第14話 死なないで

保健室に向かって廊下を歩いていると、向こうからやってきたダム先輩に呼び止められた。


「お、シン」


「はい! なんですか?」


急な呼び出しに足を止めると、先輩は相変わらずの調子で俺の顔を覗き込んできた。


「今日はゲイル弾の撃ち方を教えるから訓練場に来い」


ゲイル弾――それは、自身の内に秘めたルゲアを物質化し、弾丸として放つシンプルな遠距離攻撃法だ。戦闘部に入ったからには、いずれ習得しなければならない基礎技術の一つでもある。


「は……はい! でも……」


保健室に行って事故の件を確かめたい、そう言いかける前に、先輩は俺の返事を待つことなく歩き出した。


「時間は有限だ、さっさと行くぞ」


「うわっ、って…ちょっと待ってくださいって!」


有無を言わさぬ力で腕を引っ張られ、俺はそのままズルズルと訓練場へと連行されていった。どうやら保健室への用事は、お預けになってしまったらしい。


訓練場に着いて、俺はさっさと訓練を終わらせてあの謎を解きに行こうと思った。しかし、そんなに世の中は甘くなかった。


「どうやって出すんですか……?」


「まずは手を前に出せ。そして手の平から血液を出すようなイメージをしろ」


「血液を出す……」


(……ん? ムズくね?)


言われた通りに手を前に突き出し、何度も頭の中でイメージを繰り返してみる。だが、手の平は何の変化も起きず、一ミリもルゲアを放出すら出来ていない。自分の身体の延長線上にあるはずのエネルギーが、どうしても外へ引き出せなかった。


「まずは手本を見せる」


見かねたダム先輩が、俺の横でスッと手を前に出した。

すると先輩の手の平の前に、みるみると赤色に輝く玉が形成され、凝縮されながら大きくなっていく。周囲の空気がビリビリと震えるのが肌に伝わってきた。


「これがゲイル弾……」


「そうだ。そしてこれを撃つ時は、ボールを投げるような感覚で大丈夫だ」


ダム先輩がそう言うと、滑らかな動作で投げるフォームに入り、前方に向けゲイル弾を飛ばした。


凄まじい速度で放たれたゲイル弾が、遥か先にある標的の鉄板へと直撃する。


ドンッ!!

鼓膜を揺らすような激しい衝撃音が訓練場に響き渡り、火花が激しく飛び散った。鉄板は大きく歪んでいる。シンプルな遠距離攻撃法とは言うものの、その威力は間違いなく本物だった。


「もう一度やってみろ」


「はい……」


俺はまた、手を突き出して目を瞑り、再びイメージを始めた。


だけど、言われた通りに「血液を出す」イメージをしようとしても、どうしても上手くいかない。だから、俺は別の方法を試すことにした。

血液じゃなくて、自分の手から出る内側の熱と、外にある冷たい空気を混ぜ合わせるように、じっくりと練り上げていく。


すると、手の平にピリピリとした、確かな違和感を感じた。


「出せたな。小さいが、初めてやるにしては早い方だ」


ダム先輩の声が聞こえる。できた。だったら、もっと。

俺はさらにデカくしようと、感覚を掴んだままイメージを続ける。意識を集中させていくうちに、周りの音が遠のいていった。何分かイメージを続けていると、微かにダム先輩が何かを叫んでいるような声が聞こえた。


何事かと思って目を開けると――視界の全てが、圧倒的な光で埋め尽くされていた。


そこにあったのは、白く輝く、直径3メートルほどに膨れ上がった超巨大なルゲア弾。


「シン! 放て!」


先輩の怒鳴り声が響く。だけど、急にそんなものを突きつけられて、俺は完全にパニックになってしまった。撃ち方? ボールを投げる感覚? いや、こんなデカいもんどうやって投げるんだよ!


