第2話 王都デビュー

 「ちょっ、え、えええええええええっ!?」


 落ちる。

 普通に落ちる。

 女神、初手から雑すぎるだろ!


 ばしゃあああああんっ!


 幸い、下は噴水だった。


 幸い……いや幸いか?

 死にはしなかったけど、全身びしょ濡れだし、思いきり鼻に水入ったし、めちゃくちゃ痛い。王都デビュー最悪である。


「げほっ、ごほっ、なにこれ……」


 周りの人たちがざわざわしていた。


「なんだ今の!?」

「空から人が!?」

「酔っ払いか?」

「いや落ちてきただろ!」


 やめろ。

 俺だって好きで落ちてきたわけじゃない。


 噴水から這い上がって、とりあえず人気の少ない路地まで逃げた。

 なんかすごい視線を感じたし、びしょ濡れ制服の高校生なんてどう考えても怪しい。


 それから数時間。


 俺は異世界の厳しさを思い知っていた。


「読めねぇ……」


 文字が読めない。

 言葉はなぜか分かる。そこは異世界特典っぽい。

 でも金がない。知り合いもいない。泊まる場所もない。腹も減った。


 王都の石畳はきれいだった。

 人通りも多かった。

 だけど、腹が減ってる時に見る屋台の肉の匂いは、もはや暴力だった。


「無理……腹減った……」


 陸上部で鍛えていたとはいえ、腹が減ればただの高校生だ。

 少し足の速い高校生だ。

 女神の評価が頭の中でリフレインして、ちょっとだけむかついた。


 ふらふら歩いて、路地の角でしゃがみこむ。


 やばい。

 このままじゃ異世界無双どころか、異世界野垂れ死に一話完結だ。


「……せめて、最初の町でもうちょっとイベントとか……」


「ちょっと」


 声がした。


 女の子の声だった。


「そこで死なれると困るんだけど」


 顔を上げる。


 夕焼けの路地の向こう。

 木の看板がぶら下がった、小さな食堂みたいな店の前で、ひとりの少女が腰に手を当ててこっちを見ていた。


 栗色の髪を後ろでまとめた、小柄な子だった。

 年下っぽい。

 でも目つきは妙にしっかりしている。


「うちの店の前なんだけど」


「いや、死ぬ予定は……」


「予定の話はしてないの。死にそうかどうかを聞いてるの」


「たぶん死にそうです……」


「正直!」


 少女はじっと俺を見た。


 それから、はぁ、とため息をついた。


「……しょうがないなあ。とりあえず入って」


「え?」


「ごはんくらいは出してあげる。あと、床でいいなら寝る場所もある」


 その言葉を聞いた瞬間。


 俺の頭の中で、天使がラッパを吹いた。

 いや女神はいたけど、あっちはちょっと信用ならないし。


「ほんとに?」


「ほんとに。ただしタダ飯じゃないからね。明日から働いてもらうけど」


「働きます!」


「即答だね……」


 少女はくすっと笑った。


「じゃ、決まり。私はミリィ。ミリィ・ベルナ。ここ、木皿亭の看板娘」


 そう言って、くるっと店の扉を開ける。


 中からは、温かいスープの匂いがした。


 その匂いだけで泣きそうになった俺に、ミリィは振り返って言った。


「ほら、ぼさっとしない。勝負は早い者勝ちだよ?」


「え?」


「席につくのと、スープ冷めるの、どっちが先か勝負ってこと」


「そんな勝負ある!?」


「あるよ。ほら、早く!」


 なんなんだこの子。


 そう思いながらも、俺は立ち上がった。


 この時の俺はまだ知らなかった。

 その一言が、俺の異世界人生をめちゃくちゃにする最初の合図だったなんて。


 ――そしてたぶん、これから先。

 俺は何度も思うことになる。


 もっと普通のチートがよかった、と。

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