ロスト・アドミン

ほっと

第1話 世界について

けたたましい目覚まし時計の音が、静かな朝の空気を切り裂いた。


「やっべ! かける時間間違えた!」


雨月(あまづき)シン、十五歳。

 

難関を突破し、今日から軍事合併総合学校へと通う身でありながら、あろうことか登校初日から遅刻の危機に瀕していた。

 

「マミー!なんで起こしてくれなかったん!」

 

「別に起こしてなんて頼まれてなーいよ」

 

台所から返ってくる母親ののんびりとした声。


「休日は放っておいても起こしてくる癖に……」


「なんか言った?」


「……なんでもない! いってきます!」


「はい、いってらっしゃい」


慌ただしく家を飛び出す。


この世界は、二つの「異能」によって形作られている。一人一つ必ず備わっている『能力』。そして、半獣、魚人、天使、人間、グール、サイボーグ……さらには希少な竜人といった『種族』だ。

 

そして何より、人々の死生観を支配しているのが、第二の心臓『ダスト』の存在である。

 

ダストが右胸にある限り、人は「本当の死」を迎えることはない。致命傷を負い肉体が活動を停止しても、最後に眠りについた場所――シンの場合は、先ほどまで飛び起きたあのベッドの上で、肉体は完璧に再構築される。


だが、もしそのダストを直接破壊されれば、その時は二度と目覚めることのない終焉が訪れる。


「シンじゃん、おはよー」

 

通学路の角で待っていたのは、腐れ縁の親友、レンジだった。

 

「レンジか。おはよう」

 

レンジは、この世界でも数少ない『竜人』だ。能力は、自身の肉体を強大な竜へと変える『竜化変幻』。文武両道の優等生で、俺とは住む世界が違うと言ってもいい。

 

対して俺は、ただの『人間』。能力だって、一時的に身体能力を数倍に引き上げるだけの、どこにでもある代物だ。


並んで歩き始めた、その時だった。


「おっと、ストップ」

 

レンジが唐突に足を止め、シンの前に腕をかざした。


目の前を、黒に塗り固められた巨大な装甲車が、重低音を響かせて通り過ぎていく。


「『特異能力補助』の車か……危なかったわ、サンキューな」


「おう、ジュース一本な」


特異能力補助――能力を制御できず、暴走の危険がある子供たちを隔離し、指導・教育する公的機関。あの黒い鉄塊の中に、どんな怪物が閉じ込められているのか。想像するだけで背筋が冷たくなる。


「前も奢っただろ」


「じゃあ、そこの自販機で俺が奢るから、お前も同じ自販機で俺に奢れよ」


「意味ねーじゃん」


そんな馬鹿げた会話で緊張を紛らわせ、装甲車が通り過ぎるのを待っていた、その瞬間。


――バコンッ!


鼓膜を震わせるような衝撃音が響いた。

見れば、装甲車の側面が、内側からの凄まじい圧力によって歪み、外側へと大きく出っ張っている。


「っ!中で一体何が起きてるんだ……」

 