「えぇ!?! ちょ、やり方忘れ!――」


言いかけた瞬間、耳の奥にキーンと不快な音が響き、目の前が真っ白な光に包まれる。凄まじい衝撃波が身体を襲ったと思った瞬間、俺の視界は真っ暗になった。


「……っ」


はっと目を覚ます。


視界に飛び込んできたのは、見慣れた朝の家の天井……ではなく、見覚えのある白い天井だった。


どうやらあのバカでかいルゲア弾が手元で暴発して、そのまま死んだらしい。


「あれ、なんで保健室……あ、気を失った時のか」


とりあえず一度訓練場に戻ろうとベッドから起き上がって、保健室の棚やロッカーに代わりの制服かジャージがないか、真っ裸のままバタバタと探し始めた。


その時、ガチャリと保健室の扉が開いた。


「って……シン君!? 真っ裸で何してんの!?」


入ってきたのは、お盆を持ったミリアさんだった。彼女は目を見開き、顔を真っ赤にして固まっている。


「あ……いや! 違うんです! 一回死んだんです!」


俺は股間を必死に手で隠しながら、全力で弁解の叫び声をあげた。


「さっさとなんか着て! ジャージは角の棚の下から二段目!」


ミリアさんは両手で顔を覆い、指の隙間から俺を睨みつけながら叫んだ。

俺は慌てて指示された棚へ向かい、引っ張り出したジャージに大急ぎで袖を通した。


着替え終えてから、俺はベッドの端に小さくなって座り、事の経緯を一生懸命に説明した。


「あ……そっか、死んだら真っ裸で生き返るもんね。って……シン君。死んじゃダメって言ったよね?」


ミリアさんは呆れたように、まるで自分は一度も死んだことがないかのような口調でそう言った。


この世界じゃ死ぬなんてありふれたことなのに、彼女にそう告げられた瞬間、胸の奥に冷たい釘を刺されたような、妙な緊張感が身体を走った。


「はい……死なないように頑張ります……」


「うん、それでよろしい」


満足そうに頷く彼女を見て、俺は本来ここへ聞きに来るはずだった、あの疑問を思い出した。


「あと……聞きたいんですけど。最初に俺が保健室で目覚めた時、誰がここまで運んだんですか?」


「うーんとね、私だよ」


「え?」


予想外の答えに、俺は間抜けな声を漏らした。


「あの時、私も遅刻しそうになっててさ。事故った同じ生徒を見て、遅刻の言い訳になるかなって思って運んできたの」


(死なないでって言う割に、結構人で無しだな……)


まさか自分が、先輩の遅刻回避の盾として使われていたとは。通りで、中途半端に生き残ったまま保健室のベッドに寝かされていたわけだ。


「……じゃあ、あの時俺を死なせないように治療したのも、まさか……」


「そりゃあ、運んでる途中でリセットされて家に戻られちゃったら、私の言い訳が消えちゃうでしょ?」


ミリアさんは悪びれもせず、にこっと綺麗に微笑んだ。


「……でも、死んで欲しくないのは本心だよ。みんな死ぬ時の顔が、苦しそうだから……」


さっきまでの打算的な笑顔が嘘みたいに消えて、ミリアさんは少し視線を落とした。その横顔は、いつもの余裕のある先輩のものじゃなくて、どこか儚くて、本当に傷ついているように見えた。


この世界じゃ、死ぬことも生き返ることも日常茶飯事だ。だけど、だからといって「死ぬ瞬間の痛み」まで消えるわけじゃない。保健委員長として、何度も他人のそんな姿を見てきた彼女だからこその、本音なんだろう。


――だけど、急にそんなトーンで喋られても、俺はどう返していいか分からない。


そもそも普段から女子と話す機会なんて滅多にないし、こういう少し重い、相手の核心に触れるような会話の引き出しなんて、俺の辞書の中には一文字も入っていなかった。


「あ、えっと……」


何か気の利いた言葉を探そうと、俺はジャージの裾を無意味に握りしめたり、視線を泳がせたりすることしかできなかった。


「もう、シン君ってぶきっちょなんだね。こういう時は共感するのがモテる男なんだよ?」


気まずそうに固まる俺の様子を見て、ミリアさんは張り詰めていた空気をほどくように、少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ほら、訓練してたんでしょ? 戻って続きしてきな!」


「はい。ミリアさん」


「敬語もいらない。さん付けもしなくていいよ」


彼女の飾らない言葉に、俺の胸の仕切りが少しだけ軽くなった気がした。一歩踏み出すように、俺は真っ直ぐに彼女の目を見る。


「じゃあ、また会おう……ミリア」


名前を呼び捨てにするのは少し気恥ずかしかったけれど、不思議としっくりきた。


ミリアに見送られながら、俺は今度こそしっかりと自分の足で歩き出し、再び熱気の残る訓練場へと向かった。

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