第4話 半吸血鬼としての変化

 朝から美緒にSNSのショートメッセージでタワマンのロビーで待つよう言われ、俺は大人しくロビーに置いてあるソファに座っていた。

 美緒を待っている間に考える。

 あの千葉さんの去り際の一言といい、昨日のメモといい、VSCにはなにかあるのか? でも、自衛隊の派生組織なら公務員のはずだろう。なら、おかしなことはしないんじゃ?

 腕を組みながら考えていると「ごめん、ごめん」と聞き覚えのある声がした。

 声の方を向くと走ってきたのか息を切らしている美緒がいた。

「呼び出しといて、遅れるなよ」

「ちょっと髪の毛のセットに時間がかかって。ほら、今のあたしって鏡には見えないじゃん。だから、その遅れちゃった」

「まあ、女子は身だしなみが大事だからな。そういう事情なら仕方ないか」

「ほんと待たせるつもりはなかったんだ」

 美緒は息を整えて、それから俺をジッと見る。

 頭から足先まで全身を見渡す。

「なんだよ、なにか気になる事でもあるのか」

「いや、零は変わんないなと思って」

「そういうお前もな」

「ほんと!? よかったぁ……」

 途端に笑顔になる美緒。

 なんだよ、こいつ。いったいどうしたってんだ?

「あたしたちさ、吸血鬼になったんだよね」

「正確には半吸血鬼らしいけどな」

「どっちでもいいよ。人間から化け物になったってことでしょ。あたし、自分が変わったんじゃないかって思って。でも、鏡が見れないから確認できなくって」

「安心しろ、美緒は変わってない。……あっ」

 ニッコリと笑う美緒の口を見て、気付く。

 変わっている部分があったのだ。

 俺は美緒の元まで近づき、美緒の口を両手で開く。

「いひなり、なにふんの」

「美緒、お前犬歯が伸びてるぞ」

 これも吸血鬼になった証なのだろうか。

 美緒の犬歯はうっすらと伸びていた。

 俺は両手を戻し、ポケットに入れてあったハンカチでよだれを拭いた。

「ど、どれくらい? 友達にも気付かれるほど?」

「ちょっと気になるくらいだから大丈夫だ」

 そう言って、俺も自分の犬歯を触る。

 伸びている。たぶん、美緒と同じくらいには。

「うそっ、これ以上伸びるのかな。友達に嫌われたらどうしよう」

「さあ、それは俺にも……。そうだ、小笠原さんと千葉さんに聞いてみよう」

「誰?」

「VSCの人だよ、SNSで連絡先を交換したんだ。あの人たちなら、知っているかもしれない」

 俺は小笠原さんにすぐショートメッセージを送った。

『犬歯はこれ以上、伸びるんですか? 美緒が心配してるんです』っと。

 返信は待つかと思ったけど、数秒後に返ってきた。

『半吸血鬼の君たちがこれ以上伸びることはない』

 俺は美緒にスマホをすぐに見せる。

 不安を抱えていた美緒の表情に笑顔が戻る。

「よかったー。これ以上伸びたらどうしようかと思ったよ」

 一安心する美緒。

 俺も安心していると小笠原さんからのメッセージが続いていることに気付いた。

『君たちは太陽の下でも出歩けるし、にんにくも十字架も効かない。普通の食事だってできる。だが、吸血衝動はある。その時になったら、自分たちの力でなんとかしようとはせず我々に連絡すること』

 吸血衝動……。これって、人の血を吸いたくなるってことだよな。

 気を付けよう。

 うっかり、誰かの血を吸って吸血鬼にしてしまわないように。


 俺たちの学校は天王町区にある私立星ヶ丘高等学園というキラキラした名前の高校だ。俺達の住んでいるマンションから七駅くらい離れている。

 新設されたばかりで校舎が新しく、キャッシュレス対応の食券機や自販機などが置かれていて、全教室にエアコンが完備されている。廊下にはときどき掃除用の自動ロボットが掃除しにくる。日本ではありがちな掃除の時間がなく、清掃員の人が掃除してくれるので普通の高校よりも昼休みが長い。

 基本、制服での登校だが、なかった時は私服での登校も認められている。

 なにからなにまでハイテクな設備と自由な校風に心惹かれ、俺は入学を決意した。

 その星ヶ丘高校での初めての体力テストが行われた。

 俺はそこまで気乗りしなかった。

 なんせ、ただのオタクだ。深夜アニメと漫画とライトノベルを愛するこの俺が、こんな陽キャ御用達の体力テストイベントに参加したところで、結果なんてたかが知れてるってもんだ。

 そんな捻くれた思いを抱くほどに思い入れなんてなかった。

 でも、いざ始めてみると、身体がびっくりするほど軽く動いた。

 握力は計りの限界まで行き、上体起こしは三十秒以内で軽く五十回は超えて、持久走は千五百メートルを軽く一分で走り抜けた。

 えっ、俺こんな凄かったっけ?

