第17話 大変動、エピローグ

二〇四九年、大変動歴十五年、六月

タカハシ・ケンイチ/


 足にとまった蚊を叩き潰す。

蚊はうじゃうじゃいる。おまけに怪獣並みにデカい=大変動によるメガ進化。

六月はサウナ級の暑さだった。気温は四十度を超えている。

ゾンビどもは大繁殖している。

やつらは暑ければ暑いほど元気になる。

ガンマ線を浴びて成長する。すぐ交尾してゲロを吐きまくる。

信号機にくくりつけられたスピーカーから、ディスクジョッキーの甲高い声が響く。

復活した短波放送番組――新・ゲリララジオ。

スポンサーはUS人民解放区。


『本日のニュースのお時間。

 ハロー・サマータイム! アポカリプス。

 現在、復旧工事中のの第四区ユニバーサル・スタジオ人民解放区。

 今年中に再開の目処がたった模様。順調に工事が進んでいるとのこと。

 事故の原因は”局地的な大地震”だと対策本部は公式発表している。

 朗報。再開に先立って、来月、”舞洲”に新テーマパークが開園予定。

 先行予約チケットはSNSにて六月二十九日まで販売中。

 ”世界最速”のジェットコースターや”フルダイブ型”VRシアターが――』――でたらめ。


 <地球儀の広場>はゾンビのゲロまみれだった。

有刺鉄線が巻かれた地球儀模型は回転を止めている。

コンクリートは焼けた鉄板のようになっている。汚物が酷い臭いを放っている。

ホースで水を撒いて緑色のゲロを洗い流す。

「ニーブラ」ぺぺは羽をパタパタさせて要求した。「チュピ、チュピ、チャパ、チャパ!」

 ホースの水をぺぺにかけてやる。ぺぺは水の上を滑って遊んだ。

「ペンギンは暑いのが苦手って書いてあるのに、おまえは平気なんだな」

「ペンタ・コンタ!」


 少し遅れて、同じ班の女子が走ってくる。

彼女はビーチサンダルを履いて、背中に赤い変なカバンを背負っている。

「ごめん、タカハシ――わっ!」

 ナツメ・サヤカがゲロに足を滑らせる。

尻もちをつくまえに、腕をつかんで助けてやる。

「だから――」

おれが言うより先にナツメが言った。「だから、ビーチサンダルはやめとけ、でしょ。助けてくれて、ありがと」――なにが可笑しいんだか、クスクス笑う。

「どーでもいいけど、掃除しなくていいのかよ。」

 ナツメは「びっくり!」みたいなリアクションをする。「タカハシが自分から掃除しよっていった…明日は世界が滅ぶかも」

「”しよう”とはいってない。したほうがいいんじゃないですか、って提案しただけ」


 おれたちはまた掃除当番にもどっていた。

復旧工事のために新鮮な土が運ばれてきて、ゾンビどもがよだれを垂らして押し寄せる。

 ナツメは掃除しながら言った。「今日はニエが退院する日でしょ。だから、他のみんなも呼んでおいたんだ」

「他ってヤマダだろ?」

「それだけじゃないよ。ジュン君とバロウさん。それに、パークのみんなも。セサミストリートとかパレード班のスタッフも。みんなでいって、驚かせようって思って」

 おれたちの中で一番、怪我が酷かったのだったのがモズノ・ニエだった。

お腹に穴があいて、腹膜炎を発症した。もう二ヶ月も入院している。

「あいつ、身体の怪我よりもメンタルのほうがヤバかったらしいな」

「”PTSD”ね。すごく怖い思いをしたとき、心に傷が残るんだって。わたしも夜うなされて目が覚めたもん。ジェットコースターに拘束されて空からダイブするって夢…」ナツメはぶるっと身体を震わせた。「タカハシはなかったの?」

