第49話 「和牛」

【6日目・潤視点】


西原詩彩の大胆な宣言が廊下に響いた。そしてすぐに、長谷川恵の震えながらも確かな声が、俺の耳に突き刺さった。過去の告白。十年以上も前、色あせた写真のように記憶の片隅へ押し込めていたあの日の出来事が、こんなにも鮮明に蘇るとは思わなかった。


背後から感じる西原詩彩の燃えるような視線、そして正面から真っ直ぐ俺を見つめる長谷川恵の揺るがない瞳。一方は未来を共に作ろうと宣言し、もう一方は共に過ごした過去からもう一度始めようと手を差し伸べている。


一瞬、呆れて笑いそうになった。まるでドラマのような状況だ。つい数分前まで法廷で人間の最も醜い底を見てきたというのに。伊藤直樹という巨大な悪意を処理したばかりなのに、今度はまったく別の種類の嵐が目の前で吹き荒れていた。


💭潤──『二人とも……本当に……』


ゆっくりと振り返る。背後に立つ西原詩彩、そして正面に立つ長谷川恵。競争心と覚悟を宿した、あまりにも異なる色の炎が、まっすぐに俺へ向けられていた。彼女たちはもう、伊藤直樹という男に振り回されていた被害者ではない。過去の傷を乗り越え、自らの意志で自分の人生と、そして愛さえも掴み取ろうとする強い存在だった。


その姿が、どこか眩しく見えた。そして気づけば、口元にうっすらと笑みが浮かんでいた。それは冷笑でも困惑でもなく、ただ純粋な感嘆に近いものだった。


💬潤「ああ。」


ただ、それだけを短く、すべてを理解したかのように呟いた。その一言に、すべての感情を込めた。彼女たちの覚悟も、決意も、そして自分へ向けられた想いも、確かに受け取ったという無言の合図。しかし俺はまだ、何の答えも出せない。いや、出すつもりもない。


再び背を向ける。すでに表情からは笑みが消えていた。今は感傷に浸っている場合ではない。まだ片付けるべき仕事が残っている。そして何より、俺はまだ弁護士・竹山潤でなければならない。その役割が完全に終わるまでは、本当の意味で自分に戻ることはできない。


再び、コツ、コツと靴音を響かせながら廊下の先へ歩き出す。今度は振り返らない。彼女たちがついてくるのか、それともその場に残るのかは分からない。ただ一つ確かなのは──


これで何も終わってはいないということだ。むしろ、すべてはここからが本当の始まりなのかもしれない。


---


【6日目・詩彩視点】


『ああ』


彼の短い吐息と、かすかな笑み。そして再び背を向けて遠ざかっていく背中。彼は明確な答えを避けた。だが、その一瞬で私はすべてを読み取った。困惑、わずかな戸惑い、そして……私たちの覚悟を無視しないという無言の肯定。そう、それで十分だ。今すぐ答えをもらえなくてもいい。私はあなたが築いたその壁を、正面から堂々と通り抜けてみせる。逃げられるはずがないわ、竹山潤。


私は決意を固めた。もう過去に縛られて生きるつもりはない。伊藤直樹のようなクズのせいで、自分の人生を無駄にする時間はない。私は自分の手で、自分の幸せを掴む。そしてその幸せの中心には、あの男がいる。


💭詩彩|『決めた。絶対に負けない!』


隣に立つ長谷川恵の視線を感じる。彼女も同じだろう。十年前の告白なんて、なかなか強力な切り札を持ち出してきたものだ。でも過去は過去にすぎない。私は過去の縁ではなく、これから共に作る未来を提示している。どちらが魅力的かは、これから証明すればいいだけのこと。


私は軽い足取りで、再び歩き出した彼の背中を小走りで追いかけた。そしてわざと明るく大きな声で、彼の隣にぴったりと寄りながら叫んだ。


💬詩彩|「さあ!こんな可愛い助手が新しく入った記念に!美味しいもの食べに行きましょう!和牛!和牛食べに行きましょう!」


勝手に“助手就任記念”パーティーを宣言してしまった。ぼんやり立っていた長谷川恵は私の言葉に我に返ったように、優雅な足取りで隣に来て言い返した。口元には笑みが浮かんでいるが、目はまったく笑っていない。


💬恵|「あら?西原“ちゃん”が奢るの?」


“ちゃん”の部分を強調するその言い方には、少し棘があった。ふふ、可愛い。でもここで引く私じゃない。


💬詩彩|「まさか!当然、うちの弁護士先生が奢るんですよ!この難しい裁判を見事に勝った勝訴記念で。ね?オッパ?」


私は満面の笑みで彼の腕にそっと腕を絡めた。その瞬間、それまで黙々と歩いていた彼の足がぴたりと止まる。困惑と動揺が入り混じった低い声が廊下に響いた。


💬潤|「……え?」


彼の呆然とした表情を見て、思わず笑いがこみ上げた。そう、ここからだ。鬱陶しい過去はすべて法廷に置いてきた。これからは、この二人と一緒に、少し騒がしくて、少し楽しい新しい幕が始まる。

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