ヴィム・ヴェンダースという名前を口にするだけで、胸の奥がざわつく。「パリ、テキサス」の乾いた荒野、「都会のアリス」の埃っぽい国道——あの映像には、目的地よりも「道中《どうちゅう》」そのものを愛おしむ視線があった。師と仰ぐ人の映画は、いつも僕に同じ問いを突きつける。人はなぜ、当てもなく車を走らせたくなるのか、と。
ロードムービーという形式は、実は最も正直な人間ドラマだと思う。密室劇のように台詞で心情を説明する余裕がない。窓の外を流れる景色と、助手席の沈黙と、給油所で交わす短い会話——それだけで、その人が何を抱えて生きてきたかが滲み出てしまう。行動でしか語れない不器用な優しさ。それこそ僕が追い求めてきた「ネオ昭和」の核心そのものだ。
古いハイエースのエンジン音、地図も持たずに国道を選ぶ迷い、見知らぬ土地で出会う一期一会の人情——そういうものを、もう一度、丹念に書きたくなる。勝てない人生を、それでも前に進む人々の背中を。
今書いている「美月の華道」も、突き詰めればこの衝動から生まれた物語だ。
りりィが体現した漂泊《ひょうはく》の哀愁と、ヴェンダースの乾いた眼差しが、僕の中で自然に重なり合う。逆行こそ、我が道——結局、僕が書きたいのはいつも、それだけなのかもしれない。