「まったくない。よく思い出すのはウサギ男の言ってた、過去をやり直すってやつ」

 ナツメは遠い目をした。「…最後に、あのヒトが”言ってた事”。ホントだと思う?」

 ウサギ男の最後を思い出す。彼はおれたちが通り過ぎる間際、つぶやいた言葉――。

「……さぁな。たぶん、神様じゃないとわかんないんよ」

「うん。そうだね」


 ヤマダが松葉杖をついて広場にやってきた。

「うひょー、ひでぇな。ゲロだらけやんけ」

「そう思うなら手伝っていってもいいんだぜ、ヤマダ」

 ヤマダは戦車の上に腰を降ろした。「ふう。こっちは怪我人やぞ」

 ”ワールドエンダー災害”の後、ミスター・Hは”防犯用”に戦車を購入した。

それを地球儀模型の隣に飾っている。セコムに入会するより安上がりらしい。

 ナツメは言った。「ヤマダはいいよね。労災で休めてお給料も貰えるんだから」

 ヤマダは言った。「ナツメちゃん。俺はパークの”英雄”やで。キミらにゆったけかなぁ。五十八人の敵と一人で戦った話。熊撃退用のスプレーとトンファーで――」

 おれとナツメは同時に叫んだ。「まぁたはじまったよ!」「もういってその話何回目?」


 午後三時のチャイムが鳴る。掃除当番はおわり。

関係者ゲートから車両がはいってくるのがみえた。

工事関係者かと思ったら、見覚えのあるミリタリーグリーンのジープ。

車からジャック・バロウとワタナベ・ジュンが降りてくる。「やあ」

二人は正装だった。ジャックは高そうなスーツを着て花束を持っている。ジュンは子供用のスーツを着てる。

 ナツメは言った。「結婚式じゃなくて、ただのお見舞いですよ?」

 ジャックは言った。「そのことなんだが、ある式典に参加する予定がはいってね」

 ジュンは言った。「東京までいくんだ。ここだけの話、父は【皇室復興十字軍】と協定を結ぼうとしてる。それで、僕らも宮内のパーティーに招かれたんだ」

――”皇室復興十字軍”ときいたとき時、ナツメは微妙な反応をした(ようにみえた)。

 ジャックは花束をナツメに渡した。「悪いんだが、これをミス・モズノに渡してもらえるかな。お大事にとね」

「わかりました。ありがとうございます」


 話題があの時のことになった。

「日下部・マーチに助けれたあと、すぐにパークにむかった。もう決着がついたあとだったがね」

 ジュンはその話を補足した。ヤマダのおかげで、”緑化”のワールドエンダーをとめられた。

ジャックは話を続けた。「来栖・ラキアは一本の巨大な樹になった。いや、樹の幹で自分自身を殻に閉じ込めたというべきか。専門家によると、彼はまだ生きている。樹の栄養を吸って冬眠状態にあるというべきか。樹を斬り倒せば彼も死ぬかもしれない。つまり、樹を斬ることは”殺人”になるということで、来栖の父親はパークを訴えてる。このままいくと、復旧しても一本の巨大な樹がセントラルパークに残ったままということになる」

 おれは<ユニバーサル・スタジオ人民解放区>を振り返った。

樹は地球儀の広場からでもみえる。白の門、ハリウッドゲートのさらに上にそびえている。

枝葉はパーク全体を覆うほどに広がっている。

「USWATの隊員は全員元にもどった。彼らに寄生した植物は二週間ほどで自然と枯れた。アレが人間に寄生して生き続けるとしたら、とんでもない生物兵器になってただろうな」


