第4話「人の上に浮かぶ文字」
【退職予定:三日後】
俺は目を疑った。
女性社員は俺の横を普通に通り過ぎる。
何事もない顔で。
でも俺の目には確かに見えていた。
頭の少し上。
ゲームの名前表示みたいに、半透明の文字が浮かんでいる。
【退職予定:三日後】
「……は?」
小さく呟いた瞬間、女性社員が振り返った。
「え?」
「あ、いや……すみません」
危ない。
聞こえてたか。
女性は不思議そうな顔をしたあと、そのまま去っていった。
俺はエレベーターに乗り込む。
閉まるドア。
そして鏡に映った自分を見て、固まった。
「……え?」
俺の頭の上にも文字が浮いていた。
【所持金:24,631円】
「違う違う違う!」
思わず声が出た。
なんでそこなんだよ!
もっとあるだろ!
将来とか寿命とか!
なんで所持金なんだ!
エレベーターの中で一人ツッコミしたあと、急に笑いそうになった。
いや笑えない。
全然笑えない。
所持金、思ったより少なかった。
駅まで歩きながら、俺は人を見た。
会社員。
学生。
カップル。
みんな普通に歩いている。
そして、全員の上に何かしら浮かんでいた。
【昼食:ラーメン予定】
【隠し事:彼氏に内緒で課金】
【睡眠時間:3時間】
【財布の中身:817円】
「情報が適当すぎる……!」
なんなんだこの能力。
重要そうなものもあるし、どうでもいいものもある。
完全にランダムだ。
その時だった。
前から歩いてきたサラリーマンと目が合う。
頭上。
【本日:会社を辞める決意】
俺は足を止めた。
男は暗い顔をしていた。
スーツは少しシワだらけで、ネクタイも緩んでいる。
そして少し先。
スマホを見ながら歩く別の男。
頭上には――
【原因:お前】
「……え?」
俺は固まった。
二人はすれ違う。
そして後ろの男が、肩をぶつけた。
ドンッ!
「痛っ!」
「チッ、邪魔だな」
ぶつかられた男は何も言わなかった。
ただ下を向いたまま歩いていく。
でも頭の上の文字が変わる。
【決意:もう限界】
嫌な予感がした。
ものすごく嫌な予感が。
俺は気づけば走っていた。
「待ってください!」
男が振り返る。
「……え?」
「すみません、急に変なこと言いますけど」
息を切らしながら、俺は言った。
「今、どこ行くんですか?」
男の顔が、一瞬だけ凍った。
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