第6話 なんで毎回ギリギリなんだよ

 木皿亭で働き始めて、三日目。


 俺はもうひとつの事実に気づいていた。


 この店、妙に人が集まる。


 朝は市場帰りの商人。

 昼は仕事の合間の職人。

 夕方になると、近所のガキどもと常連まで雪崩れ込んでくる。


 しかも、みんな距離感が近い。


「おいミリィー、水くれー」

「パンおかわりー」

「今日のスープなにー?」

「なお兄、顔死んでるー」


「最後の誰だ今」


 振り向くと、店の入り口から小学生くらいの男子が三人、にやにやしながらこっちを見ていた。


 下町キッズである。


 先頭にいるのは、一番背が高くて、生意気そうな目をした茶髪のガキ。

 その後ろに、丸っこいのと、そばかすのある細いの。


「こいつら、近所の子。左からジン、ポポ、クルス」


「雑な紹介だな」


「なお兄、よろしくー」

「なんで兄ちゃんだけ“兄”つきなんだよ」

「ミリィがそう呼んでるからー」


 ジンというガキが、じろっと俺を見た。


「ふーん。こいつが噂の」


「噂?」


「ミリィとかけっこ引き分けたやつ」

「レオン兄と腕相撲引き分けたやつ」

「皿拭きでもミリィと引き分けたやつ」


「最後いらなくない!?」


 なんで広まってんだよ。


 いや待て。

 皿拭き勝負まで広まってるのはおかしいだろ。情報網どうなってるんだこの下町。


 ミリィはカウンターの奥で、なぜか得意げに胸を張った。


「木皿亭の名物だから」


「名物にすんな」


「えー、だって面白いし」


 ひどい言われようである。


 ジンはふんっと鼻を鳴らした。


「でもさあ。ミリィやレオン兄が手加減しただけじゃねえの?」


「だよなー」

「どう見ても普通だし」


「“普通”って言い方がいちばん刺さるんだが?」


 いや、普通なのはそうだ。

 自覚はある。めちゃくちゃある。


 だが、正面から普通だの弱そうだの言われると腹が立つのも事実だった。


 たぶんその顔に出たんだろう。

 ジンがにやっと笑った。


「じゃあ、試してやるよ」


 嫌な予感がした。


 ものすごくした。


「なにを」


「石投げ勝負」


「投げるな危ないだろ」


「違うって。あそこの樽に当てるんだよ」


 店の外、道の端に置かれた空樽を指さす。

 距離にして十メートルくらい。ガキの遊びとしては普通だ。


「先に三回当てた方が勝ち。いいだろ?」


 いいだろ、じゃないんだよなあ。


 俺は即答した。


「やらない」


「えー、なんでだよ」

「逃げるの?」

「兄ちゃん弱いの?」


「お前ら、その年で煽り性能高すぎない?」


 ミリィが横からひょいっと顔を出した。


「なお兄、こういうのムキになるタイプだよ?」


「お前ほんと俺のことよく見てるな!?」


「勝負だって言われるとすぐ顔変わるし」


 ぎくっ、とした。


 いやそれは、能力のせいでもあるんだけど。

 でもたしかに、元からちょっとムキになる自覚はある。


 ジンは腕を組んで、いかにも偉そうに言った。


「逃げるなら別にいいぜ? でも、ミリィに勝てない兄ちゃんが、俺に勝てるわけないよなー」


 こいつ。


 こいつ、わざと一番嫌な言い方を選んでるな?


 俺は数秒、天井を見た。


(受けるな。受けるなよ俺)


 心の中でそう言う。


 だが、口から出たのは別の言葉だった。


「……三回だな?」


「お、やるのかよ!」


「なお兄、ちょろい」


「うるさい!」


 店の前に、近所の連中がわらわら集まってきた。


 なにこれ。

 そんな見る?

 高校生とガキの石投げ勝負、そんなに見たい?


 第一投、ジン。


 ひゅっ、と投げた小石が、樽の縁に当たって軽い音を鳴らした。


「おおー!」

「ジンすげー!」


 ガキどもが盛り上がる。


「ほら、次兄ちゃん!」


 俺は地面の石を拾って、樽を見る。


 正直、こういうのは得意じゃない。

 部活でもボール投げ系はそこそこだった。


 でも相手は子どもだ。

 さすがに、負けるわけ――


「いけっ」


 投げる。


 かこんっ。


 樽の胴体に当たった。


「当たった!?」

「おお!?」

「なお兄もすご!」


 周囲がざわつく。


 俺自身が一番ざわついていた。


(いや、今ちょっと適当に投げたぞ?)


 なのに当たった。

 しかも結構いい音で。


 次、ジン。

 当てる。


 俺。

 当てる。


 ジン。

 当てる。


 俺。

 当てる。


「三対三!?」

「同時じゃん!」

「また引き分け!?」


 まただった。


 またギリギリだった。


「なんでだよ!!」


 思わず叫んだのは俺だった。


 ジンも目を丸くしている。


「な、なんで当たるんだよ兄ちゃん……」

「それはこっちの台詞だ!」


 周りがざわざわし始める。


「こないだの噂、本当だったのか?」

「いやでも、ジンと石投げまで互角って変じゃない?」

「木皿亭の兄ちゃん、なんかあるぞ」


 やめろ。

 そんな怪談みたいな扱いすんな。

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