第1章 うしろの席の美少女に見つかりました

第2話 “俺には関係ないこと”

 午後の授業が始まる五分前。昼下がりの教室には、怠惰な眠気が漂っていた。


 人もまばらなこの時間帯はいつも、教室ごと眠気に沈んでいるみたいで、何をする気も起きない。

 手持ても無沙汰ぶさたをごまかすように机に突っ伏しながら、俺は心の中で叫びを上げていた。


 ──あーっ、早く帰りたい! 帰って、Elims監督との作業の続きをしたいよ‼


 もちろん、そんな素振りは周囲には見せないけど。こんなことでヤバいヤツ認定されるとか、ごめんだからな。


 ……まあ、そうはいっても、手遅れというか──五月を迎えた高校一年生の教室で、誰とも話すことなく机と友達になってる時点で、お察しって感じかもしれないけどさ。


 この一ヶ月間で何度もくり返してきた、答えのない自問自答。視界をふさいでいても、周囲の喧噪が無防備な耳を容赦なく攻撃してくる。

 どうにもならない俺の憂鬱ゆううつも、焦燥しょうそうも、楽しそうに盛り上がる周りの青春っぽさに飲み込まれて、解決の糸口さえ見つからない。


 こんな日々がこの先三年間続いていくんだって、俺が半分諦めかけていたときのことだった。


「……ん?」


 足に何かがぶつかる感触を覚えて、顔を上げる。足元には普通の消しゴムがひとつ。拾い上げようと身をかがめた。


 そのとき、奇妙なものが視界に映った。

 後ろの席にかかった鞄。そこにつけられた丸い変な見た目のキーホルダーが、ゆらゆらと揺れている。


 かたつむり……じゃないよな。小型の──メジャー?


 揺れるキーホルダーに気を取られていると、後ろの席のクラスメイトが身じろぎして、顔を上げた。

 うかつだった。至近距離で目が合ってしまった。


「っ……お、落としましたよ」

「あ、ああありがとう!」


 後ろの女の子は、眉毛をハの字にして、焦ったように消しゴムを受け取った。


 ヤバい、初めて正面から顔を見ちゃった。後ろの──確か、篠原しのはらすみれさん、だったっけ? 結構可愛いんだけど、大人しくてあまりしゃべらないし、ちょっと変な子なんだよな……。


 ドキドキと高鳴る胸を抑えながら、差し出された手のひらにそっと消しゴムを乗せる。指先が篠原さんの指に触れた瞬間、反射的に手を引っ込めてしまった。


 ああああ、何やってんだ俺! 今のは明らかに挙動きょどう不審ふしんだろ!


 そのとき、誰かが近づいてくる気配がした。


「よっ、すみれ! おはおはー」

「あ、おはようあざみ」


 もう一人のクラスメイトである、黒瀬くろせあざみ。制服をギャル風に着崩したいつもの格好で、周囲の視線を集めながら近づいてくる。

 その光景は──浮ついた俺の心を一瞬で冷え切らせた。


「……ん、、なにか用?」

「……別に」


 俺はそう言い捨てると、ふたりに背を向けて座り直す。背後で、また別のクラスメイトがあざみに話しかけていた。


「おっすあざみ、コレ見てよ。チョー可愛くね?」

「あーいいじゃん、アタシこの色好きだわ」

「見せても意味ないって。あざみの爪の短さ見てみ? ネイルとか絶対興味ないっしょ」

「そんなことないから! 爪なんてそのうち伸びるだろーが」

「いいよな。そんな適当でも、顔が整ってるだけで見てられるからさ」


 ……ダメだ、朝から陽キャ女子たちの会話は身が持たない。


 俺は心の中でため息をつくと、鞄から断線しかけの有線イヤホンを取り出した。イヤーピースを両耳に突っ込んでもう一度机にダイブすると、俺の世界は教室から完全に隔離される。


 あーあ。いつもと違うイベントで、アニメなら何かフラグが立つ場面だったのにな。学校もいいかな、ってちょっと思いかけたのに、あいつのせいで台無しだよ。


 ……わかってるさ。昔のことをいまだに引きずってる俺も悪いんだってことはな。


 イヤホンから流れる、大して興味もない音楽を聞き流していると、ずっと居座っていた食後の睡魔がじわじわと戻ってくる。

 寝落ちする寸前、ぼんやりとした頭で考えた。


 あざみと篠原さんって、全然タイプが違うのにどうして仲良くなったんだろ?


 疑問は何度も頭の中を跳ね回り──やがて俺は眠気に負ける。


 ……ま、どうでもいいか。どのみち、俺には関係ないことだ。

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