第2話 軍事合併総合学校

「授業はここまで。昼休憩になります」


四限目の終わりを告げる声。それは俺にとって、生きる希望と言っても過言ではない救いの福音だった。


「やっと飯だぁ~……」


俺は解放感のままに、机に突っ伏した。午前中の座学で使い果たしたエネルギーが、胃の腑から悲鳴を上げている。


「俺も腹ぺっこだわ。……そういや、ここに売店があるらしいんだけど行ってみね?」


隣でレンジが誘ってきた。この学校には各階ごとに売店が配備されており、文房具から軽食のパンまで何でも揃っているという。


「いいな、それ」


期待を胸に売店へと足を運んだが、そこに広がっていたのは地獄絵図だった。


「人、多いな……」


「まぁ、マンモス校だからね」


そこは売店というより、もはや満員電車のプラットホームだった。隙間なく密集した生徒たちの壁に、付け入る隙など一ミリも残されていない。


俺たちは早々に売店を諦め、校外のコンビニへと向かうことにした。


「お前飛べるんだから、俺のこと担いでってくれよ」


ヒレ型の翼を広げ、優雅に滑空し始めたレンジの背中に向かって、俺は恨めしそうに声を上げた。


「担げるのは子供と女子だけさ!」


レンジは風を掴み、颯爽とコンビニの方角へ加速していく。

「この野郎……!」


俺は負けじと、地面を蹴って全速力で追いかけた。竜人の翼には及ばなくても、空腹を原動力にした『人間』の足も、そう馬鹿にしたもんじゃない。


コンビニの自動ドアが開くと、冷房の涼しい風と共に軽快な入店音が鳴り響いた。


「お前、マジで底力だけはあるよな。なんで空飛ぶ俺について来れるんだよ……」


先に着いていたレンジが、半ばドン引きしたような顔で俺を見ている。俺は両手を膝につき、肺を焼くような荒い呼吸を整えるので精一杯だった。


「はぁ、はぁ……その底力だけでこの学校に合格した、って言っても過言じゃないかもな」


ようやく息をつき、陳列棚へと向かう。


「あ、これ新発売のやつじゃん」


「それ、むっちゃ美味いらしいぞ」


適当なパンと飲み物を手に取って会計を済ませると、俺たちは急いで学校へ戻った。教室の席につき、買ってきたばかりの昼飯を頬張り始める。


「そういやシン、部活は決めたか?」


レンジがパンを咀嚼しながら、不意にそんな話題を振ってきた。この学校には、一般的なスポーツ系の部活に加え、装備や機材を作る『サポート製品開発部』、そして実戦形式の訓練を行う『戦闘部』など、軍事学校らしい部活が揃っている。


「いや、まだ決めてない」


「レンジはどこにするか決めたのか?」


「勿の論、戦闘部さ」


レンジは迷いのない口調で即答した。竜人としてのスペックを考えれば、当然の選択だろう。


「……じゃあ、俺も同じとこにしよっかな」


親友と同じ場所なら心強い。そう思って口にした俺に、レンジはニヤリと挑戦的な笑みを向けた。


「同じ部活にしても、一緒に活動できるかは知らないぜ?」


その言葉の裏にある「実力主義」の厳しさを予感しながらも、俺は残りのパンを胃袋に流し込んだ。


そのまま五限、六限の授業が終わり、放課後のチャイムが鳴ると同時に俺たちは部活の見学へと向かった。


校庭に目を向けると、そこには常識外れの光景が広がっていた。サッカー場では翼を持った生徒たちが宙を舞い、もはや三次元の空中戦と化している。テニスコートに至っては、強大なパワーに耐えきれず無惨にひしゃげたラケットが、まるで戦場の跡地のようにあちこちに散らばっていた。


「ここかな?」


レンジは迷うことのない足取りで、巨大なドーム状の施設――訓練場へと足を踏み入れた。


俺は、その頼もしい背中を追いかけるようにして後に続いた。

重厚な扉の先から漏れ出してくるのは、これまでの校舎の喧騒とは一線を画す、肌を刺すような熱気と緊張感。ここがこの学校の心臓部、実力者たちが集う「戦闘部」の領域なのだ。


「お、新入生かな? ようこそ! 戦闘部へ」


扉の先に広がっていた空気は、想像していたよりもずっと気さくでおちゃらけていた。


「レンジです!」


「シンです!」


俺たちが勢いよく名乗ると、案内役の部員は快く頷いた。


「レンジにシン、よし。まずは訓練の様子を見ていきな」


案内されるがまま、俺たちは大人しくその後ろについていく。


「自分の名前はキシン、よろしくね。ここ戦闘部は、それぞれの能力ごとにグループが分けられてるんだ」


まだ入部すると決めたわけではないのだが、キシン先輩は着々と説明を進めていく。


「主に分類されるのは、自然系、超人系、幻獣系、あとは宇宙系だね。君たちの能力は?」


レンジが食い気味に答えた。


「俺は『竜化変幻』です! まだ炎しか出せないですけど、伸び代はあると思ってます!」


竜人という種族に相応しい華やかな能力だ。続けて、俺も自分のカードを明かす。


「自分は『肉体強化』です。筋肉の密度を変えずに、自分自身にだけ強化をかけられます」


説明している最中、言いようのない憂鬱さが胸をかすめた。

炎を吐き、姿を変える竜人。それに比べて、ただ身体能力の数値を少し底上げするだけの俺の力。この「地味さ」を自覚する瞬間が、俺にとって一番のストレスだった。


「レンジ君は竜人なんだ、珍しいね! あとシン君の能力、人間と相性抜群じゃん」


(どこがだよ……せめて半獣の俊敏性が欲しかったよ)


お世辞にしか聞こえない言葉に、俺はそんな思いをグッと堪えた。特化した種族特性を持たない人間にとって、肉体強化は「ただの底上げ」でしかない。もっとこう、派手に立ち回れる特性があれば……。


「レンジ君は変身系だから『幻獣系』に行って。シン君は『超人系』だね」


「分かりました」


「了解です」


キシン先輩の振り分けに従い、俺とレンジは頷き合う。

登校初日、ずっと一緒にいた親友と離れ、俺たちは早速別々の場所で見学を始めた。


超人系のエリアに向かう俺の背中に、レンジが「後でな!」と軽く手を挙げる。


一人で踏み込む訓練場の奥。そこには、俺と同じように「自らの肉体」を武器にする者たちが集まっているはずだ。地味で、それでいて誤魔化しの利かない、実力だけが物を言う世界がそこには広がっていた。

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