 身体を触ってみると、物凄い筋肉質な身体になっている。

 無駄な脂肪がなくなり、運動に特化した身体になっていた。

 これも吸血鬼細胞の力ってヤツなのか。

 クラスの男子から英雄視されるのにそう時間はかからなかった。

「神室、お前すげえじゃん! 体力テスト、俺らの中でぶっちぎりで一位じゃん!」

「神室のこと侮ってたわ。やるじゃん、神室」

「お前がいれば体育祭でうちのクラス一位取れるぜ。うおっ、今から十月が待ちきれねえ!」

「なあ、俺らと友達になろうぜ。お前のこと興味わいたわ」

 教室に戻るまでにクラスの男子に次々と声をかけられる。

 今までボッチだったから、急に話しかけられておどおどしつつもどうにか「ああ、友達になろうぜ」と答えた。

 スマホでSNSの連絡先を交換し、一気に八人も友達が増えた。

 俺は自分の席に戻って急に増えたSNSの友達リストを見てにやける。

 うへへ、友達増えちゃったな~もう陽キャじゃん、俺。

 これも全部、吸血鬼細胞の力のおかげなんだろう。

 吸血鬼細胞を移植してくれた柳沢先生と持ってきてくれたアメリカに感謝だ。

 女子も男子の後に帰ってきて、美緒が賞賛されていた。

 男子と女子は別々でテストしてたから、結果は知らないがきっと美緒の方も俺と同じように凄い結果を出したんだろう。

 ただ、美緒は俺と違って顔が浮かなかった。

 なんだろう、なんだか疲れているように見える。

 美緒は席に戻って、スマホをいじり始める。

 それからすぐに、俺のSNSにショートメッセージが来た。

『放課後、二人だけで話したい』っと。

 一体、美緒になにがあったんだろう。


 放課後、俺は新しくできた友達に別れを告げつつ、教室に俺と美緒が二人きりになるまで残った。

 俺たち以外の最後の生徒が帰ると、美緒は俺の元までやってくる。

 机から立ち上がると美緒が急に抱きついてきた。

 おいおい、急にどうしたんだよ、美緒。

「あたし、もう我慢できないの」

 見ると、美緒の顔は赤く、はぁはぁと息を切らしていた。

 目は潤んでいて、色気があった。

 えっ、えっ、もしかしてこれってそういうこと?

 放課後の教室に二人っきりの男女がすることと言えば……。

 ゴクリと唾を飲み込む。

 俺、もしかしてここで大人になっちゃうんだろうか。

 美緒相手なら別にいいどころか、むしろ大歓迎なくらいだけど……。

 でも、初めてが教室でなんて……いいのか? 誰かに見つかったら?

 妄想が止まらない。

 だけど、美緒が放った言葉で現実に引き戻された。

「あたし、血が飲みたくって飲みたくって仕方ないの!」

「それって……」

 吸血衝動。今朝、小笠原さんがSNSのショートメッセージで俺に伝えてたことだ。血を吸いたいという吸血鬼としての本能の欲求が出たんだ。

 俺の方はなんともないが、美緒の方は思ったよりも深刻なようだった。

「さっきからね、クラスメイトがみんなご飯にしか思えないの。なんていうのかな、ステーキが歩いているとかそんな感じにしか思えない。みんなを見ているとね、どんどん血が吸いたくなるの」

「落ち着いて、一旦家に帰ろう。俺も一緒についているから。大丈夫、いざとなれば俺の血を吸えばいい。それくらいなら協力する」

「うん、ありがとう。こんなことになるなんて思ってもなかった」

 俺もこの事態に関しては完全に予想外だった。

 小笠原さんにこのことを報告しなくちゃ。

 俺はすぐにSNSで美緒の吸血衝動がやばいとショートメッセージを送った。

 自宅のタワマンの住所を送り、ここのロビーに来てほしいと。

 学校に呼び出すこともできたが、大事になるのが怖かった。

 半吸血鬼とはいえ、吸血鬼が世間にバレたらどんなことになるのかわからなかったからだ。

 美緒の肩に手を回しながら二人で一緒に帰る。

 電車に乗り、最寄りの駅に着いた時にはもう夜だった。

 急いで帰るため、近道の住宅街の方へと向かう。

 通りを歩いているときだった。

 周りの電灯が急に点滅し始めた。

「ねぇ、どうなってるの?」

「わからない。もしかしたら、電気の配線とかがおかしくなってるのかも」

 やがて、電灯が消える。

 月と星明りに照らされて、目の前に少女がいることに気付いた。

 腰まで届くような長い黒髪。不気味なくらい白い肌。妖しく光る赤い眼。歳は十四歳くらいに見える。俺たちより背丈は小さい。

「クヒヒヒ、そちらのお嬢さん。血を求めてるんじゃないかね」

 普通の人じゃない。

 俺は警戒心を最大にして、美緒を自分のもとに引き寄せる。

「あんたはいったい、何者だ?」


「私かい? 私は新月紅葉しんげつあかば。大した者じゃないよ、どこにでもいる吸血鬼さ」


 少女が笑って口元を見せる。

 歯の犬歯が俺たちより長く伸びていた。


「吸血鬼の子供たちよ。私たちが君たちに血を分けてあげようじゃないか」


 この口ぶりといい、あの長い犬歯といい、確信した。

 目の前にいるこいつは本物の吸血鬼だ。

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吸血鬼世界大戦<ヴァンパイア・ワールド・ウォー> 甲斐田悠人 @minamoto_ren

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