第23話 今ならざるものは過去の物
「むかーし昔、あるところに、一人の少年が居ました。その少年は家でお勉強をしていると、頭の中に声が聞こえたのです。その声は戦いを強制されるとても酷い声で、勝手に能力を与えられました。少年は半信半疑でしたが、心の奥で戦わないと自分が死んでしまう。と理解していました。少年は生き残るために数々の能力者と戦うのであった」
懐かしい声。今でもはっきりと、耳の奥にこびりついて離れない声。
「へんな昔話だねー。本当にあったの?」
「本当にあったから、レイトは能力が芽生えたんでしょ?」
「そうだけど……使えないよ……」
「使う時は必ず訪れる。その時が来るまでいっぱい練習しようね」
(使えないよ……だって…僕の能力は……)
そうだ。俺を、僕を裏切った、あの母親の声だ……。
「……っは!?」
勢いよく目を開けて飛び起きた。
心臓が早鐘を打っている。激しい動悸を抑えながら周囲を見回すと、そこは見慣れた家――ではなく、薄暗く、ひび割れたコンクリートの壁に囲まれた、アジトだった。俺は、いつの間にかソファの上で横になっていた。
「あれ、ボスも寝てるとビクってなるやつなるんすね!」
静寂を破るように、すぐ近くから能天気な声が飛んでくる。
視線を向けると、そこには下品にニヤついたゾルトが、パイプ椅子に深く腰掛けてこちらを見ていた。
「うっせぇゾルト、あんまいじんなや」
寝起きの最悪な気分を隠そうともせず、俺は顔を歪めて言い返した。
「あっはははー!」
ゾルトは俺の機嫌など気にする様子もなく、大声を上げて笑っている。
額に浮き出た冷や汗を手の甲で拭いながら、俺は大きく息を吐き、ソファに深く背を預け直した。
(嫌な記憶……もう捨てただろ……)
「そういえばボスー? まーた、おーるどろすとてくのろじー?が、発掘されたらしいっすよぉ!」
ゾルトはパイプ椅子をガタガタと揺らしながら、スマートフォンの画面をこちらに向けてきた。
「へぇ、今度は何?」
ソファから上体を起こし、気だるげに問いかける。
「荷電粒子ライフルってやつっす! かっこいい名前っすねぇ……」
「はは……懐かしいな……一発撃たれたっけな……」
その名前を耳にした瞬間、記憶の底にある、あの一廻星の光景が脳裏をよぎった。あの凄まじい光条と、掠めただけで肉体を蒸発させる破壊の光。
「なんか言ったすか? ボス?」
ゾルトが不思議そうに首を傾げ、画面から目を離してこちらを見てくる。
「いや、なんでもない」
俺は視線を逸らし、それ以上語るのをやめた。
今の文明の連中にとってはただの「古代の遺物」でも、俺にとってはかつて現実に存在し、この身で脅威を味わった武器そのものだ。人類が二度滅び、三廻星となった今の世界。その裏で、俺たちの過去の戦いは確かに地続きで繋がっている。
そして、タイミングを見計らったかのように、部屋の扉からコンコンとノックの音が聞こえた。
「アドミ……ボス。またあの客人が来てますよ」
入ってきたデウスが、一瞬言いかけた言葉を呑み込みながら、生真面目な顔で報告してくる。
「お、ありがとな。中に入れてやってくれ、デウス」
そう指示を出すと、デウスは静かに頷き、入れ違いに部屋から出ていった。
扉がカチャンと閉まる。俺はパイプ椅子で相変わらずニヤついているゾルトに向き直った。
「少し席を外して」
「まーたすか? ボス〜。ジェヘナちゃんとラブラブちゅっちゅしちゃうんすかぁ〜?」
ニヤニヤと下品な笑みを浮かべ、あからさまにからかってくるゾルト。
「うっさいわはよどっか行き」
俺は容赦なくゾルトの身体を押し倒した。背後へ不意に崩れる彼女の真後ろの空間に、素早く手を払って青黒色のポータルを出現させる。
「うえ、わっわ! ちょっ!」
ゾルトは体勢を崩したまま、間抜けな声を上げてポータルの闇へと吸い込まれていった。全身が完全に飲み込まれたのを確認し、俺はポータルを閉じる。部屋の中には再び静寂が戻った。
それから数秒と経たずに、再び扉から上品なノックの音が響く。
「入って良いよ」
俺はソファに深く腰掛け、衣服の乱れを軽く整えながら、新しく入ってくるその『客人』を迎え入れるために声をかけた。