 車がもう一台、広場にやってきた。

赤のフィアット。乗っていたのはCIAの女スパイ、日下部・マーチだった。

今日はCIAのジャケットを着て、首からID証をぶらさげている。

「みなさん、おひさしぶりです」

 事件以来、彼女と会うのは二回目。一回目は事情聴取。

「今日はちょっとしたニュースをもってきました」

ジャックは笑った。「スパイが情報を漏らしていいのかい?」

「はわわ。ここだけの話、オフレコでおねがいします。じつはですね……ウサギ男が目を覚ましました」

「えーーーーーーーー!」

「っていうか生きてたのか!?」

 やつはジェットコースターに乗ったまま地面に叩きつけられた。

ビルの十二階ほどの高さから落ちた。よっぽど運がよかったか、頑丈だったか。

「はい。お医者様も驚いてます。二ヶ月も昏睡状態でした。脊髄を激しく損傷して下半身は麻痺したままですが、しゃべることはできます。受け答えもはっきりしてます。彼は台湾解放運動の元活動家で、共産党に家族を殺されています。ワールドエンダー災害の首謀者は自分だと証言してます。ミスター・Hは彼を起訴――とまぁ、ややこしい話は置いといて、ウサギ男は二人に会いたいと言ってます。タカハシ君とナツメさんに」

 ナツメはぶんぶんと首を横に振った。ぜったい”ノー”って顔。

 おれも微妙…っていうかナシより。被害者と加害者ってやつ?

が、やつと話したい気持ちもある。「ウサギ男に訊いといてほしい事あるんだけど、それっていける?」

「構いませんよ。なんですか?」

 質問の内容が複雑なので文章で送る。SNSのメッセージ機能で日下部さんに送信。

後日、返答の内容を書いてメッセージを送り返してくれるという約束をする。

 

