに広がったのだろう、彼女の目から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。

 泥で汚れた頬に涙の筋を作りながら、彼女は無我夢中で魚を貪り食う。

 骨を避け、指についた脂まで舐め取り、あっという間に1匹を平らげてしまう。


「まだあるぞ。ゆっくり食べろ」


 私は2匹目の魚を手渡し、創造魔法で作り出した木製のカップに、沸かして冷ましておいた白湯を注いで隣に置く。

 少女は今度は少し落ち着きを取り戻した様子で、2匹目を丁寧に味わい始める。

 火の温もりと食べ物の熱が彼女の体温を上げているのか、青白かった肌に少しずつ赤みが戻ってくる。

 食事が終わり、白湯を飲み干した彼女は、大きく息を吐き出して砂浜に座り込む。

 満腹感からくる安心感が、彼女を包み込んでいるのがわかる。

 私と視線が合うと、彼女は少し気まずそうに目を逸らし、膝を抱え込む。


「……助かった。私はルミナ。故郷の森を追われて、海を漂流してこの島にたどり着いた」


 消え入るような声で紡がれた自己紹介に、私は頷き返す。

 深い事情があるのだろうが、今は詮索する時ではない。


「私はタクトだ。しばらくはこの島で生活するつもりだから、火と食事ならいつでも提供できる」


 ルミナは顔を上げ、ぱちぱちと瞬きをして私を見つめる。

 夜の闇が完全に島を包み込む中、かまどの炎だけが、2人の間に生まれた小さなつながりを温かく照らし出していた。

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