「やっほ〜レイト」
扉を開けて入ってきたのは、見慣れた姿のジェヘナだった。彼女はいつもの軽い調子で手を振りながら、部屋の中へと歩み寄ってくる。
「ジェヘナ……会うのいつぶりだっけ?」
「1週間? そのくらいだった気がする」
「もう一週間経ったのか……時が流れるのは早いねぇ」
ソファの背もたれに体を預けながら、俺は小さく息を吐いた。一廻星の頃から数え切れないほどの時間を経て、今の『三廻星』の世界にいる。そう考えると、一週間なんて本当に一瞬だ。
「ふふ、おじいちゃんみたいなこと言うね」
ジェヘナはクスリと笑い、俺の隣に腰を下ろした。
「またその目してる。嫌な事でもあったの?」
ジェヘナは俺の顔を覗き込むようにして、その澄んだ瞳でじっと俺の目を見つめてきた。
「はは……鋭いな……」
悪夢を見透かされたようで、俺は苦笑交じりに視線を少し泳がせる。隠そうとしたつもりはなかったが、彼女の前ではどうにもポーカーフェイスが上手く機能しないらしい。
「伊達に一緒にいないからね」
ジェヘナはふんぞり返るようにして、少し得意げに胸を張った。
普通の時間を生きる彼女は、俺の過去のすべてを知っているわけじゃない。それでも、こうして俺の僅かな心の揺れ動きに気づいてくれる。その事実が、過去の暗い記憶に引っ張られそうになっていた俺の心を、じんわりと今の現実に繋ぎ止めてくれるようだった。
「過去に何があったか、教えてくれない?」
ジェヘナの真っ直ぐな問いかけに、俺はしばらく沈黙した。
普段なら適当にはぐらかすところだが、さっきの悪夢のせいか、それとも彼女の真剣な眼差しのせいか。不思議と、今まで誰にも話さなかった過去を口にする気になっていた。
「そうだな……、少し話すか……俺が4歳の頃だ」
ぽつり、ぽつりと、俺は記憶の底に眠る最悪の1日のことを語り始めた。
あの日、俺は幼稚園に行こうと、意気揚々と準備をしていた。新しい一日が始まる、そんな普通の、どこにでもある朝。
だけど、母親が突然、笑顔でそんな俺を呼び止めたんだ。
「今日は幼稚園に行かなくても大丈夫よ」
「なんでー?」
「楽しいところに連れて行ってあげるからよ」
「ほんと!」
4歳だった俺は、その言葉を疑いもしなかった。まんまと、甘い蜜に吸い寄せられたんだ。
家を出て車に乗り込んだ。運転席には父親、助手席には母親。そして後部座席には俺。
車が走り出すと、助手席の母親がバックミラー越しに俺を見つめながら、淡々と、一方的に話し始めた。その声には、いつも俺に向けてくれていた優しさは微塵もなかった。
「良い? あなたが能力者なのは、1000年前に起きた特異能力者発生事件の時、能力を持ったまま子供を作った人が居たからよ」
「何言ってるの? まま……」
突然降ってきた、幼い俺には理解できない不穏な言葉。車の空気は冷たく張り詰めていく。
「とある日、異能力を持った子供が生まれたの。そこから大人になって、更に子供を産んでを繰り返した」
「まま……? 怒ってる……?」
あまりの冷徹さに怖くなって、俺は泣きそうになりながら母親の顔を覗き込もうとした。だけど、母親は振り返りもしない。
「能力を持った子供に目をつけた政府は、子供を納入したら10億円の賞金と言い出した。ここまで言えば分かるわよね?」
「わかんないよ……何言ってるの……まま!」
必死に叫ぶ俺の声を無視して、車はまっすぐに、俺を地獄へと売り飛ばすための場所へと走り続けていた――。
その後は、俺が何度話しかけても、泣いて縋り付こうとしても、二人は完全に俺をフル無視した。
バックミラー越しに見える母親の目は、まるで壊れた人形みたいに冷たくて、生気がなかった。
しばらくして、車は鬱蒼とした木々に囲まれた、人気のない不気味な場所に停まった。
俺たちの車のすぐ奥には、見たこともないほど頑丈な黒い車が待ち構えるように停まっていて、ドアが開くと中から体格のいい数名の男たちが出てきた。
男たちは無言のまま、俺の両親に向かって重そうなキャリーケースをいくつか手渡した。――それが、母親の言っていた『10億円』だったんだろう。
