第24話 疲れる休日

休日。

俺はミリアの買い物の付き添いで、商業施設へと駆り出されていた。


「つ……疲れた……」


荷物持ちという大役を仰せつかった俺は、両手に紙袋を下げた状態で、深いため息を漏らす。すでに足の裏の感覚が怪しい。


「まだ三時間しか経ってないじゃん。まだまだ必要な物とかあるんだけど」


ミリアは振り返り、呆れたように唇を尖らせる。そう言う彼女の視線の先にあるのは、どう見ても『絶対必要じゃないであろうシールやキャラクターものの文房具』だった。


「なんでそんな見て回るん……」


買うわけでもなさそうな棚をじっくりと凝視し続けるミリアに、俺は疑問をぶつけてみる。男の買い物なんて「目的のものを掴んで即レジ」が基本だ。三時間はもう、大冒険の領域に入っている。


「えー? これ買ったらどんな感じかなーっとか、持ってたらーみたいに楽しくない?」


「ごめん、全くわかんない」


想像力で楽しむという高等技術は、今の俺の限界を迎えた体力では処理しきれなかった。素直に白旗を上げると、ミリアは小さくため息をついて腰に手を当てる。


「もう、女子を理解しないとモテないぞー?」


「モテようとしてないんだが……」


そもそもモテるモテないの前に、今の俺に必要なのは休憩だ。そんな俺たちの噛み合わないやり取りを乗せて、休日の賑やかな商業施設の雑音が、どこかのんびりと響いていた。


「私にはモテてるっつーの……」


ミリアはそっぽを向きながら、ボソっと掠れるような声で何かを呟いた。ガヤガヤとした周囲の騒音に揉み消されそうなくらい小さな声だった。


「ん? なんか言った?」


聞き取れずに問い返すと、ミリアは慌てたようにバッとこちらを振り返り、どこか呆れたような、それでいて少し耳を赤くしたような顔で言った。


「いや〜? シンはにぶちんだね」


「にぶ……?」


にぶちんって、鈍感ってことか? いや、そもそも何に対してだ。俺が首を傾げていると、ミリアはそれ以上追及させないように、手にしていた文房具をカゴに放り込んだ。


「さ、お会計行こ」


話を強引に打ち切って、ミリアはスタスタとレジに向かって歩き出す。俺は両手の荷物を持ち直し、慌ててその後ろ姿を追いかけた。


「お会計2万1420ルマーです」


レジの店員の事務的な声を聞いた瞬間、俺は思わず心の中で声を上げた。


(高っ!?)


ただのシールや文房具を見ていたはずなのに、カゴの底にはいつの間にか結構な量の包帯や薬品類が収まっていたらしい。ミリアは財布を取り出すと、手慣れた様子で紙幣を数え始めた。


「えーっと、2万2020ルマーからで」


「お釣りの600ルマーと、くじ引き券です。ありがとうございましたー」


レジ袋を受け取り、ようやく店を出る。ずっしりと重くなった袋を俺が引き受けながら、金額の衝撃を頭の中で反芻していた。


「保健室の道具って……あんな高いんだ……」


「まぁ今回が特別多く買ったからかな?」


ミリアはお釣りとくじ引き券をポーチにしまいながら歩く。いくら学校の備品の補充や私物の買い出しが含まれているとはいえ、女子の買い物と保健室の予算規模の恐ろしさを、俺は身をもって知ることになった。


「お腹空いたな〜」


ミリアは自分のお腹をさすりながら、あからさまに視線を泳がせてわざとらしく言った。あれだけ歩き回れば、流石にエネルギー切れにもなるだろう。


「フードコートあるからそこで食べる?」


俺が上の階の案内板を指差しながら提案すると、ミリアの顔がパッと華やかに輝いた。


「うん! 行こっか!」


さっきまでの疲れなんてどこへやら、ミリアは軽い足取りで歩き出す。現金な奴だなと思いつつも、俺も空腹を覚えていたのは確かだったので、両手の荷物をしっかりと持ち直して彼女の後に続いた。


「何食べよっか〜な〜」


フードコートに到着すると、ミリアは様々なジャンルの看板を見渡しながら、楽しそうに目を輝かせた。お昼時ということもあって、周囲からは出汁やソースの香ばしい匂いが漂ってきて、こちらの食欲をさらに刺激してくる。