 日下部・マーチは帰っていった。

 ジャックとジュンは空港にむかった。おれたち三人はジャックに送ってもらって、第四区中央病院にいった。

 モズノ・ニエが入院している病院。

 待合室には他のスタッフが集合していた。

セサミストリート、ホグワーツ、パレード隊、ウェイトレス――全部で二十人ぐらい。


 看護婦が車椅子を押してモズノ・ニエを連れてきた。

みんなでモズノを囲んでお祝いの言葉をかける。花束やプレゼントを進呈する。

彼女の膝の上は花束とプレゼントが山積みになった。

「退院おめでとうー!」

 ニエは口を「ありがとう」のカタチに動かした。声を出すとまだ痛みが走るらしい。

パレード隊が車椅子に座ったモズノを囲んで踊る。セサミストリートが合唱する。

「あんたは人民解放区の救世主だよ!」――みんながモズノの肩を叩いていく。

 あまりに騒ぎすぎたので、病院のスタッフに追い出されてしまう。



 パーティーを解散しあと、いつもの四人だけが残った。

 おれはモズノが貰ったプレゼントと花束を抱えて持った。すごく歩きにくい。「何個が捨てていいか?」

 ニエは中指を立てた。

 ナツメが車椅子を押した。「ちゃんと広場の猫たちに餌をやっておいたからね」

 ニエは空中に「thk」と描いた。

 ヤマダは松葉杖をついてニエに並んだ。「怪我のほうはどうや?」

 ニエはシャツをめくってお腹をみせた。

おヘソの横に分厚いガーゼが貼られている。その傷は背中まで貫通していた。

ヤマダは包帯が巻かれた右足首を持ち上げてみせた。二人は笑った。


 ナツメは言った。「ニエはこのあとどうしたい?」

 彼女は振り向いて、オデコに”円”を作った指をあてた。

「……なになに、病院のご飯はゲロまずだった。どっかでまともな食事がしたい――オッケー。じゃあ、バックロット・カフェにいこう」

 ニエは手を叩いた。パチパチ。

 US人民解放区は工事中だけどレストランやバーだけは営業再開している。

工事関係者や自由民たち――おれたちもよく利用してる。


 ハンバーガーのセットをふたつもたいらげあと、ニエはプレゼントを開けていった。

オリジナルのTシャツ。クッキーセット。バスタオル。貰った花束にキスをする。

 ラッピングされた小さな包みを開けると、葉っぱがついたままのトウモロコシと瓶にはいったハチミツが出てくる。

 思わずって感じでナツメが叫んだ。「もしかして、トウモロコシに文字が書いてあるかも!」

 ニエはトウモロコシをくるくると回してみた。文字はない。

かわりに、葉っぱの隙間からメッセージカードがこぼれ落ちる。

カードにはこう書かれていた――ごめんなさい。それとクマとガチョウのかわいらしいイラスト。

 ニエはしばらくそのカードをみつめていた。

「誰からのプレゼント?」と訊いても、首を振るだけ。


 おれたちは閉店までねばって喋り続けた。

 もちろん話題はあの時のこと。自分たちがいかにしてユニバーサル・スタジオ人民開放区を救ったかって話。

 ヤマダがおれの声を真似して言う。「カボチャの馬車は、いっちまったぜ、ナツメぇ」

(ちなみにぜんぜん似てなかった)

 ニエが大爆笑する。咳をしてお腹を押さえる。ナツメは笑いをこらえている。

 おれはナツメにむかって中指をたてた。

 ナツメ。「ごめん。でも、すごくかっこよかったよ!」

 ヤマダ。「だからぁ、ビーチサンダルはやめとけっていっただろぉ」

「おまえバカにしてるだろ!」おれはヤマダに殴りかかった。

 わいわいがやがや――。


 

 六月の夜。ポーチライトの明かりに羽虫が集まっている。

家の前で、ニーコが地面に落書きしていた。ぺぺはその隣で立ったまま寝ていた。

「兄さん、どこいってたの?」

「友達の退院祝い。ほら、ぺぺを中にいれてやれって」

「すごくおそかったから心配したのよ」

 妹を家の中に押し込む。ブーツを脱いで家にあがる。


 めずらしく父さんが家にいた。家のソファーでちびちびとウィスキーを飲んでいる。

あいかわらず、髪はボサボサで原始人みたいに髭を伸ばしている。

「あれ。<フィネガンズ>にいかなくていいの?」

「今日はそんな気分じゃない。ひさしぶりに脳味噌がまともに機能してる」

「もしかして、母さんのこと考えてんの?」

 父さんはグラスを掲げた。「考えなかった日はない。それでおれは飲み続けてる」

 ニーコは父さんに抱きついて言った。「わたしのことは?」

「もちろん考えてるさ」――父さんはニーコの頭をくしゃくしゃにした。

「もし、時間を遡ってやり直せるなら、母さんが出ていくのを止める?」

 父さんはマジメな顔になった。「過去は変えられない。おれが後悔してるのは、母さんを止めれなかったことじゃない。一緒にいけなかったことだ」


 それはどういう意味か――と訊きかけたときに、ブルッと端末が震えた。

 緊急メッセージの着信。

送信者は日下部・マーチ――ってことはあの件か。

 急いでメッセージを開く。

メッセージには録音した音声が添付されている

音声を聴いた瞬間、身体に電流のようなものが流れる。頭からつま先まで突き抜けていく。

 思わず、窓から外に飛び出る。

空を見上げる。でも、こっからでは見えない。

途中で落っこちたジェットコースターのレール。その先の空――星たち。


 おれからウサギ男への質問。「あんたは”五年前”に観測したって言ってた。それは正確には何月何日のことか教えてほしい」

 ウサギ男からの返事。「そのことはよく覚えてる。二〇四四年のクリスマスの夜」

――それは母さんが消えたのと同じ日。

 

 ニーコとぺぺも外に飛び出してきた。

「おまえはほんとうにアレに乗って空からきたんだな、ぺぺ」

 ぺぺは言った。「ニーブラ?」

 ニーコは言った。「もしかして、ながれぼし?」

「母さんがどこにいったかわかった」おれはニーコの頭に手をのせた。「”未来”の世界だ。それでも、母さんに会いにいきたいか?」

 ニーコは勢いよく頷いた。「うん!」


 過去、未来、現在。そして、今とは違う時間の”未来”――

 大変動はやっぱりデンジャラスでフリーダム。クレイジーでハッピーだ。



 ”カタクリズム”。おわり。

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カタクリズム-大変動- タケモト・リウスケ @pepechan0923

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