両親がそれを受け取ると同時だった。
ガチャリ、と俺が乗っている後部座席のドアが外側から乱暴に開けられた。
男の手が、俺の細い腕を掴む。
両親は、一度も後ろを振り返ることなく、まるでいらなくなった荷物を引き渡すように、俺をその男たちへと差し出したんだ。
「ま……まま! まま!」
ちぎれそうなくらい必死に手を伸ばして、喉が張り裂けるほど名前を呼んだ。暴れて、泣き叫んで、何度も抵抗した。だけど、4歳の未熟な子供の力なんて、大人の男たちには虫ケラ同然だった。
乱暴に別の車へと押し込まれ、バタンと重いドアが閉まる。
どんどん遠ざかっていく。
薄暗いスモークガラスの窓にへばりつきながら、俺が最後に見た、実の両親の顔は――
大金を手にして、心底幸せそうに、歪んだ笑みを浮かべていた。
アジトの部屋に重苦しい沈黙が降りた。
語り終えた俺の手は、無意識のうちに拳をきつく握りしめていて、爪が手のひらに食い込んでいた。あの時の絶望、恐怖、そして何より胸を抉るような怒りが、長い年月を経た今でも、まるで昨日のことのように鮮明に蘇ってくる。
そんな時だった。
突如として、柔らかく、暖かく、そしてどこかホッとするような良い匂いがする物に、俺の身体がすっぽりと包まれた。
「ごめん……そんな過去があったなんて……聞いてごめん……」
ジェヘナだった。彼女は俺の頭を優しく胸に抱き抱えるようにして、全力で抱きついてきていた。
あまりにも突然のことで一瞬頭が真っ白になる。耳元で聞こえる彼女の細い声は、まるで自分のことのように震えていて、俺を包む腕にはこれ以上ないほどの力がこもっていた。
その温もりに、凍りつきそうだった胸の奥がじんわりと解けていくのを感じる。――が、いかんせん力が強すぎる。
「大丈夫……大丈夫だから! 息出来ない!」
「わ! ご、ごめん!」
ジェヘナはハッと我に返ったように、顔を真っ赤にして勢いよく身体を離した。
さっきまでの重苦しい空気が嘘のように霧散して、部屋の中にはどこか気恥ずかしい、だけど温かい空気が流れていた。
数時間後。
すっかり話し込んでしまい、気がつけば窓の外はすっかり暗くなっていた。ジェヘナはソファから立ち上がり、名残惜しそうにしながらも帰る支度を整えた。
「今日はありがと! 会えてよかった」
扉の前で振り返り、彼女はいつもの明るい笑顔を見せる。さっき俺の過去を聞いて泣きそうになっていたとは思えない、いつものジェヘナだ。
「あぁ、またいつか。送って行こうか?」
俺もソファから腰を上げ、少し心配になって声をかける。一廻星の頃から生きている俺にとっては、彼女のような存在はどこか危うく見えてしまう。
「大丈夫! 今日は歩いて帰るよ」
「夜道には気を付けろよ?」
「うん、じゃ、またね」
「またな」
ひらひらと手を振って、ジェヘナはアジトを後にした。パタンと扉が閉まり、静かになった部屋で、俺は彼女の温もりの残る空間をしばらく見つめていた。
「また……会えるといいな…」
数日後。
俺はソファに寝っ転がりながら、お気に入りのゲームを画面の中で進めていた。画面の光が薄暗い部屋をパチパチと照らし、ボタンを叩く音だけが響く。ジェヘナが帰ったあの日の温かい余韻はまだ少し残っていて、退屈だが、悪くない穏やかな時間が流れていた。
その平穏を切り裂くように、手元の端末がけたたましく鳴り響いた。デウスからの連絡だ。
「おーデウスか、どうした?」
画面から目を離さず、いつもの軽い調子で通話ボタンを押す。
『ボス! ジェヘナさんが攫われました!』
受話口の向こうから飛び出してきたデウスの緊迫した叫び声に、指先がピタリと止まった。
「……は……?」
ゲームの画面の中で、俺の操作するキャラクターが無残に倒れていく。だが、そんなことはどうでもよかった。
脳裏をよぎったのは、数日前に笑顔で「またね」と手を振った、あのジェヘナの姿。
俺の心臓が、一瞬で冷たく凍りつくような感覚に襲われた。
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