「うーん……俺はうど……いや、丼物にするか」


最初はあっさりしたうどんにしようかと思ったが、3時間の強行軍で消費した体力が、もっとガッツリした米のエネルギーを求めていた。


「じゃあ私はラーメンにしよ」


ミリアはすぐにメニューを決めたようで、中華そばの看板が出ている店舗を指差した。


「じゃあ席陣取って、それぞれ買いに行くか」


「うん、あ。あそこの窓際の席空いてる! シン、荷物半分持っててあげるよ」


ミリアはそう言って俺の荷物を少し持つと、トコトコと空き席に向かって歩いていった。


「うーん……カツかカレーか……迷うな……。よし、右利きだから左にしよ」


メニュー短冊の前で腕を組み、究極の二択を迫られた結果、我ながら謎の理論を展開してカツ丼のボタンを押した。カウンターで会計を済ませ、電子音が鳴る呼び出しベルを受け取る。


お盆を運ぶシミュレーションをしながら、ミリアがキープしてくれた窓際の席へと戻る。


——が、近づくにつれて違和感を覚えた。

俺たちの荷物が置いてあるはずのその席に、見知らぬ男がポツンと座っていたのだ。ミリアはちょうどラーメンを買いに行っているらしく、席にはいない。


「あのー、そこ自分の席なんですけど……」


荷物の紛失を警戒しつつ、俺は少し警戒しながら声をかけた。


男は、酷く暗い顔をしていた。

俺の言葉に反応して、ゆっくりとこちらに顔を向ける。その瞬間、男の顔を見て一瞬言葉が詰まった。


男の目の周りは、痛々しいほど真っ赤に腫れていた。激しく泣いた後、あるいは今も涙を堪えている、そんな風に見えた。


「あぁ、すまん……気づかなかったわ……」


男は力なく、掠れた声でそう呟いた。

そして力なく立ち上がると、ふらふらとした足取りで、人混みの中へと消えていってしまった。


残された俺は、その男が座っていた椅子を見つめながら、何とも言えない奇妙な胸騒ぎを覚えていた。


「シンー! お待たせ!」


後ろから弾んだミリアの声が聞こえて、俺はハッと我に返った。振り返ると、お盆に乗った湯気立つラーメンを両手で大事そうに抱えたミリアが、笑顔で立っていた。


「ラーメン出来るの早くない?」


俺の呼び出しベルはまだ大人しいままだ。いくらなんでも早すぎるだろ、と注文カウンターの方を二度見してしまう。


「そりゃあ『速攻ラーメン』って店だからね! 買ってから1分で来たよ」


「あのラーメン屋、ほんとに速攻なんだな……」


店名に偽りなし、か。あまりのスピード感に圧倒されつつも、ミリアがラーメンをお盆ごとテーブルに下ろすのを手伝った。


さっきの目の赤い男の残像が少し頭をよぎったが、ミリアが

「麺が伸びちゃう!」と嬉しそうに割り箸を割る姿を見て、俺はひとまずその違和感を心の奥に仕舞い込むことにした。ちょうどその時、手元のベルが激しく振動を始めた。


「んじゃ、俺も取ってくるわ〜」


「うん! いってらっしゃい」


ミリアに見送られながらカウンターへと向かい、ずっしりと重量感のある出来立てのカツ丼を受け取って席まで戻った。甘辛い出汁と衣の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、一気に腹の虫が鳴る。


「よし、いただきます」


「うん、いただきます」


サクサクの衣に絶妙に卵が絡んだカツを口に放り込む。歩き疲れた身体に染み渡っていく。ミリアも「ん〜、美味しい!」と嬉しそうに麺をすすっていた。


最初はただの退屈な休日になると思っていた。それが、ミリアの買い物に3時間も付き合わされ、両手いっぱいの荷物を抱え、挙句の果てにはフードコートで奇妙な男に遭遇するなんて。


飯を食い終える頃には、心地よい満腹感と共に、どっと押し寄せてきた疲れに俺は小さく息を吐いた。退屈だったはずの休日は、すっかり身体に堪える「疲れる休日」へと変わっていたけれど――隣で満足そうに微笑むミリアの顔を見ていると、まあ、こういう休日も悪くはないか、と思っている自分がいた。

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