0部 4話

6ヶ月が過ぎたときだった。


最近のアカスはエテアの部屋で、彼女に自分が最近学校で習っているバイオリンを弾いて聴かせていた。



文字を覚えてからは、分厚い本や新聞のような退屈なものばかりを読んで自分を相手にしないエテアの関心を引こうと考え出した、アカスの策だった。





エテアは冷静で静かな態度を保ち、彼とずっと距離を置いていた。だが一度、アカスが自分の部屋でバイオリンを練習していたとき、エテアがそれを聞きつけて先に部屋を訪ねてきたことがあった。




いつも憂鬱で無表情だったエテアが、初めて自分から近づき、興味を見せて驚いたような表情を浮かべたことに、「これだ」と確信したアカスは、バイオリンを弾き終えた後に彼女に言った。




「エテア、どう? これがバイオリンだよ」


「バイオリン……」



「他の曲も聴かせてあげる」


「うん……」




普段ならエテアから多様な反応と返事を得ようといくつも質問を投げかけていたアカスだったが、そのときだけは彼女から肯定の言葉を一つ聞いただけで、それ以上何かを語らず、別の曲を弾いて聴かせた。



それ以来、彼は先に本を読んでいるエテアの部屋に静かに入っては、彼女が好きそうな音楽を慎重に演奏した。



そのときばかりは、エテアも彼に「どこか他で遊んで」と言ったり、無理やり相手の反応に合わせようとする態度を見せることはなかった。



本を読んではいるが自分の演奏に集中しているのだと確信し、アカスは無理に何かを尋ねることもせず、慎重に彼女の心を探ろうとした。





やがて彼女が本を閉じ、目を閉じて演奏に集中する姿を見せるようになると、アカスは彼女にどう近づけばいいのかを自ずと理解できた。




「アカス……お兄ちゃん。私にバイオリンを弾いて……」



そのときからエテアは彼を「お兄ちゃん」と呼ぶようになり、アカスも彼女を妹として扱い始めた。






彼女は悪夢を見たといって眠れぬ夜中に彼を起こし、バイオリン演奏をねだったこともあった。


一日中部屋に閉じこもっている憂鬱なエテアのために、彼女が使う2階の部屋から見下ろせる風景の中、緑の木の下でバイオリンを演奏して彼女を外へ呼び出したこともあった。




エテアはその演奏を聴くために、喜んで憂鬱な気分や古い記憶を忘れてアカスのもとへ向かった。



涼しい木陰で、湧き上がる雲や高く青い空を見上げながら演奏を堪能したエテアは、涙を流しながら昼寝をし、彼の背中に負われて家に帰ることもあった。




二人が外で過ごす姿を見かねて、空腹を心配した母親が籠に軽食を詰め、ピクニックに出かけたこともあった。






アカスは美しく青い緑が広がる丘を特に気に入っていた。




また、名前も知らない鮮やかな赤い花が絨毯のように敷き詰められた場所を見せるなど、自分が好きな風景をエテアと分かち合った。






エテアは彼について流れる小川に足を浸してみたりした。それまで全く見ることのなかった風景と一体となり、肌で直接感じ、目で見ることは、彼女にとって次元の異なる経験だった。




