第1話 軽い気持ちは人を傷付ける
「は?今なんと……?」
「【聖乙女】を解体するよ、サズ。」
理解できないといった顔でサズが見つめる、華美な玉座に座る若い男こそ、【聖乙女】を画策したタリア国王の、パーシアスその人である。
周囲は人払いされており、サズはいつもと変わらずであったが、パーシアスはまるで古くからの友人に接するように穏やかな顔をしていた。
「何故ですか?まだ有用性は……」
「分かってる、何も否定しているわけじゃないんだ。」
「では?」
「彼女達は随分有名になった。【聖乙女】としてではなく、個々人が。それに粗方国の掃除は終わった。ならば、サズは無理だけど四人には各地に根差して貰いたい。
実力は確かだし、功績もある。爵位にでもついてもらおうかなってね。」
パーシアスの提案に思案するようにこめかみに指を当てる。
「………」
「ダメだろうか?」
「案自体はダメではないですが、カーラは冒険者のままを好むでしょう。無理強いをしては逆に他国に流れるかと。
ミケイトは元貴族ということで、本人は了承するでしょうし、血筋的にも問題はありません。ですが他の貴族がなんと仰るか。何せ、彼女はムシュフ家の傍流ですし。
クーニュはそもそも戦に負けて亡命してきた獣人の王家に代々仕える使用人の一族です。あちらの動向を伺う必要があるかと。
アマーロはそもそも貴族を嫌っているので、どう転ぶかは私にも分かりません。嫌がって隠れるか、その立場を悪用するか。どちらにせよ、良い結果にはならないかと。
総括して、提案する相手が悪いですね。」
「………サズの考えを一気にぶつけてくるの、久し振りだよ。ハァー、そうか。やはり最初に聞いておいて良かった。ありがとう。」
「いえ、情報収集も仕事なので。」
「ついでに、聞くけど、サズはどういう落としどころが良いかな?」
「ふむ………………
カーラは王家から勲章でも与えれば満足するでしょう。彼女は自尊心さえ満たされれば御しやすいので。
ミケイトには案通り貴族の地位を与えましょう。ですが、今ではありません。彼女には悪いですが、囮として王家に反感を持つ貴族を炙り出しましょう。そうすれば陛下が爵位を与えても、陛下自身が対処できるようになるでしょう。
クーニュの功績は亡命してきた獣人全ての功績とし、西の山間部、あそこを領地として与えましょう。現在は王都で慎ましく生活しているそうですが、獣人は短気で我慢ができないと聞きます。問題を起こす前にそちらに送りましょう。
アマーロはクーニュとなんだかんだと親しいので、同じく西の山間部に研究施設を建築すれば、嬉々としてそこに引きこもるでしょう。」
「あの、余が各地って言ったの忘れてる……?」
「忘れてなどいません。転々とするのはカーラ、王都には私とミケイト、西の諸国に睨みを利かせる為のクーニュ、アマーロ及び獣人。
抑止力としてつかうならば、これが宜しいかと。陛下の御懸念は魔王でしょうが、我々が属国となって五年。何か、不当の扱いを受けましたか?」
「む、むむむ………………」
サズの発言を深呼吸をして飲み込んだパーシアスは突如虚空に声かけた。
「聞いたな!サズの意見を採用する!」
柱の影から、紙とペンを持った文官が現れると、恭しく頭を下げて退室していった。
「………気付いてますので、隠さなくとも。」
「僕の気分の問題さ。」
本来の一人称になったパーシアスは、嬉しそうに微笑んだ。
「御注進!御注進に御座います!」
「ん?」
「何かあったのでしょう。」
すぐに扉が開かれると、兵士が一人、汗だくのままやって来た。
「こちら!パッシェ国からの書状なのですが!」
「む?魔王から?月に一回のやり取りなら前に……」
「それと使者が!もうグーア砦にて駐留しております!急ぎ返答と歓待の御準備を!入国を希望しております!」
「何!?」
「………」
パーシアスは玉座から腰を上げると、慌てたように口を開く。
「何故もっと早く言わん!」
「その使者殿がその書状を持っていたのですよぉ!」
理不尽な状況に兵士が涙目になる。
「ぐっ!これだから人の文明を理解しない魔族は……」
「陛下。」
パーシアスから漏れでる言葉を遮るサズ。
「す、すまぬ。軽率であった。
使者殿への書状は余自ら認める。故に、多少の遅れは気にすることはない!それよりもサズ!」
