第7話 人間V2

第七話:

次に目が覚めた時、視界に飛び込んできたのは、見覚えしかない家の天井だった。


「はぁ……久々に死んだなぁ」


上半身を起こし、ベッドの横に用意されていた私服に袖を通す。第二の心臓『ダスト』があるおかげで、生き返ること自体はスマホの再起動くらい当たり前の日常だ。


とはいえ、あの死ぬ瞬間の衝撃と痛み、そして何より生き返った後にこうして着替えてまた移動しなきゃいけない手間が、最高に怠い。


「あー、めんどくさい……」


心の中で盛大に愚痴をこぼしながらも、サボるわけにはいかないので、俺は自慢の脚力をフルに活かして訓練場まで猛ダッシュで引き返した。


バァン!と訓練場の扉を開けると、そこにはまだキジマ先輩とダム先輩が残っていた。


「戻ってくるの早いな……」


俺の異常な移動スピードに、ダム先輩は呆れを通り越して少し感心したような声を漏らす。


だが、そのすぐ隣には、後輩を文字通り「一撃死」させたというのに、全く反省の色を見せていない超人系ルーム長が頭を掻きながら笑っていた。


「いやぁ、すまんすまん! ちょっと手応え良すぎて、加減間違えて殺してもうたわ!」


「戻ってくるのめちゃくちゃめんどくさいんで、次からは本当に殺さないでくださいよ……」


俺が本気で嫌そうな顔で、死んだことよりも「移動の手間」への文句を言うと、キジマ先輩は豪快に笑って俺の肩をバシバシと叩いた。


「いやぁでもお前、最後に見せた『アレ』初見で見た時ビックリしたわ!」


「アレって……あぁ、脳を強化したんです。多分キジマ先輩が殺したおかげで、代償が来る前にリセットされて、事なきを得ました」


「なん? 能力に代償なんてあったんや」


キジマ先輩が不思議そうに首を傾げたので、俺は以前ダム先輩に説明した時のように、自分の上半身に能力を使うと肉体がその負荷に耐えきれず、最悪の場合は自滅してしまうという「代償」について詳しく話した。


脳を強化した時も、もしあのまま生き延びていたらどんな恐ろしい反動が来ていたか分からない。


俺の話を顎に手を当てながら聞いていたキジマ先輩は、しばらく「うーん……」と唸っていたが、やがて口角を上げた。


「うーん……その代償……なんとかなるかもしれへん」


「え!?」


思わず身を乗り出す。ダム先輩でさえ「自滅する構造」と苦言を呈したこの欠陥だらけの能力の代償を、克服する方法があるっていうのか。


「要は能力の負荷に耐えうる『器』――つまり頑丈な体があれば良いってわけよ。やからまず君が目指すんは、小難しい能力の制御でも、ルゲアの細かい操作でもない」


キジマ先輩は俺の胸にビシッと指を突きつけ、堂々と言い放った。


「『人間V2』や!」


キジマ先輩の言葉が、俺の胸にストンと落ちていく。


欠陥品だと言われた能力。自滅するだけの構造。だけど、それをねじ伏せるだけの『圧倒的な肉体』を手に入れればいい。その単純明快な答えが、俺の中に明確な目標となって宿るのを感じた。


「V2……」


「シンくん、お前ならV2になれる。俺とダムが保証したるわ!」


「勝手に保証人にしないでください」


すかさずツッコミを入れるダム先輩の声も、今の俺の耳には半分しか届いていなかった。


(俺は……強く……なれる!)


この化け物みたいな先輩たちが、俺の可能性を信じてくれている。それだけで、体の底から熱いものが湧き上がってくるようだった。


「成り方……教えてください」


俺は一歩踏み出し、早速キジマ先輩にその『人間V2』への道のりを聞いた。


しかし、先輩はフイッと目を逸らすと、頭をガリガリと掻き始めた。


「あー……俺、こういうの感覚派やから説明が下手なんよ。というわけで、そこらへんの座学はダムに任せるわ!ほな、任務帰りでお腹ペコペコやから飯食って来るわ!」


「え? ちょっと待っ――」


止める間もなかった。キジマ先輩は脱ぎ捨てていた上着とさっきのラッコのキーホルダーをひったくるように持つと、まるで逃げるような素早さで訓練場からドロンと姿を消してしまった。


