第8話 戦場のピアニスト

次から次へと放たれる赤い光線が、容赦なく俺の頭を狙って飛んでくる。


縦横無尽に床を転がり、壁を蹴って必死に身をかわす。能力を使っていない生身の体は、あっという間に悲鳴を上げ始めていた。


(避けれなくはない……避けれなくはないが、流石にキツいっ……!)


息が上がり、心臓が早鐘を打つ。5台の波状攻撃を捌くだけで、脳の処理速度が限界を迎えようとしていた。


そんな絶望的な状況の中、部屋のスピーカーから、さらに冷徹な一言が非情に発せられた。


『慣れてきたな、5台追加だ』


「は!?いや慣れてないです!10台も無理ですよ!」

 

必死に叫んだが、ここは防音性も抜群の頑丈な建物だ。俺の抗議の声は、物理的にダム先輩の耳へ届くことはなかった。


無情にも、壁のハッチが新たに開き、5台の新しいシーカーがウィーンと音を立てて赤く光り始めた。計10門の銃口が、一斉に俺の四方を塞ぐように鋭く動き出す。


(これ……無理っ!!)


逃げ場を完全に計算された、文字通りの十字砲火。


俺の視界は真っ赤な光に染まった。


――本日二回目の、死。


「クソが! 無理だろあんなの!!」


ガバッと跳ね起きると、そこは本日三度目となる見覚えしかない自室の天井だった。


生き返った安堵感よりも、理不尽さへの怒りが勝る。すぐさまベッドから飛び起き、再び私服に着替えると、訓練場に置いてきてしまった自分の荷物と、制服と私服を回収するために家を飛び出した。


「あのドS先輩……戻ったら絶対に文句言ってやる……!」


自慢の脚力で外の景色を置き去りにしながら、俺は猛スピードで再び学校へと向かってダッシュを開始した。


訓練場へと飛び込むと、そこにはちょうど訓練の合間なのか、スポンジ弾の転がる床に座り込んで水分補給をしている同期のレンジの姿があった。


「あれ、シン。なんで私服なん? これから制服に着替えて特訓?」


レンジは不思議そうに目を丸くして、俺の格好を見つめてくる。


学校内で、しかも訓練中なのにガッツリ私服なのだから、疑問に思うのも無理はない。


「死んだんだよ」


俺がめちゃくちゃ真顔で、かつ深い怨念を込めて言い放つと、レンジは一瞬だけフリーズした。


だが、この学校の仕組みと、俺が誰に連れて行かれたかをすぐに察したようで、引き攣った笑みを浮かべながらポンと俺の肩を叩いた。


「あぁ……。うん、どんまい」


その短い一言に、同期としての深い同情がこれでもかと詰まっていた。


死ぬこと自体よりも、その後の「めんどくささ」に共感してくれている目だった。


レンジに慰められた後、俺は自分の荷物と制服を回収するため、さっき死んだあの頑丈な建物へと戻った。


扉を開けると、そこには仁王立ちしているいつもの鬼先輩――ではなく、心なしか肩を落として、バツが悪そうに申し訳なさそうな顔をしているダム先輩が待っていた。


「流石にあれは酷いですよ! 10台とか避けるの物理的に無理ですから!」


部屋に入るなり俺が声を荒らげると、ダム先輩はふいっと目を逸らし、小さく溜息をついた。


「すまない、キジマさんの件で少しイライラしてしまった……。八つ当たりのようになってしまったことは反省している」


(イライラで殺すなよ……。)