あるとき、アカスが彼女の掌に小さな何かを乗せた。


エテアがそっと掌を広げると、そこには親指サイズの緑色のカエルが這い回り、彼女の手をくすぐっていた。






「カエルだよ」


「……」





「不思議じゃない? こんな小さな生き物が、生きて動いているなんて」


「……うん」






「どう、綺麗でしょ? 連れて帰って飼おうか」


「ううん。自由に放してあげてほしい」





「そう? じゃあそうしよう」




アカスは構わないというように軽く言って頷き、再び小川に足を浸して歩き回った。エテアは彼がくれた小さなカエルを長い間見つめていた。





カエルは掌から手首へ、さらに手の甲へとゆっくりと這い回り、くすぐったくも湿った感触がそのまま伝わってきた。



やがて彼女は、鬱蒼とした草むらに向けて丁寧に逃がし、周囲を見渡した。




森の奥から鳥の鳴き声がかすかに聞こえ、アカス以外の人影はどこにもなかった。





『……』



エテアは魚に夢中になっているアカスを見ながら、今が好機だと思った。



彼女はたとえ幼くとも、誰かを追い、逃げ、害するような訓練を、命がけで身につけてきた。




もし今、ここで逃げようと決意すれば、彼女を止めることは誰にもできないはずだった。



だが……。




「エテア? 何してるの?」



「ううん、お兄ちゃん」



「そう? ……お兄ちゃんが魚を捕まえてあげるから。少しだけ待ってて。お腹空い

たでしょう?」




「何でもいいよ」



エテアは小さく溜息をつき、あの純真な笑顔を見ながら、自分の境遇を再確認するしかなかった。





『これが、普通の人が育つ環境というものなんだ……。』



『私とは全く関係のない風景だ。』



『ママとパパは、どうして私を捨てたんだろう? 実はそれも、少し考えればすぐに

答えが出る。』





『ただ私を売ってしまっただけのことだ……。』






『……もし私が普通のママとパパに出会っていたら、こんなふうに生きられたのかな……。』




『私がまた、こんな人生に戻れる日が来るのだろうか……わからない……。』




『私は、馴染めない……。』




…………











結局エテアは、1年が経った日、これまで世話をしてくれたことへの感謝を伝え、その家を離れる決意をした。



自分を慈しんでくれた彼らを直視することができず、うつむいたまま静かに言葉を伝えた。





「たくさんのことを教えてくださって、ありがとうございます……本心です。それじゃあ、さようなら……」




エテアは何も持ち出さなかった。



身につけている服はアカスの母親が買ってくれたものであり、最後だと思って自ら掃除した部屋は、誰が使ってもいいほど綺麗に整頓されていた。




この家で過ごした1年間で多くのことを知り、命をつないだだけでも幸運であり、それ以上に他の人生を歩めるかもしれないという希望を与えてくれた全てだった。






しかし、彼女にはやらなければならないことがあった。



何から手をつければいいのかも分からなかったが、この家に留まるより、直接行動を起こすことが正しいと直感していた。



それこそが彼女が生き抜いてきた道でもあった。





あそこに閉じ込められていた時、他の者たちは与えられた環境と人生を受け入れ、それ以外のものを見ようとしなかったが、エテアは唯一、疑問を抱いて籠の外の世界を見ようとしていたのだから。




むしろ、1年間も留まったことの方が、自分でも不思議なほどだった。




しかし、今こそ離れる時だと決意した。


自分は人を害し、それを当然としてきた者たちの一人であり、人間ではなく、汚らわしく醜い何かに過ぎないと思っていた。



そんな自分が、これほど純粋で綺麗な人々の間にいてはならないと考えたのだ。それは、もしかしたら本能だったのかもしれない。




自分を最後まで説得しようとする彼の両親の涙声を聞いて心が揺らぎそうになり、無理やり頭を下げて挨拶をして家を出た。



その道中、訓練所から命がけで脱出した時とは違い、体に傷もなく、重い剣も持っていなかったが、両足はまるで何かに縛られているかのように千斤の重さがあった。



青い空が忌々しく、見ることさえ嫌でうつむくしかなかった。




下唇を噛み締めながら涙をこらえていると、後ろから誰かが急いで走ってくる足音が聞こえた。



反射的に振り返ると、アカスが追いかけてきていた。アカスは彼女を強く抱きしめ、歩みを止めさせた。





「エテア、僕たちと一緒にいようよ。僕の妹でいて。家族として一緒に過ごそう、ね? ママもパパも、君にいてほしいって……ねえ? どうして僕たちのそばから離れ

なきゃいけないの? 一緒にいることはできないのかい? ……」


「……」





エテアはその言葉を聞いて、どうしてなのかという疑問が湧いた。


アカスなら自分を止めてくれるだろうと予想はしていたが、その理由を問いかける勇気がなかった。




どうか引き止めてほしいと願っていた自分を自覚したが、そんな自分が利己的に思えた。


いつも行動が先走る彼女だったが、彼を抱きしめる彼の手の温もりが首元まで込み上げる涙を誘った。







「一緒にいよう、エテア! 君は僕の妹だ。お兄ちゃんって呼んでくれたじゃないか! なのに、どうして妹がお兄ちゃんを置いていくんだ? ねえ……」


「……」




『ただ言われたことだけをして生きて、見たいものだけを見て生きていればいいんじゃないの? 双剣ちゃん。


なぜそうやって他の何かを見ながら生きようとするの? 私たち、本当に君のことが理解できないよ……』




かつて訓練所で同期から言われた言葉が蘇った。



アカスを突き放す力など湧いてこず、彼が伝える温もりに、凍てついた心が溶けていくようだった。彼女は結局、無意識のうちに彼を強く抱きしめた。そこへ、彼の両親が歩み寄ってきた。




「エテア、私たちと一緒にいておくれ。私たちに聞きたいことがたくさんあるのでしょう? それを全部知るまでは、離れるのは早すぎるのではないかい?」



「はい……」


「今日からは私をママと呼び、あの人をパパと呼ぶのよ。アカスが君を妹だと思い、

君もアカスを兄だと慕うなら、それが当然の道理でしょう。私たちがもう家族であることは、君も感じているはずだ」



「……はい。ママ、パパ……そして、お兄ちゃん」


アカスの母親までが二人を抱きしめて静かに言った時、エテアはやっと頷くことができた。



なぜこの温もりを、自分から振り払おうとしていたのか。エテアは混沌とした頭の中を整理し始めた。




『そうね。まずはここで学んだことを考えれば、私はまだ足りない。この家族に留ま

って、もっと多様なことを学んだあとで逃げ出せばいい。』



『やっぱり……あの訓練所で私が考えていたことは正しかった。』



『剣を少しかじったくらいで世の中が変わるなら、とうの昔に変わっていたはずだ。私の考えは間違っていなかった……。』



『今すぐは、ここに留まることが安全だから、遥かに優れた選択だ。そのあとで離れても全く遅くない。』



『ママ、パパと呼べだなんて……笑わせる。私は本当の家族じゃないのに……。』



『理由も突き止めよう。なぜ私を家族として受け入れると言ったのか……その理由だけは……。』



『そうしたあとで……。そうしたあとで、本当に離れていこう。1年あれば十分だ……。』



『私は……この人たちとは馴染めない……。』






...




だが、その日の夕食の席で、アカスがいつも通りに見せる他愛のない冗談に、エテアは初めて明るく笑いを見せた。


ちょうど1年が経った日、エテアはその短い一日の間に、泣くことも笑うことも全てやり遂げたのだった。

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