あとに残されたのは、俺と、そして――。


「……チッ。まだ了承してないんだが……今度会ったら奥歯引っこ抜いてやる……」


背後から、地獄の底から響くようなダム先輩の低い呟きが聞こえた。そのあまりの恐ろしさに、俺はヒエッと背筋を凍らせ、思わず一歩後ずさりした。


「シン」


「はい!」


名前を呼ばれた瞬間、俺は条件反射で直立不動の姿勢を取っていた。


怒りのオーラを周囲に撒き散らすダム先輩の目は、キジマ先輩が逃げていった扉から、ゆっくりと俺の方へと向けられる。


「V2の件、キジマの奴の言うことは癪だが一理ある。……お前の育成は、俺のトレーニング法でやる。良いな?」


「分かりました。……ちなみに、どんなトレーニング法ですか?」


『人間V2』――その響きからして、肉体改造に近い過酷なものを想像はしていた。自重トレーニングの効率的なメニューか、あるいはルゲアを体に負荷としてかけるような方法か。


だが、ダム先輩の口から淡々と言い放たれたその鍛え方は、俺の想像を遥かに超えた、文字通り常軌を逸しているものだった。


「まずは着いてこい」


そう言い残すと、ダム先輩は翻って歩き出した。


俺は言われるがまま、その後ろを黙って着いていった。訓練場を出て、少し離れた敷地へと進む。やがて目の前に現れたのは、明らかに周囲の施設とは雰囲気が違う建物だった。


窓は一つもなく、外壁は異様なほどに分厚い。広くはないが、とにかく『頑丈』ということだけに特化したような不気味な空間。


鉄製の重い扉を開け、俺たちはその中へと足を踏み入れた。


「素の反射神経や動体視力を鍛える」


ダム先輩は部屋の中央で立ち止まり、無機質な室内を見回しながら言った。


「中にシーカーが二十台ある。これからそれを起動させるから、お前は能力を使わずに、そのすべての攻撃を避けろ」


「あの……すみません。シーカーって、なんですか?」


聞き慣れない単語に首を傾げると、ダム先輩は感情の起伏がない声で淡々と答えた。


「シーカーは、自動追尾型射撃ドローンだ」

「え?」


射撃。ドローン。しかも二十台。


つまり、俺はこれから、四方八方から一斉に弾丸をぶち込まれるということか。思わず顔を引き攣らせる俺の様子を察したのか、ダム先輩は少しだけ声音を和らげた。


「安心しろ。大丈夫だ、弾は避けれるように追尾しない」


一瞬、その言葉にホッとしかけた。弾自体は真っ直ぐ飛んでくるだけなら、軌道を見極めればなんとかなるかもしれない、と。


――いや、待て。


ドローン本体が『自動追尾型』ってことは、俺がどこに逃げようが、二十台の銃口が常に俺の動きを追いかけて、至近距離から一斉射撃を仕掛けてくるってことじゃないか?


「後は頑張れ」


「え?」


その短い一言を残し、ダム先輩は信じられないほどの素早さで部屋の外へと脱出した。背後でガシャン、と重苦しい金属音が響き、頑丈な鉄扉が完全にロックされる。


それと同時に、部屋の天井や壁のあちこちに格納されていた球体の機械――シーカーが姿を現し、一斉にレンズを赤く発光させ始めた。完全にロックオンされた、と本能が察知して全身の毛が逆立つ。


『まずは5台から始める。慣れ始めたら、徐々に数を増やしていくぞ』


どこからかダム先輩の冷徹な声がスピーカーを通じて流れてきた。


「いきなり20台じゃないのか」と一瞬だけ安心しかけ、その声に気を取られた――まさにその瞬間。


ブゥン、と空気を切り裂くような音がして、1台のシーカーから鋭い赤い光線が放たれた。


「あぶっ……!」


咄嗟に首を捻ったが、ワンテンポ遅い。


熱いエネルギーの塊が、俺の頬のすぐ横を強烈な風圧と共に掠めていった。ピリッとした痛みが走り、焦げた匂いが鼻腔を突く。


弾自体は追尾しない。だけど、弾速が尋常じゃない。


しかも、まだ残り4台のシーカーの銃口が、完全に俺の次の逃げ道を先読みするように動き始めていた。

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