内心でツッコミを入れつつも、あのダム先輩が素直に謝ってきたことに驚き、それ以上追及するのはやめておいた。


先輩から手渡された私服の替えと、腹部が少し焦げた制服を受け取る。流石に今日はもう疲れた。そのまま家に帰ろうと、俺は荷物を抱えて訓練場の通り道を歩いていた。


ドサッと、誰かとすれ違いざまに強く肩がぶつかった。


「いてっ……あ、すみません……」


こちらの不注意もあったと思い、すぐに頭を下げた。だが、相手から返ってきたのは、謝罪ではなく底冷えするような冷たい舌打ちだった。


「チッ……前見ろよ『人間』が……」


ボソッと、吐き捨てるように呟かれた言葉。


『人間』――この学校において、異能の資質を持たないか、あるいは俺のように地味で底辺の能力しか持たない者を見下す時に使われる、蔑称のような響きがそこには混ざっていた。


一瞬、カッと頭に血が上りかけた。ただでさえ今日は二回も死んで、理不尽な目に遭い続けているんだ。


だけど、ここで揉め事を起こしてもリスポーンの手間が増えるだけだ。俺はぐっと拳を握りしめ、イライラを必死に抑え込んで、その声を完全に聞かなかったことにした。


(見てろよ……。俺は絶対に『人間V2』になって、誰も文句の言えないくらい強くなってやる)


心の中でそう強く誓いながら、俺は振り向いて訓練場から出た。その瞬間、後ろから緊張感の抜けた声が降ってきた。


「あれ? シンも帰り? 一緒に帰ろうぜー」


振り返ると、そこにいたのはレンジだった。……ただし、さっき俺と肩がぶつかった男の首を、ガッツリと背後から腕で締め上げながら、満面の笑顔を浮かべている。


「なんで……締め上げてるん……?」


あまりにシュールで物騒な光景に、俺の顔は引き攣るしかない。男は顔を真っ赤にして暴れているが、レンジの腕は万力のようにビクともしていなかった。


「こいつが種差別してたから。それ以外なんか理由いる?」


レンジは爽やかな声のまま、当たり前のことを言うように首を傾げた。どうやら、さっき男が俺に「人間が」と吐き捨てたのを聞き咎めて、即座に実力行使に出たらしい。


「取り敢えず下ろしたげて」


このままじゃレンジが本当に男を絞め殺してしまう。俺が慌てて宥めると、「ちぇー」とでも言いそうな顔で、レンジはゆっくりと男を下ろした。


地面に頽れ、激しく咳き込む男。そのすぐ真上から、レンジは冷徹な眼差しを見下ろした。そして、男の耳元に顔を近づけて何かを囁く。


「……次同じようなこと言ったら、ダスト破壊するぞ」


その言葉だけは、ドスの利いた低い声で俺の耳にもはっきりと届いた。


「よし、じゃあ帰ろっか!」


さっきの冷酷なオーラを一瞬で消し去り、レンジはいつもの軽い調子で俺の隣に並んだ。




「お、ダムお疲れさん」


購買のパンの袋を片手に戻ってきたキジマは、訓練場の前に佇むダムの姿を見つけて気楽に手を振った。


「キジマさん……少し口を開けてください」


「え? なんや、美味いもんでも食わせてくれるんか?」


キジマが能天気に口を開けた、その刹那。


ダムの手が目にも留まらぬ速さで閃き、キジマの口内へと迷いなく突っ込まれた。


バキ、という生々しい音が響く。

ダムは予告通り、キジマの奥歯を力任せに引っこ抜いた。


「いっだぁぁぁぁ! 何すんねんいきなり!」


口を押さえてその場にうずくまり、涙目で大騒ぎするキジマ。しかしダムは、血のついた手元をハンカチで淡々と拭いながら、氷のように冷たい視線を見下ろす。


「死んだら元通りになるんですからいいでしょ。……あの時のお返しです」


「倍返しすぎるて……」


ひとしきり文句を言った後、キジマはふと真面目な顔つきになり、周囲に誰もいないことを確認するように視線を巡らせた。その場の空気が、一瞬でピリッと張り詰める。


「……そうや、ダムに一つ知らせなきゃあかんやつがあった」

「なんですか?」


ダムも、キジマのただ事ではない雰囲気を察して声を低くした。


「『戦場のピアニスト』の存在が確認された」

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