第5話「もう限界」

「今、どこ行くんですか?」


言ったあとで後悔した。


何だその質問。


知らない男に突然そんなこと言われたら、どう考えても不審者だ。


男は怪訝そうな顔をした。


「……は?」


ですよね。


俺でもそうなる。


「いや、その……」


頭をフル回転させる。


言えない。


「あなたの頭の上に【もう限界】って浮かんでます」なんて言えるわけがない。


「なんか、顔色悪かったので」


苦し紛れだった。


男は数秒黙った。


そして、無理に笑った。


「ああ……大丈夫ですよ」


【感情:限界】


浮かんでいる文字が変わった。


全然大丈夫じゃない。


「会社で何かありました?」


「……」


「俺、昔ちょっと働いてて」


ちょっとじゃないが、とりあえず続ける。


「しんどい時期あったんで」


男は黙ったままだった。


駅前の人混みだけが騒がしい。


しばらくして、男がぽつりと言った。


「……そんな顔してました?」


「え?」


「俺」


初めて、男の笑顔が消えた。


「別に誰にも言ってないんですけどね」


頭上の文字。


【誰にも気づかれていないと思っている】


「毎日朝四時まで仕事して」


「帰って寝て」


「また出社して」


笑っている。


でも目だけ笑っていない。


「上司には気合いが足りないって言われて」


「最近、自分でも何が楽しいのか分からなくて」


俺は何も言えなかった。


何か言葉を探す。


でも薄っぺらい励ましは違う気がした。


頑張れ、なんて言えない。


十分頑張ってる。


その時。


男の頭上の文字がまた変わった。


【本音:誰か止めてほしかった】


胸が詰まった。


俺は少しだけ笑った。


「じゃあ、止めます」


「……え?」


「今日は帰りましょう」


「は?」


「仕事サボりましょう」


「えっ?」


「俺、無職なんで詳しいですよ」


男が数秒固まる。


そして――


「……何ですかそれ」


小さく笑った。


ほんの少しだけ。


文字が変わる。


【感情:少しだけ楽になった】


その瞬間、俺のスマホが震えた。


画面を見る。


表示されたのは、メールじゃなかった。


黒い画面に白い文字。


【能力条件達成】


【他者の人生干渉:初回成功】


【新機能解放】


【閲覧可能項目:未来】


俺の手が止まった。


「……未来?」


そして、目の前の男を見た。


頭上の文字がゆっくり書き換わる。


【3か月後:起業】


「……え?」



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