第5話 腕相撲
「なお兄、がんばれー!」
ミリィは完全に楽しんでいた。
お前、絶対わざとだろ。
俺はレオンの向かいに座って、肘をつく。
でかい手だった。
剣を握ってる手だ。硬いし、腕も太い。
(いやいやいや、普通に考えて勝てるわけないだろ)
俺は一応、運動部だった。
でも腕力に自信があるタイプじゃない。陸上部だぞ。脚だよ脚。
対する相手は騎士見習い。
毎日剣振ってるんだろうし、腕相撲なんか勝てっこない。
なのに。
なんか勝負になりそうな気がするのが嫌だった。
「では、始めるぞ」
「おう」
「いち、にの、さん!」
ぎっ、と手に力が入った。
「……っ!?」
重い。
重いけど、折れない。
いや重い。めちゃくちゃ重い。
普通に押し込まれそうだ。
なのに、なぜか本当に押し込まれそうなところで止まる。
ぐぐぐ、と震えながら、ぴたりと止まる。
「な……っ?」
レオンの眉がぴくっと動いた。
「だろッ!?」
なんで俺が驚いてるんだろうなこれ!
「なお兄、すごっ」
「いや、すごくはない、すごくはないけど……っ、ぬおおおおっ……!」
押される。
でも押し切られない。
俺も押す。
でも押し切れない。
なんだこれ。
なんなんだこれ!
筋肉が悲鳴を上げている。
腕がちぎれそうだ。
なのに、テーブルの真ん中から全然動かない。
「おい、ほんとにただの行き倒れか、お前……!」
「俺が知りたいよっ……!」
ぐ、ぐぐぐぐぐ……!
店の中に、むさ苦しい声だけが響く。
端から見たらなんだこれ。
異世界転生して二日目の高校生が、食堂で騎士見習いと腕相撲してるだけである。
情けないにもほどがある。
だが、状況は情けなくても、内容は地獄だった。
「お、おおおおっ!」
「ぐっ……!」
一瞬だけ、俺が押した。
レオンの手首が少し傾く。
いける、と思った瞬間、今度は向こうが押し返してくる。
「うおおお、なんでだよ!?」
「それはこっちの台詞だ!」
完全に互角だった。
最終的に。
ばたんっ、と同時に力が抜けて。
俺たちは二人してテーブルに突っ伏した。
「……引き分け、だな」
「……そう、みたいだな……」
腕が終わった。
もう箸も持てる気がしない。
ミリィはきゃっきゃ笑っていた。
「すごーい! なお兄、ほんとに変だね!」
「変って言うな……」
「レオンもこんな顔するんだ」
「俺は今、自分の腕を疑っている……」
レオンは真顔だった。
いや、お前の腕はたぶん正常だよ。
おかしいのは俺の加護だよ。
俺はテーブルに頬をつけたまま、遠い目になった。
(だめだ……)
勝負を避ける。
方針としては正しかった。
でも周りが勝手に勝負を持ち込んでくる。
主にミリィが。あとこの騎士。
これでは回避しようがない。
するとレオンが、疲れた顔のまま口を開いた。
「……ひとつだけ言っておく」
「なんだよ」
「…次は走りで試す」
「やめろ」
「…あと剣も」
「やめろって言ってんだろ!」
「……勝負だな」
「だからその言葉を気軽に使うな!!」
ミリィが腹を抱えて笑った。
「なお兄、ほんと“勝負”って言葉にだけ反応よすぎ!」
「お前のせいだからな!?」
その日の昼。
俺は皿洗いをしながら、静かに決意した。
この店で平和に生き残るには。
まず最初にやるべきことはひとつ。
――ミリィから“勝負”という単語を禁止することだ。
なお、その決意はその日の夕方には破られることになる。
なぜなら、皿を洗い終えた直後にミリィが満面の笑みでこう言ったからだ。
「なお兄! 次はどっちが速く皿を拭けるか勝負――」
「もういい加減にしろ!!」
木皿亭の外まで、俺の叫び声が響いた。
たぶん、しばらくは慣れない。
というか、一生慣れる気がしなかった。
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