■「好きな人」
雨宮もかは、ずっと勘違いしていた。
世界は怖い。
人は自分を嫌う。
だから隠れなきゃいけない。
そう思っていた。
でも。
本当は違った。
壁を作っていたのは、自分だった。
◇
「もかー!」
昼休み。
教室の真ん中から、大声。
もかはびくっと肩を震わせる。
でも以前みたいに怯えたりはしなかった。
「またパン買いすぎたー!」
「……それ毎日言ってません?」
「今日は偶然!」
「昨日も聞きました」
クラスから笑いが漏れる。
ひかりは「うっ」と詰まる。
かなえが横から茶々を入れる。
「それ、ただの餌付け失敗だろ」
「違うし!」
「じゃあなんで毎回もかちゃんの好きそうなの買ってんの?」
「うるさい!」
騒がしい。
でも。
嫌じゃない。
もかは小さく笑う。
その瞬間。
「笑った!!」
ひかりが即反応。
「かなえ今の見た!?」
「もう一日三回は見てる」
「かわい……」
「声漏れてるぞ変態」
教室がまた笑う。
もかは顔を赤くしながら、少しだけ思う。
こんなふうに笑う日が来るなんて、知らなかった。
しかも最近。
状況がおかしい。
「もかちゃん今日も目綺麗じゃん……」
「わかる」
「え、横顔やば」
「髪耳にかけてるの反則」
以前、陰口を言っていた女子たち。
今では完全に様子がおかしくなっていた。
特にリーダー格。
桐谷美咲。
最近、もかを見るたびに挙動不審になる。
「も、もかちゃんそのピンかわい……いや、前から思ってたけど目ほんと綺麗……」
「……ありがとう、ございます」
「うっ」
美咲、撃沈。
顔を押さえて崩れ落ちる。
周囲が騒ぐ。
「またやられてる」
「もかちゃん強すぎ」
ひかりが即座に間へ割り込む。
「ちょっと!! 距離近くない!?」
「えー別にー?」
「もかちゃんはみんなの癒しだし?」
「ダメ!!」
完全防御姿勢。
もかを背中へ隠す。
かなえはその光景を見ながら、呆れたように笑った。
「なんでお前が彼氏ポジなんだよ」
「彼氏じゃないし!」
「でも独占欲すごいぞ」
「うっ……」
図星だった。
ひかりはわかりやすすぎる。
もかが誰かと喋るだけでソワソワする。
距離が近いと割り込む。
視線が向くだけで気にする。
かなえは肩を竦めた。
そして。
その背中から少しだけ顔を出しているもかを見る。
前髪は、もう完全には下りていない。
ピンで留められた髪。
見える碧眼。
クラスメイトと喋る時も、以前ほど怯えない。
少しずつ。
本当に少しずつ。
世界と繋がっている。
かなえは思う。
ああ。
ちゃんと変わったんだな、と。
◇
放課後。
窓から夕陽が差し込む教室。
かなえは机に頬杖をつきながら、ぼーっと二人を見ていた。
「もか帰ろー!」
「……まだ本、片付いてなくて」
「待つ!」
「いや即答……」
もかが困ったように笑う。
その顔を見て。
ひかりも嬉しそうに笑う。
かなえは鼻で笑った。
ほんとわかりやすい。
でも。
それでいいと思った。
朝比奈ひかりは、ずっと誰かのために笑っていた。
クラスのため。
空気のため。
周りのため。
なのに今は。
一人の女の子が笑うだけで、あんな顔をする。
かなえは、その変化が嬉しかった。
「かなえさん?」
もかが首を傾げる。
「なに笑ってるんですか」
「んー?」
かなえは二人を見る。
小さくて、静かな女の子。
うるさくて、真っ直ぐな女の子。
その距離は、もう最初とは全然違っていた。
「いや」
かなえは笑う。
「青春だなーって」
「またそれ!」
ひかりが抗議する。
もかが小さく笑う。
夕陽が差し込む教室。
騒がしい声。
笑い声。
かなえは、その光景を眺めながら思う。
たぶん。
この教室は、もう大丈夫だ。
もかは隠れなくていい。
ひかりは、自分の幸せを掴める。
そして自分は。
そんな二人を、少し後ろから見ているくらいが丁度いい。
かなえは伸びをする。
「さて」
「ん?」
「帰るぞ、バカップル予備軍」
「だから違うって!!」
真っ赤になるひかり。
もかも顔を赤くして俯く。
かなえは笑った。
ああ、本当に。
面白いくらい、幸せそうだ。
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