俺は表情を険しくした。


「ま、行こうぜ。気にしてても良いことないし」


「おい! 寄り道してる時間なんかないぞ!」


自分に言い聞かせるように叫んだが、歪んだ装甲板の隙間から漏れ出す尋常ならざる気配に、足が震えるのを止められなかった。


「シン、足震えてるぞ」


「ただの貧乏ゆすりだから気にすんな」


無理のある言い訳だということは、自分でも分かっていた。


当然、隣を歩くレンジにはその嘘は丸見えだった。


「絶対ビビってたやん!」


「誰だってビビるだろ、あれは!」


そんな軽口を叩き合っている間にも、学校の校舎が少しずつ近づいてくる。


ふと視線を上げると、上空を浮遊する飛行型スクリーンが、登校中の生徒たちを見下ろすようにニュースを映し出していた。


『――今日はずっと晴天が続くでしょう。続いてのニュースです。本日も、アドミンの存在は確認されませんでした』


『二十年も消息が途絶えているのですから、もう亡くなっているのではないですか?』


キャスターたちの淡々としたやり取りを、俺たちは歩みを止めずに聞き流す。


「アドミンって、生きてると思う?」


俺は、唐突に浮かんだ疑問をレンジに投げかけてみた。


「二十年も消息不明なんだから、死んでるっしょ」


レンジは、至極もっともらしい答えを返した。


校門をくぐり、俺たちは吸い込まれるように掲示板の前へと向かった。


そこには、新生活への期待と不安を隠しきれない新入生たちが群がっている。


「俺たちのクラス、どこだ?」


人混みをかき分けながら、必死に自分の名前を探す。一学年の人数が多いこの学校では、知った顔が近くにいるかどうかで、これからの生活の難易度が大きく変わる。


目を皿のようにして掲示板の端から順に追っていくと、少し先にいたレンジが声を上げた。


「あったあった! シンと同じクラスやん!」


指差された先には、確かに俺とレンジの名前が並んでいた。

この広い学校で、腐れ縁のアイツとまた同じ教室で過ごすことになるなんて。


「……マジか。お前とは縁が切れないみたいだな」


呆れて見せたが、内心では少しだけホッとしていた。

奇跡的とも言える巡り合わせに、俺たちは顔を見合わせ、重い足取りだった登校初日の緊張を少しだけ緩めた。


「教室ってどこ?」


「地下二階の第三フロアってとこ」


この学校は、地下三階から地上五階にまで広がる、生徒総数二万人を数える超絶マンモス校だ。


俺たちがそんな情報を駄弁りながら歩いていると、次第に周囲の景色が同じような廊下の繰り返しに見えてきた。


「今どこ……?」


「地下なのは確実だけど……ここどこ……」


結論から言えば、俺たちは派手に迷った。


あっちこっち歩き回っても、肝心の地下へ向かうエスカレーターすら見当たらない。巨大な迷宮と化した校舎の中で、無情にも時間は過ぎていく。授業開始のチャイムが鳴るまで、もう残りわずかだ。


「やばい……登校初日で遅刻は勘弁!」


「さっさと行こう……」


焦りが頂点に達し、半ばパニックになりかけていたその時、背後から落ち着いた声が届いた。


「大丈夫かい? 君たち」


振り返ると、一人の長身の男が立っていた。困っている俺たちを助けるように、すっと手を差し伸べる。


「毎年出るんだよねー、校内で迷子になる新入生。どこの教室だい?」


「地下二階の第三フロアにある、四番教室です……」


縋るような思いでレンジが答えると、男は「なるほど」と頷いた。


「じゃ、ついてきて」


長身の男は、複雑怪奇な構造の校内を迷うことなく進み、淀みのない足取りで俺たちを案内していく。


「ここが君たちの教室ね」


「あ……ありがとうございます!」


俺とレンジは、救世主のようなその男に対して深々と頭を下げた。


せめて最後にお名前を、と顔を上げた時には、男はすでに雑踏の中へと消え、どこかへ行ってしまった後だった。


ホームルームが終わり、ついに一限目の授業が始まった。


「まずは中学の復習から始める。まずは種族の特徴についてからだ。……そうだな、4月だから……雨月。お前が答えろ」


(4月となんの関係が……)


理不尽な指名に内心でツッコミを入れながらも、俺は椅子を引いて立ち上がった。


「はい。種族は主に半獣、魚人、天使、人間、グール、サイボーグ、そして竜人といった七種の種族に分類されています」


教科書の内容をなぞるように、俺は淀みなく言葉を続けた。


「それぞれの特徴として、まず半獣は獣の耳、もしくは尻尾が生えており、俊敏性に特化した能力を持っています。魚人はタフさに加え、背鰭や腕に胸鰭を持っており、水中での活動に特化しています」


教室内には、俺が読み上げる特徴そのままの姿をした生徒たちが、静かに授業を聞いている。


「天使は翼と『ヘイロー』と呼ばれる輪があり、高い再生能力を有しています。翼を使って空を飛ぶことも可能です。人間は、頭脳や握力などの力に特化した特徴を持っています」


自分の種族についても触れ、一呼吸置く。


「グールは鋭い牙と色白な肌が特徴です。昼間は人間とさほど変わりませんが、夜になると身体機能が大幅に強化され、血を媒介にして再生能力を得ることもできます。サイボーグは頑丈な体を持ち、微弱な電気を放電できます。中にはスタンガンほどの威力を出せる個体も存在します」


そして最後に、隣に座る親友の種族について口にする。


「最後に竜人。頭部の角、尻尾、そして翼が特徴です。圧倒的なパワーと飛行能力、さらには俊敏性までも兼ね備えた、種族の上位種と呼ばれています」


全種族の特徴を音読し終えると、教壇の教師が満足げに頷いた。


「はい、よろしい。大体はみんな覚えているかな?」


窓の外からは、春の柔らかな日差しが差し込んでいる。

こうして、波乱の予感を含んだ俺の新たな一日は、静かに幕を開けたのであった。

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