紙一重の英雄譚 〜楽勝できないチートで異世界最強に食らいつく〜

かなはし

第1話 勝負とか聞いてない

 人は死ぬ瞬間、人生が走馬灯みたいに見えるらしい。


 あれ、たぶん嘘だ。


 少なくとも俺には見えなかった。


 見えたのは、夕方の横断歩道と、転がってきたサッカーボールと、やばい速度で突っこんでくるトラックのヘッドライトだけだった。


「うわ」


 と思った時には遅かった。


 避けようとはした。

 そこは一応、陸上部だ。脚力にはそこそこ自信がある。クラスでも足は速い方だったし、反射神経も悪くない。少なくとも、自分ではそう思っていた。


 でも、無理なものは無理だった。


 ドン、とか。

 グシャ、とか。

 そういう嫌な音がして。


 次に気づいたら、俺は真っ白な場所に立っていた。


「……え?」


 床も白い。天井も白い。壁も白い。

 なんだここ。病院? いや病院ってこんなRPGのイベント部屋みたいな感じだっけ。


 しかも目の前には、いかにもな美人がいた。


 銀色の長い髪。なんかふわっと光ってる服。頭の上には輪っかみたいな装飾。

 すごい。

 めっちゃ女神っぽい。


 いや、女神っぽい人なんて人生で見たことないけど。


「お目覚めになりましたか、がらさん」


「え、はい」


「私はティゼリア。均衡を司る女神です」


「うわ、本当に女神だ」


「はい」


「そういうのって、もうちょっとこう……段階踏んで言いません?」


「必要ですか?」


「いや、いきなり現実を殴ってこないでほしいというか」


 女神様――ティゼリアは、にこりと笑った。


 うん。美人だ。

 でもなんか、笑顔がちょっとだけ腹立つ。なんでだろう。


「まず結論からお伝えします。あなたは死にました」


「ですよねー!」


 知ってた。

 なんとなく知ってたけど、やっぱりショックはショックだ。


「なお、死因については天界側の手違いが一部関係しています」


「おい」


「正確には、複数の因果が重なった結果です」


「それ、ふわっと言い換えてるだけじゃないですか?」


「細かい説明をすると長いので省略します」


「そこ省略していいんだ……」


 いや、よくないだろ。

 でも相手は女神である。文句を言ってもトラックは避けられない。

 たぶん。


 ティゼリアは片目を細めた。右目だけ金色に光って、ちょっと神様っぽさが増した。いや最初から十分神様っぽいけど。


「お詫びとして、あなたを別世界へ転生させます」


「異世界転生ってやつですか?」


「はい」


「うわー、急にラノベみたいになってきた……」


「あなたの認識で言うなら、そうですね」


 来た。

 異世界転生である。


 死んだのは最悪だが、異世界転生と聞くと少しだけテンションが上がるのは男として仕方ないと思う。

 だってあれだろ。剣と魔法の世界で、なんかすごい能力をもらって、無双して、周りから「なんだあいつは!?」とか言われるやつだろ。


 俺だって高校二年生だ。

 そういうのに憧れないわけがない。


「それで、その……加護とか、もらえたり?」


「ええ。ひとつ授けましょう」


 きたきたきたきた。


 俺は思わず身を乗り出した。


「火とか雷とか出せます?」


「出せません」


「剣聖とか」


「違います」


「鑑定」


「違います」


「アイテムボックス」


「違います」


「えぇ……」


 なんだよ。

 じゃあ何くれるんだよ。ここまで来て農業適性とか言われたら泣くぞ俺。


 ティゼリアは、すっと人差し指を立てた。


「あなたに授けるのは、《均衡の祝福》」


「きんこう」


「誰かがあなたに明確な勝負を挑み、あなたがそれを受けた時、その勝負に限り、相手との実力差は紙一重まで圧縮されます」


「…………はい?」


 何を言っているのかわからなかった。


 たぶん、向こうもそれはわかっていたんだろう。

 女神様は親切な感じの顔で、もう一回説明してくれた。


「つまり、相手がどれほど格上であっても、勝負になれば一方的には負けません」


「おお」


「ただし、あなたも一方的には勝てません」


「ん?」


「必ず、ギリギリになります」


「んん?」


「紙一重です」


「いやそれ弱くないですか?」


「弱くはありません」


「いや、かなり嫌なんですけど」


 だってあれだろ?

 毎回死ぬほど苦戦するってことじゃないか。

 なんだその、見た目だけ熱い能力。


「もっとこう、ふつうに強いのはないんですか?」


「ありません」


「即答だ」


「あなたには、これが最もふさわしいので」


「なんで?」


「あなた、勝負事になると無駄に本気になるでしょう」


「ぐっ」


 心当たりがあった。


 たしかに俺は、ふだんは別に目立たない。

 でも体育祭とか、球技大会とか、そういう時だけ妙にムキになるタイプだった。いや男なら普通だろ。たぶん。


「安心してください。最強にはなれませんが、最強に一方的に踏み潰されることもありません」


「その言い方、安心できる要素あります?」


「あります」


「どこに?」


「ロマンが」


「ふわっとしてんなぁ……!」


 思わず叫んだ瞬間、ティゼリアがふわりと笑った。


「ひとつ忠告を。均衡は、楽を意味しません」


「いやもうそれは分かってますよ。説明の時点で嫌な予感しかしなかったし」


「それと、勝負でなければ普通です」


「普通?」


「ええ。あなたは基本的に、少し足の速い高校生です」


「いや、そこはちょっと盛って?」


「盛りません」


 ひどい。


 せめて“身体能力に優れた若き戦士”くらいの言い方はしてほしかった。

 少し足の速い高校生ってなんだ。現実味がすごい。


「では、行ってらっしゃい」


「え、待ってください心の準備が――」


「大丈夫です」


「なにが!?」


「死ぬほどではありません」


「いやもう一回死ぬのは困るんですけど!?」


 視界が白く弾けた。


 うわ、雑!

 送り出し方が雑!


 そう思った次の瞬間、身体がふっと浮いた。


 風。

 空。

 石造りの建物。

 赤い屋根。

 なんかすげえでかい城壁。


「……は?」


 異世界だった。


 いや、ほんとに。


 うわ、すご。

 王都っぽい。めちゃくちゃ王都っぽい。ファンタジーの王都って感じだ。

 でも感動してる場合じゃなかった。


 なぜなら俺は今、空から落ちていたからだ。

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