第15話 知り得る者に刃を
保健室から訓練場に戻ると、中はボロボロになっていた。
壁には大きなひびが入り、床の鉄板はめくれ上がっている。さっきの俺の暴発がどれだけの威力だったかを物語っていた。
そして、その惨状のすぐ近くで、綺麗な白いシャツを着たダム先輩が立っていた。
「ダム先輩、着替えました?」
てっきり、爆風で服が汚れたから着替えたのかと思って尋ねたのだが――。
「お前のせいで死んだんだよ」
先輩は一切の感情を排した、恐ろしく低い声でそう言った。
そうだ、あの距離であのバカでかいルゲア弾が暴発したんだ。
俺が真っ裸でリセットされたってことは、目の前にいた先輩も当然タダで済むはずがない。直撃して死に、体だけがリスポーンして、散り散りになった元の服の代わりにこの白いシャツを引っ張り出して着てきたわけだ。
つまり、俺は部活の先輩を盛大に巻き添えにして殺してしまったらしい。
気まずい沈黙の中、俺の額から冷や汗がだらりと流れ落ちた。
「だが、今の火力は悪くない。俺のシェイルを破ったんだからな」
てっきり怒られるものとばかり思っていた俺は、先輩の口から出た意外な言葉に瞬きを繰り返した。
「シェイル?」
「シェイルはゲイル弾の応用で、硬化に特化した防御法だ。俺の防御は群を抜いていたんだが……それを破ったのはお前が初めてだ」
そう言って先輩は、ボロボロになった訓練場を見渡した。
死んでリセットされてなお、自分の絶対的な防御を粉砕した俺のルゲア弾の威力に、どこか手応えを感じているような目だった。
巻き添えにして殺してしまった気まずさはあったが、自分の放った一撃がそこまでのものだったと知り、俺の胸に少しだけ自信が芽生え始めていた。
「今はゲイル弾の制御から始めるぞ。簡単だ、さっきより小さいものを作れば良いんだからな」
「さっきより小さいもの……」
言われた通りに俺は再び手を前に出した。そして、今度は暴走しないように慎重にルゲアを練り上げようとイメージした――その瞬間だった。
キィィィン……と、頭の奥を引き裂くような激しい耳鳴りが走り、世界がぐらりと歪むような猛烈な眩暈に襲われた。急速に全身の血の気が引き、膝から崩れ落ちそうになるほど体に力が入らなくなる。
「なん……だ……こ……っ……」
視界がチカチカと明滅する。この、身体の芯から気力がすっぽりと抜け落ちたような感覚には、見覚えがあった。
俺がまだ小学生の頃だ。運動会のかけっこや競技で、勝ちたいがために自分の能力をがむしゃらに駆使しまくっていた後、全く同じ状態になって倒れ込んだ。
当時はただの激しい脱水症状か貧血だろうと深く考えていなかったが、今、このタイミングで襲ってきたこの感覚で、すべての合点がいった。
(ルゲア切れ……か……)
さっきの、あの3メートルもある巨大なルゲア弾。あれを無意識に形成し、維持した段階で、俺の体内のルゲアはすでに限界を超えて底を突いていたんだ。
次第に意識が薄れて、慌ててこちらに駆け寄ってくるダム先輩の声が、どんどん遠のいていくのを感じた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
ふっと意識が浮上し、目を覚ます。だが、そこに天井はなかった。
見上げれば曇天の空。そして起き上がった俺の目に飛び込んできたのは、なぜか猛烈に懐かしく感じる奇妙な街の景色だった。
「ここは……どこだ? 学校じゃない……?」
見慣れた近代的なコンクリートや鉄でできた建物は、どこを見渡しても一つもない。代わりに並んでいるのは、古い木造の建築物ばかりだ。窓にはガラスではなく紙が貼られ、屋根の瓦は藁を葺いたようなもので出来ている。まるで時代劇の世界に迷い込んだかのような、異質な街だった。
唖然としながら周りを見ていると、ふと、こちらへ向かって歩いてくる一人の人物が目に入った。
「なんだ? あの格好……初めて見た……」
