■「好きな人」

 雨宮もかは、ずっと勘違いしていた。


 世界は怖い。


 人は自分を嫌う。


 だから隠れなきゃいけない。


 そう思っていた。


 でも。


 本当は違った。


 壁を作っていたのは、自分だった。





「もかー!」


 昼休み。


 教室の真ん中から、大声。


 もかはびくっと肩を震わせる。


 でも以前みたいに怯えたりはしなかった。


「またパン買いすぎたー!」


「……それ毎日言ってません?」


「今日は偶然!」


「昨日も聞きました」


 クラスから笑いが漏れる。


 ひかりは「うっ」と詰まる。


 かなえが横から茶々を入れる。


「それ、ただの餌付け失敗だろ」


「違うし!」


「じゃあなんで毎回もかちゃんの好きそうなの買ってんの?」


「うるさい!」


 騒がしい。


 でも。


 嫌じゃない。


 もかは小さく笑う。


 その瞬間。


「笑った!!」


 ひかりが即反応。


「かなえ今の見た!?」


「もう一日三回は見てる」


「かわい……」


「声漏れてるぞ変態」


 教室がまた笑う。


 もかは顔を赤くしながら、少しだけ思う。


 こんなふうに笑う日が来るなんて、知らなかった。


 しかも最近。


 状況がおかしい。


「もかちゃん今日も目綺麗じゃん……」


「わかる」


「え、横顔やば」


「髪耳にかけてるの反則」


 以前、陰口を言っていた女子たち。


 今では完全に様子がおかしくなっていた。


 特にリーダー格。


 桐谷美咲。


 最近、もかを見るたびに挙動不審になる。


「も、もかちゃんそのピンかわい……いや、前から思ってたけど目ほんと綺麗……」


「……ありがとう、ございます」


「うっ」


 美咲、撃沈。


 顔を押さえて崩れ落ちる。


 周囲が騒ぐ。


「またやられてる」


「もかちゃん強すぎ」


 ひかりが即座に間へ割り込む。


「ちょっと!! 距離近くない!?」


「えー別にー?」


「もかちゃんはみんなの癒しだし?」


「ダメ!!」


 完全防御姿勢。


 もかを背中へ隠す。


 かなえはその光景を見ながら、呆れたように笑った。


「なんでお前が彼氏ポジなんだよ」


「彼氏じゃないし!」


「でも独占欲すごいぞ」


「うっ……」


 図星だった。


 ひかりはわかりやすすぎる。


 もかが誰かと喋るだけでソワソワする。


 距離が近いと割り込む。


 視線が向くだけで気にする。


 かなえは肩を竦めた。


 そして。


 その背中から少しだけ顔を出しているもかを見る。


 前髪は、もう完全には下りていない。


 ピンで留められた髪。


 見える碧眼。


 クラスメイトと喋る時も、以前ほど怯えない。


 少しずつ。


 本当に少しずつ。


 世界と繋がっている。


 かなえは思う。


 ああ。


 ちゃんと変わったんだな、と。





 放課後。


 窓から夕陽が差し込む教室。


 かなえは机に頬杖をつきながら、ぼーっと二人を見ていた。


「もか帰ろー!」


「……まだ本、片付いてなくて」


「待つ!」


「いや即答……」


 もかが困ったように笑う。


 その顔を見て。


 ひかりも嬉しそうに笑う。


 かなえは鼻で笑った。


 ほんとわかりやすい。


 でも。


 それでいいと思った。


 朝比奈ひかりは、ずっと誰かのために笑っていた。


 クラスのため。

 空気のため。

 周りのため。


 なのに今は。


 一人の女の子が笑うだけで、あんな顔をする。


 かなえは、その変化が嬉しかった。


「かなえさん?」


 もかが首を傾げる。


「なに笑ってるんですか」


「んー?」


 かなえは二人を見る。


 小さくて、静かな女の子。


 うるさくて、真っ直ぐな女の子。


 その距離は、もう最初とは全然違っていた。


「いや」


 かなえは笑う。


「青春だなーって」


「またそれ!」


 ひかりが抗議する。


 もかが小さく笑う。


 夕陽が差し込む教室。


 騒がしい声。


 笑い声。


 かなえは、その光景を眺めながら思う。


 たぶん。


 この教室は、もう大丈夫だ。


 もかは隠れなくていい。


 ひかりは、自分の幸せを掴める。


 そして自分は。


 そんな二人を、少し後ろから見ているくらいが丁度いい。


 かなえは伸びをする。


「さて」


「ん?」


「帰るぞ、バカップル予備軍」


「だから違うって!!」


 真っ赤になるひかり。


 もかも顔を赤くして俯く。


 かなえは笑った。


 ああ、本当に。


 面白いくらい、幸せそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る