エピローグ 二〇〇〇年代

 TRONは死ななかった。


 教育市場から消えた後も、組み込みシステムの世界でTRONは生き続けた。家電製品の制御チップ、自動車のシステム、工場の機械——目に見えない場所で、静かに動き続けた。二〇〇〇年代に入ると、世界で最も使われているOSのひとつになっていた。誰も知らないまま。


 倉田修二は、その後も開発を続けた。


 BTRONの夢とは違う形で、しかし同じ問いを持ち続けた。日本語で考える人間のための道具を、どう作るか。その問いは、形を変えながら、倉田の仕事の中に生き続けた。


 林は独立して、小さなソフトウェア会社を作った。


 社名を聞いたとき、倉田は少し笑った。


 「BTRON」の頭文字を、一字変えた名前だった。


 有村誠一は通産省を定年退職した後、大学で講義を持った。産業政策の授業で、毎年一度、一九八九年のTRON事件を取り上げるという話を、倉田は人づてに聞いた。


 どんな話をするのか、聞いたことはない。


 ジェームズ・ホルトは、その後日本関連の仕事から離れた。太平洋を挟んだ向こう側で、今何をしているか、誰も知らない。


 桜は毎年、散る。


 コンピューターショップのウィンドウには、今もアルファベットが流れている。世界中の子供たちが、英語のOSで育っている。それが現実だ。


 でも倉田は時々、思う。


 どこかの研究室で、誰かが今夜もキーボードを叩いている。誰も頼んでいない作業を、それでも続けている。


 その音が、静かな夜に響いている。


 それで、いい。


 それで、十分だ。



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規格の墓碑銘 ―BTRONが葬られた日― 八雲 海 @Vespa1106

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