その人物は、頭に藁で編んだ大きな帽子のようなものを深く被っており、顔は見えない。ただ、こちらを見据えながら、何かを言っているように口元だけをパクパクと動かしていた。不気味なほどの無音の空間。
「……? どうかしたんですか?」
問いかけた瞬間、男は躊躇いもなく、腰に下げていた細長い鞘から抜いた剥き出しの刃を、まっすぐ俺に向けてきた。
(これ……爺ちゃんの部屋にあった物とそっくりだ……)
男は刃先をこちらに向けたまま、無言でゆっくりと距離を詰めてくる。本能的な恐怖から抵抗しようとしたが、金縛りにでもあったかのように全身がピクリとも動かない。
「止まれ! 俺に近づくな!」
声を張り上げて叫んだが、男には聞こえていないのか、歩みを止めることなくさらに近づいてくる。そして――。
冷たい刃先が俺の腹部に当たり、そのまま吸い込まれるように、ゆっくりと深く突き刺された。
「痛っっ! ……くない……?」
身体を貫く強烈な衝撃に身構えたが、不思議と痛みは一切なかった。
刀は完全に俺の腹部を貫通し、背中側から鋭い刃が飛び出している。しかし、服が赤く染まることもなければ、床に血が一滴も垂れることもない。
現実離れしたその状況の中で、俺の頭は酷く冷えていた。動かない身体のまま、俺は目の前の男に向かって、一つだけ質問を投げかけた。
「あなたの名前は?」
男は動きを止め、深く被った帽子の奥から、弱々しく、今にも消え入りそうな枯れた老人の声でその質問に答えた。
「雨月――――」
その名前が鼓膜を震わせた瞬間、視界のすべてが激しく歪んだ。
俺の身体は巨大な渦にでも巻き込まれるかのように、何かに強く吸い込まれていき――そこで、一気に現実へと意識が引き戻された。
「あ、起きた」
「ミリア……?」
視界がはっきりしてくると、すぐ横に覗き込んでくるミリアの顔があった。そして、天井を見上げれば本日三度目となる、すっかり見飽きた保健室の景色。
「保健室送りの最多記録はシン君だね」
「嬉しくねぇ……」
身体を起こそうとするが、まだ全身が鉛のように重い。情けない溜息が自然と口から漏れた。
「ルゲア不足によるチェルノ症状だね。能力とか使わなければ、また倒れることはないよ」
「訓練に戻らないと……」
ダム先輩を殺してしまった上に、途中で気絶してバックれてしまったんだ。流石にこのまま放置するわけにはいかない。
そう言って無理にベッドから出ようとした俺の肩を、ミリアが両手でぐっと押し戻した。
「ちょちょちょ、まだルゲア貯まってないでしょ? ダムさんが『帰っても大丈夫だぞ』って言ってたから、今日はもう帰っちゃいなよ」
「でも……」
「でもじゃない。毎回倒れてここに運ばれるより、明日二倍頑張れば良いでしょ?」
ミリアは腰に手を当てて、まるでお姉さんのように諭してくる。彼女の言う通り、今のすっからかんの状態で訓練場に戻ったところで、またすぐにぶっ倒れるのがオチだ。
「……わかった」
俺が大人しくベッドに腰を落ち着けると、ミリアは満足そうに微笑んだ。
「荷物はそこの机の上にあるから。あと、そのジャージは洗って返してね。学校の備品だからさ」
「りょーかい。じゃ、また明日」
ジャージの袖を引っ張りながら立ち上がり、カバンを肩にかける。今度は全裸じゃなくて、ちゃんと服を着て帰れることに少しだけ安心した。
「うん! 次は保健室以外で会おうね」
ひらひらと手を振るミリアに見送られながら、俺は今度こそ保健室を後にした。
夕方の廊下を歩きながら、俺の頭のなかは、さっき気絶している時に見た『あの夢』のことでいっぱいになっていた。
あの異質な木造の街並み。自分を貫いた刀。
そして、最後に男が口にした俺と同じ名前――「雨月」。
ただのルゲア切れによる幻覚にしては、あまりにもリアルで、生々しかった。
俺はジャージのポケットに手を突っ込み、夕日に染まる校舎の階段を下りていった。
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