■もかの場合:「見える世界、見られる世界」
雨宮もかは、鏡が苦手だった。
映るから。
自分の目が。
青い目。
ずっと隠してきた。
隠していれば、何も言われない。
見られなければ、怖くない。
だから髪を伸ばした。
だから俯いた。
だから目立たないように生きてきた。
なのに最近。
少しだけ。
前髪を上げてみようかな、と思ってしまう。
原因はわかっていた。
「もかー!」
うるさい人。
朝比奈ひかり。
◇
朝。
洗面台の前。
もかは小さなヘアピンを持っていた。
「……むり」
一回戻す。
でも。
脳裏に浮かぶ。
『目、綺麗だった』
『宝石みたい』
心臓が変になる。
「……変な人」
小さく呟く。
それでも。
ほんの少しだけ。
前髪を横へ流してみた。
碧眼が見える。
怖い。
でも。
完全には戻さなかった。
◇
教室。
ガラ、と扉を開ける。
いつもより視線が怖い。
落ち着かない。
早く席へ行こう。
そう思った瞬間。
固まる。
「…………え」
教室の真ん中。
朝比奈ひかりが、停止していた。
口が開いている。
その横でかなえも目を丸くしていた。
しまった。
やっぱり変だった。
戻そう。
慌てて前髪を下ろそうとした瞬間。
「いや待って!?!?」
ひかりが叫んだ。
教室中がびくっとする。
「え!? ちょ、なに!?!?」
ものすごい勢いで駆け寄ってくる。
もかは後ずさる。
「もか!!」
「は、はい……!?」
「めちゃくちゃかわいい!!」
教室、静止。
もか、停止。
ひかりだけ大騒ぎ。
「かなえ見た!? 目!!」
「見えてる見えてる」
「いや綺麗すぎん!?」
ひかりが興奮している。
なぜか。
本当に、なぜか。
自分のことみたいに誇らしげだった。
「前から思ってたけどやっぱやばいって!!」
「ひ、ひかりさん……」
「ほら見てよみんな!」
なぜ広める。
もかは真っ赤になる。
かなえが吹き出した。
「なんでお前が自慢げなんだよ」
「だって綺麗だろ!?」
「お前の目じゃないんだわ」
「でももかのだし!」
「それもっと意味わかんない」
教室から笑いが漏れる。
でも。
以前みたいな嫌な視線じゃなかった。
「え、普通に綺麗じゃん」
「めっちゃ透明感ある」
「ハーフっぽい」
「いいなぁ」
そんな声。
もかは呆然とする。
否定されない。
怖がられない。
それだけで。
世界が少し変わって見えた。
その時。
ふと視界に入る。
教室の端。
以前、陰口を言っていた女子たち。
目が合う。
もかの心臓が跳ねた。
怖い。
でも。
今日は、逃げたくなかった。
もかは小さく息を吸う。
そして。
トテトテ歩き出した。
「あ」
ひかりが固まる。
「もか?」
かなえも眉を上げる。
向かう先。
陰口グループ。
「えっ」
「ちょ、もかちゃん!?」
慌てて二人がついてくる。
でも。
もかは止まらなかった。
女子たちの前まで来る。
小さい。
でもちゃんと立つ。
そして。
ぺこり、と頭を下げた。
「あの……」
声が震える。
「怪我……大丈夫、ですか」
女子たちが固まる。
「……え?」
「私のことで……怪我させて、ごめんなさい」
静まり返る。
もかは怖かった。
足が震える。
でも。
逃げたくなかった。
その時。
リーダー格の女子と目が合った。
碧眼。
真正面。
女子は、呆然としていた。
吸い込まれるみたいに。
見つめてくる。
もかが不安になりかけた瞬間。
「……っ、あ!」
女子がハッとする。
「いや、その! 大丈夫だし!」
慌てて手を振る。
「別に気にしてないし!」
でも。
目は離れていなかった。
青。
綺麗で。
静かで。
思わず見惚れてしまう。
そんな目だった。
もかは少し戸惑う。
すると。
後ろから。
「だろ?」
なぜか誇らしげな声。
ひかりだった。
腕を組み、ドヤ顔。
「もかの目、綺麗なんだよ」
「いやだからなんでお前が自慢げなんだよ」
かなえが即ツッコむ。
教室から笑いが起きる。
もかはその音を聞きながら。
少しだけ。
本当に少しだけ。
前髪を上げたままでいてもいいのかもしれない、と。
初めて思えた。
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