「はっ、すぐに準備に取り掛かります。失礼ですが、その使者はどんな方でしたか?」
「す、すみません!全身鎧で分かりませんでした!」
「承知しました。やれるだけのことはやらせていただきます。」
「うむ!久し振りにサズのメイド服が見れるというのに、こんな状況でなければ………!」
「早く動きなさい。」
呆れたようにパーシアスに向けて呟くと、サズは直ぐ様行動に出る。
しかし、パッシェ国の行動が理解できない。
自分には話が回っていないため、そこまで重要ではないか、急ぎの用件か。
「サ、サズ様!?どどどどうしてこちらに!?」
「話は後!今すぐ城の客間とテラスの掃除を!今から大事な御客様が参ります!」
「え、えぇ!?」
「動きなさい!あなたにメイド長を任せてもう二年は経っているでしょう!」
「ご、ごめんなさぁい!」
まだ若いメイドは慌てて他のメイドに指示を飛ばす。
「とりあえず通るとこだけ良くしておけば問題はない。…………待て、急で陛下はきっと緊張するだろうし、食事を提供するべきか!」
閃いたサズは調理場に飛び込み、自分の知る全身鎧の魔族の代表者達の食べられない物を羅列していく。
「……今言った食材は使わないように!」
「っあー、それって絶対?」
「今回来訪される方が誰か、ハッキリしておりません。なので、可能性は潰していただけると。」
「うぅーむ、豪華なもんは出せねぇな。軽食とかになるが。」
「構いません。それで場を繋ぐ間に私が誰が来たか確認しますので。」
「っし、了解!」
「頼みましたよ!」
調理場を出て、思考を巡らす。
「…事前に接触は、止めておきましょう。既に兵士が傍にいますし……後やるべきことは………」
サズが風になって数刻、遂に魔族の使者がやって来た。
サズがメイドとして食事の場に待機していると、聞いていた通り、全身鎧の魔族が入ってきた。
「急な来訪の中、受け入れてくれたこと感謝する。」
「遙々ようこそ、我がタリアへ。国王のパーシアスと申します。」
「五鎧山が一人、リジェダーと申す。」
パーシアスと魔族が握手を交わして席に着く。
「まずは少ないですが。」
パーシアスの言葉にメイドの一人が軽食を配膳する。
「おぉ!態々すみませんね。」
「ささ、是非。」
パーシアスに促され、魔族は兜を脱ぐ。そこにはオークと呼ばれる種族の姿があった。
「っ」
一瞬怯んだパーシアスであったが、魔族の背後にいたサズの視線を感じて平静を取り戻した。
「それで、此度はどのようなご用件でしょうか?」
「何、貴国との関係も交流も、些か物足りないかと思いまして。長く続くよう、我々も行動を起こそうかと。」
「そ、それは嬉しき事です。気を遣わせてしまい申し訳ない。」
「うむ、では……」
ここからはパーシアス一人で問題ないと判断したサズは、調理場に向かうことにした。
五鎧山、魔王の配下の中でも突出した五名を指す。そんな大物がここに来たことにサズはそこそこ驚いていた。
だが、向こうからアクションがない限り、自分は役目をこなすだけだと、あくまで冷静に料理長が作った食事を運びに行った。
「失礼します。」
きびきびと配膳を行うサズを、リジェダーが見つめていた。
「我が国自慢のメイドに御座います。リジェダー殿も見る目が御座いますな。」
なぜか上機嫌のパーシアスの言葉に曖昧に頷いたリジェダーが、一言呟いた。
「このメイドに今日の世話を頼みたい。」
その言葉に場が凍り付いた。
先程一泊するという話が出てこれである。その意味はつまり夜の供と言える。
「畏まりました。謹んでお受け致します。」
誰も声を出せない状況の中、サズが何でもないように返答をした。
「うむ。しかし今日は疲れた。街並みも眺めたいところだが、突然魔族が来たとなれば騒ぎとなろう。城からは出ないゆえ、安心なされよ。」
「……」
「タリア王?」
「…は、御配慮誠に申し訳なく。リジェダー殿はお疲れだ。部屋にお連れせよ。」
パーシアスの言葉に動こうとしたサズの腕の袖を現メイド長が引っ張って制止すると、自ら前に出た。メイド長とリジェダーが部屋からいなくなると、パーシアスはサズに詰めよった。
「サズ!あれの意味を分かっているのか!?」
「私がそこまで初に見えますか?」
