第24話「殺人未遂」
【3日目・詩彩視点】
昨夜、私は数ヶ月ぶりに悪夢のないまま眠りについた。竹山潤――今では「お兄さん」と呼びたくなるその人から届いたメッセージが、漆黒だった私の心に小さな灯をともしてくれたからだ。「戦っている証拠」「勇気」。その言葉は一晩中、私を守るお守りのように感じられた。夜明けに目を覚ました時、もう無力な被害者はいなかった。戦う準備を終えた戦士が、鏡の前に立っていた。
私はいつもより早く家を出た。工場へ向かう足ではない。彼の事務所へ向かう道。昨夜のメッセージへの感謝を、直接伝えたかった。そして今、自分に何ができるのか、この戦いにどう関わるべきかを話し合いたかった。軽い足取りで見慣れたビルに到着した時、私はいつものように出勤する彼を見つけた。
黒いスーツをきっちり着こなした後ろ姿。遠くからでも彼だと分かった。名前を呼んで駆け寄ろうとした、その瞬間だった。
視線が無意識に彼の立つ場所の上へ向いた。ビルの屋上。そこで私は見てしまった。黒い影が、手すりの向こうから身を乗り出しているのを。その手にあるのは……レンガ?
「危ない!」
脳が考えるより先に、身体が動いていた。私は全力で彼へ向かって走った。時間の感覚が引き伸ばされ、周囲の音が遠のく。ただ彼の背中に落ちる赤いレンガの残像と、それを突き飛ばさなければならないという本能だけが私を支配していた。
「お兄さん!」
私は彼の身体を力の限り押し飛ばした。彼は突然の衝撃にバランスを崩して横に倒れ、その直後、「ドン!」という鈍く不気味な音が私たちがいた場所を打ち砕いた。赤いレンガはアスファルトの上で砕け散り、破片を撒き散らした。ほんの数秒、いや数センチの差だった。
倒れた彼の上に覆いかぶさる形のまま、私は荒い息を吐いた。心臓が破裂しそうなほど激しく脈打っている。背中には冷や汗が流れていた。もし少しでも遅れていたら……想像すらしたくない結末が脳裏をかすめた。
私は震える視線で屋上を見上げた。先ほどまで確かに見えていた黒い影は、すでに消えていた。しかし私は知っている。そのシルエットの正体を。憎悪と狂気に飲み込まれ、昨日私の携帯を叩き壊した男――伊藤直樹だということを。
💭詩彩|「……殺そうとした。あのクソ野郎が……お兄さんを殺そうとした!」
怒りと恐怖が混ざり合い、全身が震えた。これは単なる脅しではない。明確な殺人未遂だ。直樹の狂気が、もう取り返しのつかない線を越えたことを直感した。私は倒れたまま私を見上げる潤の腕を掴んだ。彼を……守らなければならない。この狂った男の手から、何としてでも。
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【2日目・直樹視点】
ビルの屋上、冷たい風が頬を荒く叩いた。私は手すりの陰に身を潜めたまま、さっき目の前で起きた光景を反芻し、荒い息を吐いた。手に残るレンガのざらついた感触がまだ生々しい。あと少し、本当にあと少し正確に投げていれば、あのクソ野郎の頭を粉砕できたのに。惜しい。くそ、めちゃくちゃ惜しい。
昨夜、長谷川恵に送ったメッセージを無視し、私をブロックしたあのクソ弁護士野郎。俺の警告を無視するだと? 恵は俺の女だ。離婚? そんな紙切れ一枚で終わりだとでも思ってるのか。笑わせるな。子供まで産んだ女が、母親になったくせに大人しく家に引っ込んでガキでも見てろよ。どこで他の雄に尻尾振ってんだ、発情した犬みたいに。
そして今日の朝、目の前で起きた光景はまさに最悪だった。俺の女だった西原詩彩が、俺を裏切ってその弁護士野郎に抱きつく姿だ。
この狂った女。俺がどれだけ尽くしてやったと思ってる。辛いだの何だの言ってきた時に慰めてやって、抱いてやったのは誰だ。たかが訴訟一つで弁護士野郎に身体でも売るつもりか? 汚い女だ。やっぱり女なんて信用できない。恵もそうだし、詩彩もそうだ。全部同じだ。少し優しくすれば自分が特別だと勘違いしやがる。
💭直樹|『俺の女たちが……なんで全員あの男のそばにいるんだ? あのクソ野郎、一体何を仕掛けてやがる?』
怒りで視界が暗くなった。これはただの嫉妬や怒りじゃない。自分のものを奪われた屈辱、自分の存在そのものを否定されたような感覚だった。竹山潤。あの男は俺の人生で最も完璧だった構図を壊した癌だ。恵は家庭用、詩彩は外用。完璧に分けて管理していたはずなのに、あの男一人のせいで全てが狂った。
俺は屋上の扉を蹴り開けて出ながら歯を食いしばった。失敗は許されない。今日の失敗は、より完璧な次のための予行演習だ。レンガは原始的すぎた。次は誰にも疑われない、完全な事故として処理できる方法で、あのクソ野郎をこの世から消す。
そうすれば俺の女たちも元に戻り、全ては元通りになる。
階段を荒々しく降りながら、次の計画を練り始めた。憎悪が頭の中で煮えたぎり、明確な殺意へと変わっていく。
そうだ、殺してやる。竹山潤、あのクソ野郎さえ消えれば、全部解決する。
明日、必ず終わらせる。
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