「なっ!?あ、いや!そうじゃなくて!っていうか誰と!?」
「何を慌ててるのですか?メイド一人の身体で、民の安全が保障されたのです。国王として、喜ぶべきですが。」
「そうだけど!違う!サズ、両親も半数の貴族も殺され、立て直しすらままならなかったこの国を、僕を支えてくれたのは君なんだ!そんな恩人に、そんなことをさせたくないんだ!」
「私の献身を一番理解している方がそんなことを言われるのですか?」
「っ………!」
「私は今まで通り、この国と、陛下に尽くすのみに御座います。」
颯爽と立ち去るサズに対して、パーシアスは何かを言いかけて辞める。悔しさで拳を握るパーシアスは、絢爛豪華な衣装に皺を作っていた。
すぐにこの話は城中に広まり、同僚や兵士に心配されるサズであったが、全て問題ないと一蹴し、遂に夜となった。
「失礼いたします。夜の……」
「おぉ!良く参られた!どうぞこち……」
お辞儀をして入ってきたサズに対して、リジェダーが貴賓を扱うように腰を低くしていた。
それを一目見たサズは、防音の魔法を唱え、その直後にリジェダーの顔面に掌底打ちを見舞った。
「ぶべぇ!?」
勢いのまま後ろに吹き飛んだリジェダーは、体格も相まって用意されていたベッドを破壊してしまった。
「リジェダー様、情報漏洩は重罪です。ちゃんと防音をしてもらっても?」
「す"、す"み"ま"せ"ん"…………」
「それで、今回はいかなご用件で?」
タリア王国一の忠臣と呼ばれるサズであったが、その正体は魔王から派遣されたスパイなのであった。
まぁ、スパイとはいっても、属国となったからには保護をしなければと魔王側からの優しさから遣わされたので、悪意はない。
それにタリアが他国から狙われようものならサズの情報から、魔王が魔物を使役してタリアを狙う国に放つなど、かなり身内に甘い魔王である。
魔王とサズからの過保護な行動により、タリア王国は五年前に戦に敗れた、パーシアス以外の王族と、大半の貴族が戦死する原因となった"マーベンド平原の大虐殺"前よりも豊かになっていた。
「単刀直入に申し上げます!」
「はい。」
「戻ってきてくださいぃぃぃ!!!」
リジェダーはとても丁寧に頭を下げた。四十五度より深く。
「私の手が必要なのですか?旅立つ前に、粗方新人の教育は終えていた筈ですが。」
「そ、それが…………あいつら、我々が侵略行為をしないと分かった途端、急激にやる気を無くし、一人、また一人と辞めていきました。
なんとかしようと努力はしましたが、我々は如何せん武官しかおりませんので…………」
「あのヤロウども………」
「サズ殿の見る目を信頼して登用したのにこれじゃあ領地経営が破綻する!と、ディーセル様が。」
ディーセルとは一般的に魔王と呼ばれる魔族である。しかし、彼が本当に魔の王というわけではなく、別の大陸に本当の魔王が存在しており、その者達が派遣した軍を率いていたディーセルを、この大陸の人々が伝承の魔王だと勘違いしたのである。
「ハァー……おかしなことを仰いますね。」
「はて?」
「私が自信あるのは人を見る目です。魔族の見る目なんて持ち合わせておりません。」
「ほ!これは一本取られましたな!」
「「アッハッハッハッハッ!」」
一頻り笑った後、二人は真剣な顔に戻る。
「どの程度ヤバ目でしょうか?」
「今日中に………!」
「………まぁ、いつでも帰還命令が出ても良いように支度は常にしております。しかし、暇を乞うのも難しいですね……」
「流石はサズ殿!此方でも頼りにされているのですな!では、ここは魔族の悪名を使いましょうぞ!」
「ふむ?」
次の日、リジェダーを起こしに来たメイドが血相を変えてパーシアスに報告をした。
慌てて部屋に行ったパーシアスの眼前に広がっていたのは、無人の破壊痕だらけの部屋。その見るも無惨な惨状に、昨夜一体何があったのかと恐怖で震えるパーシアス。
喋ることはおろか、動くことさえ出来ないパーシアスは、メイドから差し出された置き手紙を何とか読む。
『この女は気に入った。丈夫で壊れない。我らの友好の証として、土産に頂戴いたす。』
顔面蒼白となって膝から崩れ落ちたパーシアスであった。
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